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第57話

ご覧いただき、ありがとうございます!

「……もう、こんな時間か……」


 スマホの時計を見ると、時刻はもう夜十時を過ぎていた。


 環奈は八時頃まで家にいたけど、さすがに遅いので姉ちゃんが送って行った。


 そして俺は、ハルさんが送ってくれたメッセージを眺める。


『今からお会いできませんか? いつもの通学路……あなたと初めて出逢ったあの場所で、待っています』


 このメッセージをもらったのが夕方四時。それから六時間も過ぎている。


 その後、ハルさんからは何の連絡もない。


「さすがにまだ待ってるなんてこと……ない、よな……?」


 だけど。


 ひょっとしたら、俺を待っているんじゃないだろうか。

 もしこんな夜遅くに、ハルさんみたいな綺麗な女性が外出してたら、万が一のことがあってもおかしくない。


 そんなことを考え出すと、俺は急に不安になってしまった。


「ああもう……」


 俺はマウンテンパーカーを羽織ると、部屋を出て階段を降りる。


 すると。


「正宗」


 そこには、いつもの凛とした表情の姉ちゃんがいた。


「正宗、ご飯はどうする? 風呂は?」

「あ……うん、ちょっと出かけてくるから、とりあえずはいいや……」

「む、なら私も一緒に……」

「悪い姉ちゃん」


 姉ちゃんがついて来ようとしたので、俺は手でそれを制止し、スニーカーを履く。


「じゃ、行ってくる」

「うむ、気をつけるんだぞ」


 俺は振り返りもせずに玄関を出る。


「ふう……」


 そして、大きな溜息を吐いた。


「姉ちゃん……無理やりいつも通りに振舞って……」


 だけど、そんな姉ちゃんの気遣いが嬉しかった。


「うん……帰ったら、姉ちゃんにちゃんと礼を言わないと……それと、明日の朝は環奈にもな」


 明日になったら、俺も姉ちゃんのようにいつも通りに振舞おう。

 そして、何事もなかったように、ハルさんと出逢う前のような、そんないつもの生活に戻ろう。


 そうすれば、俺はもうこんな苦しい想いをしないから。


 うん、どうせハルさんもいないだろうし。

 やっぱり俺の勘違いだって分かれば、俺ももうこれ以上余計な感情を抱いたりしないだろう。


 そしたら、環奈だって姉ちゃんだって、前みたいに戻るはずだ。


 環奈はわざわざ家まで迎えに来たりすることもなくなるだろうし、姉ちゃんも文化祭や今朝みたいな行動をしたりすることもないだろう。


 そうと決まれば、早くいつもの通学路に行かないと。


 俺は少し小走りで目的の場所を目指す。


 ハルさんと出逢った、ハルさんを男と勘違いして睨んでいた、あの通学路を。


 ◇


「……あ、正宗くん」


 なんで。


「来てくださって、ありがとうございます」


 なんでいるんだよ……。


「ふふ、夜になると、もうすっかり寒くなりますね」


 そう言うと、ハルさんは手に息を吐きかける仕草をする。


「どうして……」

「はい?」

「どうしてこんな時間まで待ってるんだよ! ハルさんは女の子なんだよ!? 何かあったらどうするんだよ! 俺が来なかったらどうしてたんだよ!」


 俺はハルさんがまだ待っていたことが信じられなくて、ハルさんがこんな時間に一人でいたことへの不安で、そして、ハルさんが待っていてくれたことが嬉しくて、つい叫んでしまった。


「ですが……正宗くんは来てくれました」


 そう言って、ニコリ、と微笑んだ。


「なんで……なんで俺なんかを……俺みたいなヤツ、なんの価値もないのに……!」

「正宗くん!」


 そう呟くと、ハルさんは俺の名を叫び、その表情がみるみる変化した。


 それは、怒りの表情。


 俺がハルさんと出逢ってから、ハルさんが初めて見せた表情。


「“俺なんかを”とか、“俺みたいなヤツ”とか、“価値がない”とか、二度とそんなことを言わないでください!」

「だ、だけど……」


 だけど、アイツは……優希は俺にハッキリとそう言ったんだ!


 だから……。


「正宗くん、一体あなたに何があったんですか? あなたは何に苦しんでいるんですか?」

「…………………………」

「正宗くん」


 無言を貫く俺を、ハルさんはもう一度俺の名を呼び、そして……俺を抱きしめた。


「っ!?」

「正宗くん、私は言ったはずです。『私は、いつだって、どんな時だって、正宗くんの味方ですから』って。だから……だから私に話してください……いえ、違いますね」


 そして、ハルさんが大きく息を吸った。


「私を……私を信じてください。そして、私を救ってくれたあなたの力にならせてください」

「……どうして」


 ハルさんの言葉を受け、俺の口から言葉がこぼれ始める。


「どうして! どうしてハルさんはそうなんだよ! 環奈も、姉ちゃんもそうだ! 俺の気持ちなんて分からないくせに! 俺のことなんて何にも知らないくせに! 俺は邪魔な存在でしかないことは五歳の時から分かってた! 俺に価値がないことは、アイツに言われて分かってた! だから……だから俺は……勘違いしちゃ、いけない、んだ……!」


 俺はハルさんの胸の中で、ただただハルさんに八つ当たりする。


 ハルさんが優しくしてくれることをいいことに。


「正宗くん……あなたの言う通り、私はあなたの気持ちも分かりませんし、あなたのことも知りません」

「…………………………」

「ですから……ですから、あなたのことを……あなたの気持ちを、教えてくれませんか? 私はこのまま、あなたが教えてくれるまで待ちますから。あなたに話す勇気が生まれるまで、このまま待ち続けますから」


 そう言って、ハルさんがギュ、と抱きしめる力を強くする。


 ……どれくらいそのままでいただろう。


 俺は、ただハルさんに抱きしめられていた。


 僅かに見かける通行人が俺達をしげしげと眺めていくが、ハルさんはそんなことお構いなしに、ただ俺を抱き締め続ける。


「俺……好きな女の子がいたんだ……」


 気がつけば、俺の口から自然と言葉が漏れ始めた。

お読みいただき、ありがとうございました!


次話は今日の夜投稿予定です!


少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、ブクマ、評価、感想をよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ばっきゃろ〜。 もっとお前のまわりのヒロインを信じろよ! あんなゴミカス塵ダニと比べるな! ゲロ汁ぶしゃーしても心配してくれる聖母マリアだぞ!
[一言] 5歳から自己否定かい…
[一言] でもこれ話を最初の頃に戻すとそういう経緯があって、トラウマ持ってる正宗の気を引く為に、他の男(女だったが)に黄色い声上げてた環奈ってだいぶヤバかったのでは…… 環奈視点で正宗が鈍感ってあっ…
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