第56話
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環奈が作ってくれた昼メシを食べた後、俺はまたソファーに腰かけていた。
そして、俺の隣には環奈が座っている。
俺に寄り添うように、俺を支えるように。
……もし、環奈が傍にいてくれていなかったら、俺は自分の中の感情が抑えきれずに、めちゃくちゃになっていたかもしれない。
だけど、傍には環奈が……環奈がいてくれている。
それが俺にとってどれだけ心強くて、どれだけ救われたか。
俺……。
その時。
「ウ、ウプ!?」
「っ!? まーくん!?」
俺はすぐに立ち上がり、口元を押さえてトイレへと駆け込む。
そして。
「ウ、ウエエエエエエエッ!」
「キャア!? まーくん! まーくん!」
追いかけてきた環奈が、便器に向かって吐き続ける俺に向かって、必死に名前を叫ぶ。
「ウエ……わ、悪い環奈……せっかくお前の作ってくれたご飯、吐いちま……オエエエエ……」
「いいから! そんなこと、いいから!」
環奈が俺を抱きしめつつ、背中を一生懸命さすってくれている。
その顔は、今にも泣きだしそうな表情をしていた。
は、はは……俺も昨日懲りただろうに……バカか。
「本当に、大丈夫……」
「まーくん……っ! う、うう……」
そしてとうとう、環奈は泣き出してしまった。
ああ、不甲斐ない。
ああ、情けない。
俺は……俺は、本当に……。
すると。
「正宗ー! 家にいるんだろう?」
学校から帰ってきた姉ちゃんが俺の名を呼ぶ。
「正宗が急にバイトを休むから、ハルも心配して……って、正宗!?」
「……や、やあ、姉ちゃん」
「ど、どうした!? 一体何があったんだ!?」
姉ちゃんの顔色が真っ青になっており、持っているカバンも放り投げ、慌てて駆け寄ってきた。
俺……そんなに酷い顔してるかな……。
「正宗!? 環奈! 一体どうしたというのだ!」
「グス……羽弥さん……ちょっと……」
グイ、と涙を拭いた環奈が姉ちゃんを手招きし、二人がトイレから離れて行った。
「うん……それが……それで……」
「…………なんだって!? そ、それで……ふむ……」
二人の話し声が微かに聞こえる。
今日の顛末を環奈が説明しているんだろう。
ハア……情けない……。
いつまでもあのことを勝手に引きずって、こうやって環奈にも、姉ちゃんにも迷惑かけて……。
俺さえ吹っ切れていたら、昨日のようにハルさんの目の前で……そして、今も環奈や姉ちゃんの前で吐いたりしなかったはずなんだ。
……結局は、俺の心の弱さが招いたことなんだ。
「正宗……」
姉ちゃんと環奈が戻って来る。
そして、姉ちゃんの顔は何とも言えない表情を浮かべていた。
それは、俺のことを心配している表情ではあるんだけど、これは……怒り?
「姉ちゃん……ごめん、その、怒って……」
「ああ、私は怒っている」
姉ちゃんがはっきりと告げる。
ああ……こんな不甲斐ない俺のことなんか、怒って……愛想つかして当然だよな……。
「……あの優希に、な」
そう言うと、姉ちゃんは顔を歪め、思い切り歯噛みする。
それは、今まさに飛び掛かろうとする猛り狂った肉食獣のような……そんな表情。
「ね、姉ちゃん……アイツは……優希が別に悪いわけじゃ……」
「まーくん! なんでアイツなんか庇うの!? あんな奴、ただまーくんを苦しめるだけの、害悪でしかないよ!」
「ああ、全くだ! あの時、せっかくいなくなったというのに、今さら何しにここに戻ってきたというのだ!」
俺は二人が優希に対して憤りを見せるたびに、二人に感謝しつつも、まるで俺の不甲斐なさを指摘されているようで、思わず耳を塞ぎたくなる。
だって……俺が強くさえいれば、二人はこんなに俺なんかのために悩んだり憤ったりする必要はなかったんだ。
……結局は、全て俺が悪いんだ。
「……とにかく、これは俺一人の問題だから」
「あ! まーくん!」
「正宗!」
そう言うと、俺は呼び止めようと声を掛ける二人を置き去りにしながら、自分の部屋に閉じこもった。
◇
「ああ……くそ……」
俺は、ベッドに寝転がりながら、両手で顔を覆う。
どれだけ目を瞑っても、別のことを考えようとしても、俺の頭に浮かぶのは、教室で見た、成長した優希の姿。
最後に見たあの日より、優希はさらに綺麗になっていて、そして、その瞳にはやっぱり俺は写っていなかった。
「はは……あの時アイツが言った言葉通り、俺は……」
そんな自問自答を繰り返し、そして、俺という存在に諦念する。
——ピコン。
メッセージの着信音……誰だ?
俺は鬱陶しいと思いながらも、なぜか気になってスマホに手を伸ばす。
「あ……」
メッセージの送信主はハルさん。
『今からお会いできませんか? いつもの通学路……あなたと初めて出逢ったあの場所で、待っています』
いつもの通学路で待つ、か……。
俺はスマホをポイ、と投げ捨て、ベッドに顔をうずめる。
ハルさんに逢いたくない……こんな情けない姿、ハルさんに見られたくない。
俺はそんなことを考えていると。
「う、うう……」
また俺の瞳から涙が溢れだした。
もう、二年も前のことなのに。
もう、俺は彼女を諦めたはずなのに。
なのに、彼女はいまだに俺の中にいて。
俺は、下にいる姉ちゃんと環奈に聞こえないように、ただ声を押し殺して泣き続けた。
お読みいただき、ありがとうございました!
今回は鬱展開ですが、明日の朝更新でとうとうハルさん登場!
そして、明日の夜更新ではいよいよ正宗の過去が明らかに!
お楽しみに!
次話は明日の朝投稿予定です!
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