第52話 堀口羽弥①
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■堀口羽弥視点
正宗がうちの家に来たのは、私が八歳、正宗が五歳の時。
元々うちの父と正宗の実の父親は親友同士で、それまでも家族ぐるみの付き合いをしていたので正宗のことは当然知っていたし、むしろ姉気取りで正宗を構っていた記憶がある。
だけど、たった一瞬の出来事でそんな関係は変わってしまった。
正宗のご両親が交通事故で亡くなってしまったのだ。
その時正宗はうちの家に預けられていたので無事だったのだが、その後執り行われた告別式でのあの光景を今でも覚えている。
正宗のご両親の親戚一同が、人目もはばからず正宗について話し合っていた。
そして、まるで正宗を厄介者であるかのように押し付け合い、拒否し続けていたのだ。
突然両親を失って、その悲しみと孤独感で押しつぶされそうになっている正宗がいるにもかかわらずだ。
私はそんな馬鹿共が許せなくて、正宗が可哀想で、怒りに震えていた。
なのに正宗ときたら……。
「お、お姉ちゃん、僕は大丈夫だよ?」
正宗は涙をポロポロこぼしながら、私にニコリ、と微笑みかけたのだ。
私に心配させまいと、私を宥めようと、たった五歳の正宗が私を気遣ってくれたのだ。
もう止まらなかった。
「大丈夫だよ。私はいつだって、どんな時だって、正宗の味方だよ」
私は正宗に優しくそう伝えると、決意と覚悟を決め、正宗の親戚達が話し合っている場へと向かって行き、そして。
「だったら正宗は私が育てる! アンタ達なんかに渡すもんか!」
私は汚い大人達に大声で叫んでやった。
正宗の親戚達は、馬鹿にするような、蔑むような視線を八歳の私に向けてきた。
まるで、「ただの小さな子どもに何ができるんだ」とでも言うように。
その時、父が私の頭をポン、と叩く。
見ると、父と母が私と正宗を見ながら微笑んでいた。
そして。
「正宗くんは私達が引き取りますので、ご心配なく。あなた達のような汚い大人に正宗くんを任せるなんて、そんなことをしたらアイツに申し訳が立たないですから」
あの時の父と母の凛とした表情を私は忘れない。
そしてこの時から、正宗は正式に私の弟となった。
それからの私は、正宗を優しくてまっすぐな男の子に育つように、正宗に相応しい姉であるようにと、いつもがんばっていたことを記憶している
正宗もそれに応えるかのように、明るくて優しい男の子に成長してくれた。
そして、正宗が中学校の入学式の時に私に言ってくれた言葉。
「姉ちゃん。ぼ……俺、姉ちゃんのおかげでこんなに笑えるようになったよ。誰かに優しくなれるようになったよ。もうぼ……俺は大丈夫だから……だから姉ちゃんも、高校からは姉ちゃんは姉ちゃんのためだけにがんばって欲しいんだ」
それは、中学生になった正宗が精いっぱい見せた決意。
いつも私や両親に心配かけまいと、一生懸命がんばってきた、正宗の優しさと決意。
そんな、少し背伸びした正宗が愛おしくて、私は思わず正宗を抱きしめる。
「ふふ、私は正宗のことで無理したことなど一度もないよ。それよりも正宗、うちに来てくれてありがとう。私の弟になってくれてありがとう」
「姉ちゃん……姉ちゃん……!」
せっかく背伸びしてがんばったのに、正宗は感極まって私の胸の中で泣いてしまった。
私は正宗の髪をそっとなでると、この可愛くて、愛しくて、大好きな正宗を強く抱きしめた。
そして私の中で、正宗に対して今までにない感情が芽生えるのを感じた。
ああ……私は正宗のことが……好き、なんだな……。
◇
「ふふ……懐かしいな……」
私はドアの傍で眠ってしまった正宗を抱き起こしてベッドへと移すと、眠る正宗の髪を撫でながらあの時のことを思い出し、思わず笑みがこぼれる。
だけど。
「正宗……また、思い出してしまったのか……?」
学校から帰った正宗の表情は、明らかに無理をしていた。
あれは、正宗が心配かけまいと自分に仮面を被った時の顔。
思えば、正宗がこの家にやってきた時もあんな顔だった。
私や両親に迷惑が掛からないようにと、良い子に振舞っていたあの時の顔。
そして、“あの出来事”の後、くしゃくしゃの泣き顔の中で必死に被ろうとした、乾いた笑顔。
