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第22話 お嬢様 vs 使用人ッ?

「待ってください! 私は何処でも構いませんから、桃子様がこの部屋をお使いになりたいとおっしゃるなら、どうぞお使いください」

「コトハ!」

 思わずそう言ったのは、司佐ではなく昭人である。ここでコトハがそんな要求を呑む必要はないと思ったのだが、もう遅い。

「あら。なんだ、司佐様より話が早いじゃない。そうと決まれば、すぐに明け渡してくれる?」

「はい。すぐに……」

 そう言うと、コトハは自分の部屋へと入っていった。

 コトハの発言に信じられない思いでいた司佐は、決定事項に息を吐く。

 それからも、桃子は司佐の傍を離れようとはしなかった。


「どうしてあんなことを言ったんだ。桃子様の言葉なんて、聞き流しておけばよかったんだ」

 夕食時、昭人がコトハにそう言った。

 司佐の両親が帰って来て以来、司佐と一緒に食事をする必要もなくなったため、以前と同じように、使用人用のキッチンで食事をしている。

「でも、司佐様の言い方もひどいと思います。桃子様、本当に司佐様のことが好きなんですよ」

「それはおまえのためだろう? おまえは桃子様のために、司佐を諦めるっていうのか? 中途半端に優しくしたら、桃子様だって後が辛いだろう」

 昭人に言われ、コトハは目を伏せる。

「すみません。そこまで考えていませんでした。でも、もともとあの部屋は、私には豪華でしたし、そんなに重要なことではないと思って……」

「……司佐はそうじゃなかったんじゃない?」

「え?」

「きっと司佐は、おまえに傍にいてほしかったと思うよ」

「……ごめんなさい」

「僕に謝られても……」

 コトハは少し後悔しながらも、自分と同じように司佐に恋する桃子の気持ちを痛いほどわかり、邪険には出来ないと思っていた。


 夕食時、司佐は両親と桃子とともに、食事をしていた。

「桃子もしばらく見ないうちに、大きくなって綺麗になったな」

「嫌ですわ、おじさまったら。でも桃子、司佐様のために綺麗になる努力を惜しまないわ」

 父親の言葉に、桃子が得意げに言う。

「努力なんかしなくても、桃子は本当に可愛いよ。なあ、母さん」

「ええ。うちにも娘がいたらって、桃子ちゃんを見るたびに思うわ」

 母親もそう言って微笑んでいる食卓に、司佐だけは浮かない顔をしている。

「司佐。食事はもっと美味しそうに食べなさい。こっちまで不味くなる」

 父親が言った。

 司佐は反発するように、そんな父親を見つめる。

「これが父さんのやり方? わざわざ桃子を呼びつけてどうするつもりだよ。言っておくけど、俺は桃子と結婚する気なんて、これっぽっちもないからね」

 堂々と、司佐はそう言った。

「司佐。桃子の気持も考えろ。桃子は真剣におまえを慕ってくれているんだぞ」

「そんな子なら、桃子じゃなくてもたくさんいるよ。父さんがこんなやり方するなら、俺だって考えがある」

「どんな考えか聞いてみたいものだが、べつに大したことじゃないだろう。桃子はおまえの婚約者という肩書がなくたって、従兄弟同士なんだ。十分、転校の動機にはなるだろうがね」

 司佐の脅しにも、父親はまったく動じない。

「司佐様。桃子がこっちにいるのは、今年一杯よ。来年になったら家に戻るの。それが条件」

 桃子の言葉に、司佐は少しほっとした。

「そうなのか? てっきり、高校生の間はずっとこっちにいるんだと……」

「桃子はそれでもいいんだけど、パパが寂しがってるから」

「そう。今年一杯ね……」

 司佐は押し黙り、食事を続ける。

 高校の間じゅうと思っていたが、今年一杯だけという桃子に、少しは余裕を見出す。それでも、夏休み前の今、桃子が帰るまで大変そうだ。


 一日の仕事を終え、コトハは自分の部屋へと戻っていく。

 コトハの新しい部屋は、同じ山田邸の敷地内にある、従業員用の建物の二階だ。今までの部屋と比べて、部屋の広さは十分の一ほど。トイレも風呂も共同だが、自分の部屋を与えられただけで満足である。

