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第24話 恋のライバル出現ッ?

 その日の放課後、コトハは龍太郎の誘いで一緒に帰っていった。今日は司佐が部活に出ると聞いていたため、少し遅くなっても大丈夫と判断したからである。

「トコ。喫茶店でも行こうか」

 龍太郎はそう言って、近くの喫茶店へと向かう。

「龍ちゃんの家は近くなの?」

 紅茶を飲みながら、コトハが尋ねた。

「うん、わりと。バスでいくつか先」

「バス通学なんだ。なんか意外だな。小学校の頃なんか、いつも車だったのに」

「もう体も弱くないしね。本当は家に呼びたいんだけど、母さんが……」

「うん、わかってる」

 コトハは目を伏せる。

 小学校の頃、二人は両想いだった。だがそれを許さなかったのは、龍太郎の母親である。

“龍太郎は、可愛いうちの長男なの。あなたみたいな卑しい出の人が、龍太郎と付き合うなんて許せない”

 小学校を卒業したてのコトハに、龍太郎の母親は面と向かってそう言った。

 コトハもそれをわかっていたが、今となれば、それは司佐にとっても同じことが言えるだろう。同じことを繰り返している自分に嫌気が差した。

「トコ、携帯番号交換しようよ」

 気軽にそう言った龍太郎に、コトハは身を縮める。

「ごめんなさい。私、携帯持ってなくて……」

「そうなんだ? 山田家のメイドとして、当然持たされているのかと思った」

「ううん。ごめんね」

「そう。じゃあ、ちょっと待って」

 龍太郎は携帯電話をいじって、そう言った。

「しかし、トコはあんまり変わってないね。二つに分けた髪の毛も、背の高さも小さいままだ」

「それを言うなら龍ちゃんだって、あんまり背伸びてないじゃない」

「言ったな。これでも少しは伸びたんだぞ」

 二人は他愛もない話で盛り上がる。

「トコ!」

 その時、喫茶店にやって来たのは、またもコトハが知っている少年だった。

「新ちゃん?」

「トコだ! 本当にトコだ!」

 少年は、コトハに駆け寄る。

「携帯で呼んだんだ。同じ学園の中等部一年生だよ」

 突然の再会に、龍太郎が説明する。

 少年の名は、楠新太郎くすのきしんたろう。龍太郎の弟で、コトハとも幼馴染みである。

 龍太郎と新太郎、二人はコトハをトコという愛称で呼び、一気に場は小学校時代へと戻っていた。


「まだコトハは帰って来ないのか」

 部活帰りにも関わらず、その日はコトハよりも司佐の帰りのほうが早かった。

「そうみたいだね……」

 これ以上コトハの立場が悪くなるのは避けたかったが、昭人は正直に答える。

「あいつ、弛んでるな……」

「ま、まあ、久々の再会で盛り上がってるんだろうよ。今日くらいは許してあげなよ」

「昭人。おまえ、コトハの肩を持つのか?」

「そういうわけじゃないけど……」

 その時、司佐の部屋に桃子が入って来た。

「勝手に入るな、桃子」

「ごめんなさい。ノックはしたんだけど……それより、そろそろ夕食の時間ですって。一緒に行きましょうよ」

「もうそんな時間か。まだコトハは帰らないのか」

「コトハさんなら、今帰って来たのを見たわ」

 司佐に桃子が返事をする。

「そうか。帰ってきたか……ならいい」

「もう。司佐様は、桃子のことだけ考えていればいいの」

「……まあ、そのほうが俺も楽だけどな」

「司佐」

 弱気な司佐に、思わず昭人が呼びかける。

「昭人。おまえも食事に行け。それから、コトハに伝言を頼む」

 昭人に向かって、司佐がそう言った。

「え?」

「しばらくコトハは、俺のメイド禁止」

 その言葉に、昭人は目を見開く。

「待ってくれ、司佐! それはいくらなんでも……」

「命令だ。弛んでるメイドに用はない」

 司佐の顔は、明らかに怒っている。そんな状態の司佐の命令は、覆されるものではない。

 だが、昭人は口を開いた。

「ここでもっと距離を置いたら、もっと溝が出来る。取り返しがつかなくなってもいいのか?」

「いいのよ」

