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第23話 標的はコトハッ!

「いい加減にしろよ、コトハ」

 夕食時、そう言ったのは昭人である。コトハは俯く。

「ごめんなさい……」

「僕に謝るくらいなら、司佐に謝れ!」

 昭人が怒っているのは、ここ数日、司佐とコトハの接触がほとんどないからだ。見ていてもどかしく思えて、昭人は思わず口を出す。

「距離を置くって、決めたから……」

 そう言うコトハに、昭人は顔を顰める。

「司佐は結構、淡泊だから、ちゃんと掴まえてないと本当に飽きられるぞ? それでもいいのか?」

「私は使用人です。これ以上望めません」

「司佐はそう思ってないだろ。もっとわがまま言っていいんだ。そうでなけりゃ、司佐もしんどいだろ。嫌いならきっぱり振ってやれ」

「嫌いなんかじゃありません! でも……どうしたらいいのかわからないの。私のことは放っておいてください!」

 そう言って、コトハは去っていった。

 残された昭人は拳を握る。自らの気持ちを封じている昭人は、揺れ動いている司佐とコトハの関係を前に、自分の気持ちがもどかしい。

「いっそ奪ってやりたくなる……」

 言葉にしたものの、思い直して感情を押し込める。

「どうしちまったんだ、司佐もコトハも……」

 司佐とコトハが距離を置くようになって数日、昭人も辛い日々を送っていた。


 いつものように司佐と昭人と桃子を送り出してから、コトハは一人、歩いて学校へ向かう。ここ数日は、足取りが重い。

「おはよう……」

 教室に入るなりそう言ったが、今日もクラスメイトの目は冷たく、桃子の周りには人だかりが出来ている。

 コトハは一人、席に着いた。

「ええ? 桃子ちゃん。その指輪、司佐様にいただいたの?」

 そんな声が聞こえ、コトハは顔を上げた。すると、前の方の席に座る桃子と目が合う。

「そう。昨日、宝石店へ行って買ってもらったの。婚約指輪よ」

「でも、あの子も指輪してたよね? てっきり司佐様からもらったものだと思ってた」

 一同の目が、コトハに向けられた。

 コトハはとっさに、左手を隠す。

「あ、隠した。ちょっと見せなさいよ」

 コトハの態度に、数人の女生徒がコトハを羽交い絞めにした。

 教室にはかなりの生徒がいるのだが、それを止めようとする者は一人もいない。

「やめてください!」

 叫ぶように、コトハが言った。

「誰からもらったの?」

「……司佐様です」

 少し躊躇ったが、コトハは正直にそう言った。

 左手の薬指には、距離を置こうと言っても、未だに司佐からの指輪が輝いている。

「嘘言わないで! 司佐様は浮気なんかしないわ。桃子に買ってくれたもん」

 そう言ったのは桃子だ。桃子は怒りを露にし、コトハを睨みつける。

「わ、私も……司佐様のことが好きです。でも、桃子様の間に入るつもりはありません。どうかこの指輪だけは、許してください……」

 泣きながら、コトハは頑なに左手を握ってそう言った。

 今にも女生徒がその左手をこじ開けようとしていると、桃子は背を向ける。

「もうやめていいわよ。でもコトハさん。その指輪、二度と付けないで」

 桃子は女生徒たちを止め、席に戻る。桃子がそう言ったので、女生徒たちも席へと戻っていった。

 コトハは泣きながら指輪を外し、手の平に握る。

 桃子がコトハの指輪を取らなかったのは、コトハと同じように、司佐への想いがわかったからかもしれない。


 それからしばらくして、ホームルームが始まった。そこで一人の少年が入って来る。

「また転校生だ。仲良くしてやってくれ」

 先生がそう言った。このクラスに転校生が集まったのは、家柄でクラス分けがされているためだろう。そうして見ると、転校生も由緒正しい家柄の人間だということがわかる。

 もちろん、コトハがこのクラスなのは、山田家からの特別枠だからだ。

楠龍太郎くすのきりゅうたろうです。よろしくお願いします」

 そう言う転校生の少年に、コトハは釘付けになる。

 そんな少年もまた、コトハを見て顔色を変えた。

「……トコ? トコなのか!」

「龍ちゃん!」

