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第30話 ジ・エンドッ☆

 司佐が自分の部屋に行くと、そこにコトハの姿はなく、昭人だけがソファに座っていた。

「昭人……コトハは?」

 その言葉に、昭人はバルコニーを指差す。

「一人になりたいって言うから」

 それを聞いて、司佐は静かにバルコニーへと近付いた。

「コトハ……」

 司佐がそう呼ぶと、コトハは静かに振り返る。

「司佐様」

「どうしたんだ? 夜風なんかにずっと当たっていたら、風邪を引くぞ」

「いえ……なんだかいろいろわがままを言ってしまい、少し反省していました」

「反省はいいけど、後悔はするなよ。俺だってもう、あんな思いしたくないんだからな」

 その言葉に、コトハは微笑む。

「大丈夫です。後悔なんてしません。私だって、もう司佐様から離れたくないですから」

 それを聞いてやっと安心するように、司佐はコトハを抱きしめた。

「結婚しよう」

 それはあまりに唐突な言葉だったが、思わずそう言った司佐に、コトハは嬉しさを噛みしめるように頷く。

「はい……」

 それを見届けた昭人は、もはや離れられない二人なんだと認識する。

「幸せになってもらわないと困る」

 そっと呟き、昭人は司佐の部屋から出ていった。






 それから数年後――。

「げ、貴一。おまえタキシードかよ。新郎じゃねえんだぞ」

 有森家のリビングで、貴一に向かって藤二がそう言った。

「いつでも新郎役が出来るようにしないとな。黒タキシードだからいいだろ。本当は白のが似合うんだけど、今日ばかりは司佐に譲る」

「新郎だからな」

「あーあ。これでコトハも人妻か」

「それを奪うのもまた醍醐味か」

「藤二。おまえのほうが危険思想だな」

「貴一には負けないよ。双子なんだからね。そろそろ行こう」

 二人は用意された車に乗り込み、屋敷を出ていく。

 着いた先は、海辺のチャペルだ。入口に掲げられた「山田家・沢木家結婚式場」という大きすぎる看板に、今日のビッグイベントを想像させる。

「うわあ。さすがに山田家と沢木家の結婚式。歴史に名を残す式になりそうだな」

 貴一がそう言ったのは、すでに集まった人々の多さと、著名人揃いの顔触れのせいである。

 それもそのはず、大財閥の山田家と大企業の沢木家の結婚ともなれば、業界でも話題になっていた。

「貴一兄様。藤二兄様」

 そこでそう呼ばれ、二人は振り返った。するとそこには、従兄弟の桃子がいる。

「桃子。今日は来ないと思ってた」

「どうして? 失恋の傷はもう癒えたわ」

「良家のぼっちゃんと合コンばかりやってるって、噂になってるぞ」

「お兄様たちには関係ないわ。それより早く行きましょうよ。控室」

 桃子に連れられ、二人は建物内へと入っていく。

 司佐に失恋した桃子だが、この数年の間に随分吹っ切れたようだ。しかし、何処かでまだ司佐のことを想っているのだと、長い付き合いの貴一や藤二にはわかっている。

「桃子。今度、大学の男いっぱい紹介してやる」

「本当? お兄様たちの紹介じゃ、チャラい男ばかりのような気がするけど……」

「嫌ならべつにいいよ」

「いいわよ! 会ってみるくらい」

 三人は笑いながら、山田家の控室へと入っていく。

 するとそこには、白いタキシードに身を包んだ、司佐の姿があった。

「司佐」

 その声に、立ったまま服の手入れをしてもらっている司佐が振り向く。

「おう。おまえら、来てくれたのか」

「もちろん。いやあ、着飾っちゃって」

「今日くらいはな」

「司佐様、かっこいい!」

「サンキュー」

 少し大人びた表情で、司佐はそう礼を言う。

「コトハは?」

 貴一がすかさず聞いたので、司佐は苦笑した。

「もうすぐ来る。おまえ、コトハに馴れ馴れしくすんなよな。それから藤二も。おまえは貴一みたいに遊び人に見えない分、始末が悪い。基本的には貴一と一緒なのに」

「心外だな、司佐」

 その時、ノックとともに昭人の声がした。

「新婦がお見えになりました」

 その言葉に、一同は出入口に視線を注ぐ。

 やがて開いた扉の向こうには、純白のドレスを身に纏ったコトハが立っていた。

「わあ。綺麗だよ、コトハ!」

「本当に綺麗だ」

 すかさずそう言って近づいたのは、貴一。それに続いて藤二が駆け寄る。

 後れを取って、司佐は貴一と藤二を止めた。

