第60話
ご覧いただき、ありがとうございます!
今日はその前に二話投稿してますので、まだの方はまずはそちらからどうぞ!
「……その後、たまたま校舎裏に来た用務員さんに発見されて、保健室に運ばれたらしくて……気がついた時、姉ちゃんと環奈が俺の顔を覗き込みながらぽろぽろと涙を流していて……」
そうだ……あの時、姉ちゃんと環奈が俺の名前を呼びながら、今のハルさんのように、ただ抱きしめてくれていたのを覚えている。
「だから、俺は二人にこう言ったんだ……『二人とも、俺は大丈夫だよ』って……」
「………………………」
「なのに、二人とも全然信じてくれなくて、だから、俺は一生懸命に笑ったんだ。俺、笑うのは小さい頃から得意だったから……だけど、それを見た二人は余計に泣き出しちゃって……」
おかしいよな、笑ってるのに二人とも泣くだなんて。
「だから、俺は大丈夫だってことを見せようと、次の日も元気に学校に行こうとしたんだけど……その時の俺、優希のことを思い出しただけで身体が震えて吐き気が止まらなくなって……!」
そして俺はあの時の光景を思い出し、ガタガタと震える俺の身体を、ハルさんがさらに強く抱きしめてくれた。
「学校に行かなきゃって思うのに、俺の足は一歩も動いてくれなくて。何度叩いても、無理やり引っ張ってみても、結局同じで……それで、俺は学校に通えなくなっちゃったんだ」
ああ……あの時のことを思うと、俺の胸が締めつけられる。
「それからの俺は、学校にも行かずに部屋に閉じこもって、優希のことを……優希に言われたことを思い出しては、震えと吐き気に襲われて……姉ちゃんや環奈がドア越しに話し掛けてくれるけど、そんな二人の声も聴きたくなくて、信じられなくなってて……」
「………………………」
「そうやって気がついたら一学期を丸々無駄にしていて……そんな時、環奈からドア越しに優希が転校することを聞かされて、ついドアを開けちゃったんだ……」
「それで……どうしたんですか……?」
「開けた瞬間、姉ちゃんと環奈に泣きながら抱き着かれて……ただ俺の名前を、俺の名前だけを呼んでくれて……」
その時のことを思い出し、俺の頬を涙が伝う。
「それから、姉ちゃんに連れられて病院に行って、夏休みの間中カウンセリングってやつを受けて、なんとか二学期からは学校に復帰できるようになって」
俺はそっと見上げると、ただじっと聞いてくれているハルさんの瞳が映る。
「そして、ようやく俺は普段の生活が送れるようになって、今の俺がいるんだ」
そう……あの時の姉ちゃんと環奈がいたから、俺はここまで……ここまで、戻ってこれたんだ。
だけど。
「それでもこれから先、また同じことを繰り返しちゃうかもしれない。だから、俺は心に決めたんだ。『俺は二度と勘違いしない』って」
俺はハルさんの瞳を見つめながら、俺の決意を伝える。
そして……抱きしめるハルさんの腕を外すと、俺は、ハルさんからそっと離れた。
「はは……まあ、何とも情けない話っす。だから、もうハルさんも心配いらないですよ? 明日からは俺もすっかり元通り。たとえ目の前に優希がいたって、ハルさんに見せたような、あんなことはもうないっすから」
俺はハルさんに、もう大丈夫だと笑顔でアピールする。
なのに。
「正宗くん」
ハルさんは俺との距離を詰め、またこちらへと手を伸ばす。
「や、ですから俺はもう大丈夫……」
「嘘です」
俺はなおも離れようとするけど、ハルさんはさらに距離を詰めて俺の腕をつかみ、俺の言葉を真っ向から否定する。
「そんな顔は笑顔なんかじゃありません。私が知ってる正宗くんの笑顔は、力強くて、柔らかくて、温かくて、傍にいる人が幸せになれる、そんな笑顔です」
「そ、そんなこと……」
「そんなことあります。だって、私も正宗くんの笑顔で幸せになれた一人なんですから」
「あっ……!」
そして、ハルさんに腕を引っ張られ、また俺はハルさんの胸の中へと戻った。
「ハ、ハルさん……! や、やめてくだ……」
「やめません! 絶対に離しません!」
俺はハルさんを引き剥がそうとするけど、ハルさんがそれ以上の力で抱きしめる。
「……つらくたって、苦しんだって、泣いたっていいじゃないですか。それだけ、正宗くんが誰かを好きになった証じゃないですか。だから……だから、今の優しい正宗くんがいるんですから……」
「っ!」
ハルさんの優しくささやく言葉を受け、俺の心の中で二つの感情が問い掛ける。
ハルさんは、俺のこと認めてくれるの?
ハルさんも、俺のこと裏切るの?
だけど。
「……今の俺に、そんな価値なんかないですよ……!」
勇気の無い俺は、自分が少しでも傷つきたくないから、大切な人に裏切られたくないから、自らを否定する。否定してしまう。
そして、そんな否定する自分自身を、ひょっとしたらハルさんなら、そんな俺の否定ごと否定してくれるんじゃないかなんて、馬鹿な期待が心の片隅で芽生える。
その時。
「自分の価値を、そんな自分勝手に決めないでください! あなたの価値は、この私が決めます! ……あなたは……正宗くんは、世界で一番、素敵な男の子なんです! 誰が何と言っても、世界中の誰もが否定しても、私は……私は、その否定を否定する!」
言ってくれた。
ハルさんは、塵にも満たない俺の、ほんのちょっとの想いを拾ってくれた。認めてくれた! 否定してくれた!
「あ……ああ……あああ……!」
俺の口から、声にならない歓喜の声が漏れる。
そして、俺の目からどうしようもないほどの涙が溢れだす。
もう止まらなかった! もう止められなかった!
俺はただ……ただ嬉しくて! 嬉しくて! 嬉しくて!
俺の中の、俺の存在を否定する声が、ハルさんの否定を否定する声で埋め尽くされ、どんどん蹂躙されていく!
「ハルさん……俺……俺え……!」
「正宗くん……正宗くん……!」
「あああ……うわあああああああん……!」
そして俺はハルさんを強く抱きしめると、大声で泣いた。泣き続けた。
今までの自分を否定してきた自分を追い出すように。
ああ……俺は今、やっと自分を認めてやることができたんだ。
お読みいただき、ありがとうございました!
今回はこの話まで持っていきたかったので、一気に三話投稿しました。
明日からは通常の朝晩二回投稿です!
次話は明日の朝投稿予定です!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、ブクマ、評価、感想をよろしくお願いします!