 少年は、軽井沢で小学校時代を一緒に過ごした、コトハの幼馴染みであった。子供の頃から、トコの愛称でコトハを呼ぶのは、今も変わっていないようだ。

 中学に入って転校していったが、こんなところで会うとは思ってもみなかったことである。

「なんだ、小桜の知り合いか。じゃあ楠君は、小桜の隣に座ってくれ」

 先生の言葉を受け、龍太郎はコトハの隣に座る。

 クラスメイトからのいじめに塞ぎ込んでいたコトハだったが、久々に嬉しい出来事である。


「まさかここでトコに会えるとはね」

 休み時間、隣の席の龍太郎が声を掛けてきた。

「本当、夢みたい。龍ちゃんと会えるなんて」

 そう言った時、女生徒たちが龍太郎の席を囲んだ。

「楠君って、楠貿易の息子でしょう?」

「この時期に転校って珍しいね」

 興味本位で話しかけられ、龍太郎は仕方なく、女生徒たちと話を続ける。

 コトハは諦め、次の授業の準備をした。


 昼になり、龍太郎はコトハの腕を掴む。

「一緒に食事しよう」

「うん」

 だが、女生徒たちはそれを許さない。

「楠君。一緒に食堂行こうよ」

「放課後、学校案内してあげる」

 そう言う女生徒たちに、龍太郎は爽やかに微笑む。

「ごめんね。僕、トコと知り合いだから、ゆっくり話したいんだ。話だったらまた今度」

 龍太郎はそう言って、強引にコトハを連れて教室を出て行った。


「龍ちゃん、待って。腕が痛いよ」

 廊下を歩きながら、コトハはそう言って立ち止まる。

「やっと二人きりになれたね。女子は何処へ行ってもうるさいよ……」

 そんな龍太郎に、コトハは苦笑する。

「私も女子だよ」

「知ってるよ。でも、トコは別。早く行こう」

「何処に行くの?」

「食堂に決まってるだろ」

「食堂は、あっち」

 コトハはそう言って、龍太郎を食堂へと案内した。


 食堂に入ると、コトハは司佐と目が合う。そんな司佐に、桃子が走り寄ったので、会釈だけして別の席に座った。

「あの人、山田司佐だよな?」

 龍太郎がそう言った。

「う、うん」

「ご主人様と一緒じゃないんだ? っていうか、トコがこんなお嬢様学校にいるなんてびっくりだ」

 小学校の時からの付き合いである龍太郎は、将来コトハが司佐に仕えることを夢見ていたのを知っている。

「うん。最近、司佐様にお仕え出来るようになったの。でも司佐様、私を高校に通わせてくださって……」

「そう。いいご主人様だね」

「うん、本当に。龍ちゃんは、どうしてここへ?」

 食事をしながら、コトハが尋ねる。

「僕は実家に帰ってきただけだ。ほら、昔は体が弱かったから、静養を兼ねて軽井沢にいたわけだけど、中学は海外で過ごして、やっとこっちに戻ってきたってわけ」

「そうなんだ。もう本当に夢みたい!」

「それは僕も一緒」


「誰だ、あれ?」

 遠くから龍太郎を見て、司佐がぼそっとそう言った。

「さあ。でもどっかで……」

 昭人が記憶を手繰り寄せていると、桃子が口を開く。

「転校生よ。楠龍太郎」

 名前を聞いて、昭人はコトハの初恋の人だと思い出し、司佐を見つめる。

 だが司佐は顔色一つ変えず、食事をしていた。

「へえ。おまえといい、最近転校生が多いな」

「私の転校は、おじさまが呼び寄せたものなんだからね」

「わかってるよ。それよりおまえ、買ってやった指輪ちゃんとしてんのか?」

 司佐がそう言って、桃子を見つめる。桃子の指に指輪はない。

「あるわよ、ちゃんと」

 桃子はペンダントに通して首から下げていた指輪を見せる。

「さんざん泣きじゃくって人に買わせておいて、はめないのかよ」

「だって、学校ではペンとか持ちにくいんだもの。こうして大事に持ってるのよ」

「コトハは片時も外したことないけどな……」

 司佐がそう言ったので、桃子は頬を膨らませる。

「あの人の話はしないで!」

「あいつは俺の使用人だ」

「使用人に指輪をあげるの?」

「知ってるくせに……おまえがおとなしくするって言うから、百歩譲って指輪買ってやったんだ。それ以上言うなら取り上げるぞ」

 冷たいままで、司佐は言う。

 桃子は黙ったものの、口を尖らせていた。

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