「おい! たった今言ったばかりだろう。馴れ馴れしくすんな」

「綺麗なものを綺麗と言って何が悪い。おまえなんて、生唾飲み込んだの知ってるぞ。コトハ、司佐のやつ、君が綺麗過ぎて物も言えないって感じだったよ」

 貴一の言葉に、コトハは照れて顔を赤らめる。

「そんな……ありがとうございます。来ていただいて」

「当たり前だよ。僕ら親戚になるんだしさ」

 コトハは司佐を見つめる。

「あの……どうですか?」

 ドレスを広げて尋ねるコトハに、司佐は視線を逸らせた。

「どうって、べつに……ドレス買う時、もう見ただろ」

「そうですけど……」

「まあ……いいんじゃないか?」

「そうですか。よかったです」

 その時、開いたドアから龍太郎が顔を覗かせた。

「こんにちは、みなさん。トコ、もう少し手直しするそうだから、戻ってくれって言ってるよ」

「うん。じゃあ、失礼します。次はお式でお会いすることになると思います。今日はよろしくお願いします」

 コトハはそう言って、龍太郎と昭人とともに去っていった。

「いいのかよ、司佐。龍太郎をコトハに付かせて」

 貴一の言葉に、司佐は苦笑する。

「兄妹だからな。女は準備に時間がかかるから、お付きはたくさんいたほうがいい。昭人も一緒に居させているし、大丈夫だよ」

「しかし、もう少し言いようがあるんじゃないの? 司佐」

「言いようって?」

「コトハにだよ。世界で一番綺麗だよとか、食べちゃいたいくらい可愛いよとか、言えないのかよ」

「おまえらじゃあるまいし……そんなもん、人前で言うか。後で死ぬほど言ってやるからいいんだよ」

 照れ屋な司佐に、一同は笑う。

「でも、結局コトハが高校卒業するまで待ったんだな」

「そうそう。コトハさんが十六になったら、すぐに結婚するなんて言ってたのにね」

 藤二の言葉に乗って、桃子も話に入ってくる。

 司佐は笑いながら椅子に座った。

「本当は、親は俺が大学出るまで駄目って言ったんだけど、そこまで我慢出来なかったからな」

「司佐はまだ大学だけど、コトハはこれからどうするんだ?」

「一応短大には行くけど、それ出たら花嫁修業」

「花嫁修業? もう充分だろ」

 同時に言った貴一と藤二の言葉に、司佐も頷く。

「そうだとは思うけど、コトハ自身がやる気だから」

「はあ。山田家次期当主の嫁ともなれば大変だよな」

「まあね。でもコトハなら大丈夫だ」

「そうだろうね」

 一同はクスリと笑う。

 そこに、昭人が入ってきた。

「昭人。どうだ? コトハの様子は」

「緊張しているけど、準備はバッチリ。司佐もそろそろ出番だよ」

「よし」

 急に司佐の顔つきが変わる。司佐といえど、人生最大のビッグイベントのひとつで、緊張もあるのだろう。

「じゃあ司佐。僕たちは先に行ってる。頑張れよ」

「ああ。ありがとうな」

 貴一たちは先に部屋を出ていった。

 残された司佐は、昭人を見つめる。

「遂に来たな。この日が」

「うん。司佐の晴れ舞台だ。コトハも待ってる。早く行こう」

「……俺は幸せ者だな。初めて実感するよ。今まで手に入れられなかったものはないけど、コトハだけは、自分で選んで掴んだ気がする」

 司佐の言葉に、昭人は静かに微笑んだ。

「そうだよ。貴一様や藤二様に好かれていたコトハを、妻に出来るんだから」

「それに、おまえにもだろ?」

「ああ……だからこれからも、幸せになってもらわないと困るからな」

「大丈夫だ。おまえの手は煩わせない。俺はコトハを愛してる」

「うん」

「昭人。おまえも自由になれ」

 その言葉に、昭人は笑った。

「こんな危なっかしい主人を転がせられるのは僕だけだよ、司佐」

「言ったな」

「僕の自由は、司佐の片腕として頑張ること。もう一方の片腕はコトハだ」

「ああ……これからも俺について来いよ、昭人。行こう」

 昭人を傍らに置き、司佐はチャペルへと向かう。

 幸福の鐘が鳴りやまぬ中で、司佐は目の前にいるコトハのベールを上げ、そっとキスをした。

「コトハ。必ず幸せにしてやる」

「司佐様……」

 照れながら俯くコトハの耳元で、更に司佐は囁いた。

「だからおまえも、俺のことを幸せにしろ」

 その言葉に、コトハは明るく微笑んだ。

「はい、司佐様!」

 ライスシャワーの中で、二人はもう一度キスをする。

 突き抜けるような青空の下で、幸せな時が流れていた。

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