 司佐の代わりに、桃子が返事をした。そして話を続ける。

「昭人は使用人でしょう? いくら司佐様が許してたって、そんなこと昭人が言う権利はないと思う。司佐様の命令は、黙って聞いていればいいのよ」

「桃子の言う通りだ。夕食に行ってくる」

 そう言い残して、司佐は桃子と一緒に部屋を出て行った。


 その日の夕食時、昭人は司佐の命令をコトハに伝えた。

「わかりました……」

 コトハはそう言って、黙々と食事を続ける。

「いい加減にしろ! おまえのために司佐は距離を置いてるんだぞ? だけどこのままじゃ、本当に司佐を失うぞ。それでもいいのか?」

 怒りを露わにしている昭人だが、コトハはそれに動じていないようだ。

「……嫌ですよ。でも、それで終わる関係なら、そうなるものなのかもしれません」

「……初恋の人が現れたからって、浮かれてるんじゃないだろうな。司佐にその気がないのなら、振ってやれと言ったろ」

「龍ちゃんとは、そんな関係じゃありません」

 眉をしかめて、コトハはそう言った。

「何もなくても、話さない日が続けば、誤解も生まれるんだぞ」

「確かに久しぶりに会って楽しかったです。弟の新ちゃんも来たことで、また話が尽きなくてつい遅くなってしまったのも事実です。それが浮かれていることなら、反省しますしもうしません。でも、龍ちゃんとはとっくの昔に終わってるから……どうにもなりません」

「終わってるって……付き合ってたのか?」

 それを聞いて、コトハは目を伏せる。

「子供だったし、そこまでは……でもお互いに好きだったと思います。でも龍ちゃんのお母様に猛反対されて、龍ちゃんも転校が決まっていたので、それっきりです」

「それじゃあ、恋が燃え上がる可能性は、無きにしも非ず」

「ありません。私は司佐様のことが好きです」

「だったら離すんじゃない!」

 真剣な昭人に、コトハは俯く。

「離したくありません。でも……自分の立場とか、旦那様たちが反対していることとか、いろいろ考えた結果、、自分の気持ちだけ突っ走っても、誰も幸せになんかなれないと思うんです」

 コトハは苦しそうに答えた。

 昭人もコトハの言わんとする意図はわかるのだが、焦りだけが先走る。

「困るんだよ……おまえにフラフラされると。司佐も悲しませたくないし、僕だってコトハのことを……」

 そう言ったところで、昭人は口をつぐんだ。

「いや、何でもない。とにかく、フラフラしてないでさっさと答えを出せよ。どういう結果になっても、司佐のメイドは辞めないんだろ?」

「はい。それはもちろん……」

「じゃあ、早く答えを出すんだ。いいな」

 昭人はそのまま、コトハのもとを去っていく。

「どうすればいいというの? どう考えたって、私なんか不釣り合いなのに……みんな反対しているのに、それでも一緒にいたいなんて、どうすればいいの……?」

 コトハはどうしていいかわからず、涙に濡れた。


 次の日。一時間目が体育の授業であるコトハのクラスは、早速、女子を教室に残して着替え始めた。

 コトハが自分のロッカーを探ると、置いてあったはずの体操着が、無残に切り刻まれている。

「……」

 言葉を失い、コトハはショックに俯いた。せっかく司佐が与えてくれた物だが、見る影もない。さすがに怒りが込み上げ、コトハは振り向いた。

「どうしてこんなことをするんですか!」

 クラスメイトにそう問いかけると、数人の女子がコトハを取り囲む。

「どうして? あんた、自分が何したかわかってないの?」

「え……?」

「あんたは、桃子ちゃんと司佐様の邪魔をしてるじゃない。その上、楠君まで手懐けちゃって、何様のつもり?」

「……司佐様とは、今はお話もしていません。龍ちゃんとは、小学校時代の幼馴染みなだけです」

「だから何? そんなオープンに言われても、腹立つだけだし」

 どうやってもクラスメイトとわかりあえないのかと、コトハは落胆した。


 その日、コトハは放課後になっても、姿を現すことはなかった。

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