 コンコン、と窓が鳴り、コトハは立ち上がった。前にも似たようなことがあったので、少し期待に胸が弾む。

 カーテンを開けると、そこには司佐がいた。

「司佐様!」

「しっ。入るぞ」

 声を潜めてそう言うと、司佐はコトハの部屋に入り込む。

「ど、どうやってここまで……ここは二階ですよ?」

「木登りは得意だ」

 そうやって笑う司佐に、コトハは申し訳なく思った。

「でも危険です。司佐様にもしものことがあったら、私……」

「喜んでくれないのか? こうしてここまで来たこと」

 司佐は、少し残念そうに言った。

「嬉しいですが、危険な目に遭わせるのは嫌です」

「そう。でも俺も怒ってるんだぞ? 勝手に桃子に部屋を譲ったりして」

「すみません……」

 一向に主従関係が崩れないコトハに、司佐は溜息を漏らす。

「もういいよ。桃子は今年一杯いるそうだ。あっちの親も桃子を溺愛してるし、早まるかもしれない。今年限りの辛抱だ」

 司佐の言葉に、コトハは押し黙る。

「コトハ?」

 首を傾げている司佐に、コトハは司佐を見つめる。

「あの……私、桃子様の気持ちがよくわかるんです。だから邪険になんか出来ません。司佐様のこと、取られたくなんかないけれど、でも桃子様の気持もわかるんです。なんだか……気持ちがぐちゃぐちゃしていて、今はなんと言ったらいいのかわかりません……」

 正直に、コトハはそう言った。だが司佐にはそれが伝わらない。

「……よくわからない。コトハとはこのままで、桃子にも優しくしろってこと?」

 簡潔に述べる司佐に、コトハは頷く。

「桃子様に、冷たくしないでください……」

 それを聞いて、司佐は溜息をついた。

「おまえは桃子のことがわかってないから、そういうことを言うんだ。あいつはわがままだし、意地汚いところもある。おまえだって隙を見せてたら、潰しにかかられる危険もあるんだぞ」

「それだけ司佐様のことが好きだということではないのですか?」

 コトハの言葉に、司佐は顔を顰める。

「おまえと話していても埒が明かないな。俺は好きでもない相手に気を持たせるようなことはしたくない。おまえがそれを望むなら、俺は桃子を愛する努力をしなきゃならないんだ。そうなったら、おまえを捨てることだってあるかもしれないんだぞ?」

 司佐は怒ってそう言った。だが、コトハはゆっくりと頷く。

「その時は、仕方がないと思います……」

 コトハがそう言ったのは、とても自分には敵わない女性だと思ったからである。同じ年にも関わらず、桃子は上品で美しい。比べられたらひとたまりもない。

 そんなコトハの真意がわからず、司佐は口を結んだ。

「それがお前の望むことか?」

「少し……時間をください。司佐様の言う通り、私は滅茶苦茶なことを言っているんだと思います。でも、自分で自分の気持ちがわからないんです。しばらく距離を置かせてください……」

 震えながら、コトハはそう言った。

 それを聞いて、司佐は立ち上がる。

「……わかった。しばらくおまえと距離を置こう。だがあいにく、俺は気が長くない。おまえが言うような器用な真似も出来ない。学校もおまえだけ一人で行け。学校での食事も一緒に取らない」

「はい……わかりました」

「じゃあな……」

「おやすみなさいませ」

 司佐は顔を顰めたまま、コトハの部屋のドアを開け、堂々と帰っていった。

 寂しさを感じながらも、コトハは司佐としばらく距離を置くことにしたのだった。


 次の日から、コトハは司佐の身の回りの世話以外、司佐に寄りつかなくなった。学校の行き帰りも別々で、一緒に食べていた昼食も別々だ。

 一方で、桃子はその勢力を広げていった。桃子はコトハと同じクラスになったのだが、もともとあまり友達のいないコトハと反対に、桃子はあっという間にクラスのアイドルとなっていたのである。その人気は、ほぼ金持ちの家柄である故のものであるが、その地位はすぐに画一された。


 ある日、コトハが学校に行くと、そこにコトハの席はなかった。

「あれ? 私の席……」

 教室を見回すと、教室の隅に片付けられており、その上には掃除用具が置かれている。

 意味がわからず、コトハは振り向いた。

「あんたの席なんかないよ」

 何処からか、そんな声が聞こえる。

「もともと気に食わなかったのよね。司佐様や有森兄弟まで手なずけちゃって」

「使用人でしょ? 身分わきまえなさいよ」

「そうよ。桃子さんが司佐様の婚約者なのに、邪魔してるんでしょ」

 コトハは歯を食いしばり、片付けられた机を元通りにする。

「やっぱり卑しいよね。神経図太すぎ」

 耳を塞ぎ、コトハは授業が始まるのを待つ。

 ここで逃げ出したら、せっかく高校に通わせてくれている山田家に申し訳がない。コトハはそう言い聞かせて、その日を過ごした。

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