「……もうあいつもいなくなって、やっと正宗が立ち上がろうとしていた矢先に、どうして……」
その時。
——ピコン。
『正宗くんのことで話がしたいので、電話してもいいですか?』
差出人はハルだった。
私はそっと正宗の傍から離れて自分の部屋に戻ると、ハルに電話を掛ける。
「もしもし……」
『羽弥……』
電話の向こうのハルは、明らかに落ち込んだ様子だった。
これも、正宗の様子と何か関係があるんだろうか。
「ハル、正宗のこととのことだが、何かあったのか?」
『はい……そ、その……』
すると、なぜかハルが言い淀む。
自分から話がしたいと持ち掛けたにも関わらず、だ。
「ハル」
『……私、後夜祭の時に正宗くんと一緒に学校の屋上にいました』
「っ!」
ハルの言葉に、思わず息を飲む。
それから、ハルは訥々と語り出した。
後夜祭の、グラウンドにキャンプファイヤーが赤々と燃える中、正宗とハルが待ち合わせをして逢っていたこと。
屋上で、流れる音楽に合わせて踊っていたこと。
そして……正宗がうずくまり、突然吐き出したこと。
『……それで正宗くんは、まるで私を拒絶するように手で制止すると、そのままお開きとなって、一旦私はその場を離れたんです……』
「…………………………」
『だけど、あんな正宗くんを見たのは初めてで、どうしても正宗くんが心配で、私は結局校門で正宗くんが出てくるのを待っていました』
「……それで?」
『それで、ほとんどの生徒さんが学校から出て行ってからしばらくした後、正宗くんが一人で校門にやってきたので、もう一度正宗くんに声をかけ……』
やはり……正宗はあのことを思い起こしてしまったのか……。
「そうか……うちの正宗がすまなかったな……」
『いえ……それで、正宗くんは……』
「あ、ああ……正宗ならもう寝たよ。心配しなくても大丈夫だ」
『嘘です』
私がそう伝えると、ハルは強い言葉で否定した。
「いや、本当に正宗は寝て……」
『そこじゃありません。正宗くんが大丈夫だなんて嘘だって言ったんです』
「っ!?」
ハルの言葉に、私は思わず息を飲む。
『……ねえ羽弥。正宗くんに何があるのか、それとも、何があったのか、教えてくれませんか?』
「……どうしてそんなことを聞く」
『決まっています。正宗くんが心配だから……大好きな正宗くんが、誰よりも大切だから』
「そうか……」
私はハルに聞こえないように溜息を一つ吐くと、ただ一言だけ伝える。
「悪いが私の口からハルに話すことはできない」
『っ! ……やっぱり、何かあるんですね?』
「……これは、正宗自身の問題とだけ……私に言えるのはここまでだ。じゃあな、切るぞ」
『あっ! 待っ……』
——プツ……ツー、ツー。
私はスマホを机に置き、もう一度正宗の部屋へと向かう。
「……それにしても、ハルが……な……」
無理やりハルとの通話を切ったが、あのことを私の口から言う訳にはいかない。言えるはずがない。
「それにしても……」
高校二年になってからはすっかりなくなったと思っていた発作が、また呼び起されてしまった。
それも、ハルがきっかけで。
「やはりハル、なのか……?」
そのことを考えると、私の胸が苦しくなる。切なくなる。
私だって……私だって、正宗への想いはハルには負けない……いや、ハル以上だと思っている。
それはもちろん、環奈に対しても。
だけど。
「姉弟……というのは、これほどまでハードルが高いのか……?」
いやだ。
私は正宗の姉だけじゃいやだ。
私は……私は、正宗の一番になりたいんだ。
「正宗……正宗……!」
私は寝息を立てる正宗の頬に顔を近づけ、そして、そっとキスをする。
「正宗……私は……お前が好きだ……」
眠っている正宗に、聞こえているはずもないのに、そっと告白する。
正宗が目を覚ましたら、正宗の好きなごはんを作ってあげよう。
正宗があのことをもう一度忘れてしまうくらい、喜ぶようなことをしてあげよう。
私が……私だけが、正宗の全てを知っているんだ!
だから。
「ハル……環奈……私は負けない。諦めない」
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