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第20話 父として、母として、息子としてッ?

「司佐!」

 コトハを連れて山田邸に帰るなり、司佐は女性に抱きしめられた。

「母さん! いつ帰ったの?」

 司佐がそう答える。

 目の前の女性は、過去に女優だったというだけあり、美しく気品が溢れている。

「今朝よ。でも帰ったらいないんだもの。もう、元気にしてたの?」

「うん。母さんも元気そうだね」

「私は元気よ。でも、学校なんてものがなかったら、あなたを一緒に連れていけるのにっていつも思うわ」

「それって、何回転校させるつもりだよ……」

 苦笑しながら、司佐が答える。

 玄関ホールでそうしていると、父親も顔を出した。

「そんなところで懐かしんでいないで、中に入ったらどうだ?」

「そうだね」

 父の言葉に答えながら、司佐は後ろにいたコトハを見て、その肩を抱く。

「そうだ、先に言っておくよ。彼女は小桜琴葉さん。俺は彼女と結婚する」

 先手を打ったように、司佐はそう言った。

 コトハは赤くなっており、父親は今にも怒り出しそうな顔をしている中で、母親だけは顔色を変えない。

「あら、そうなの? どこのお嬢さんかしら。しばらくいない間に、司佐もこんなガールフレンドが出来て……」

「母さん。彼女は使用人だよ? 許されるものじゃない」

 母親の言葉に、慌てて父親が間に入る。

 コトハは司佐の父親に反対されているのだと知り、不安げに司佐を見つめた。

「大丈夫だよ、コトハ。元当主の爺ちゃんが死んだら、父さんじゃなく俺がこの家を継ぐって決まってるんだ。そうしたら、そんな変なしきたり破ってやる」

「そんなことが許されるか! たとえ当主が決めたとしても、親戚からバッシングされて衰退するのが目に見えてる」

 司佐に向かって、父親はそう言った。

「もう、ごちゃごちゃ言ってないで、べつにいいじゃない。だいたい司佐はまだ十代。これからどうなるともわからないのに、今から見合う人を選別していくの? あなたの仕事も意地汚くなったのね」

 思いのほか、賛成してくれたのは母親だった。

「そういうことじゃないだろう。と、とにかく私は反対だ。だが、しばらくは好きにしろと言っただろ。帰って早々、口出しはしない。一度部屋に戻りなさい」

 立場を失くしたように、父親はそう言って去っていった。


 一同を部屋に返し、司佐は母親と居間へ向かった。

「司佐にもお土産いっぱいあるのよ」

 笑顔でそう言う母親に、司佐は静かに口を開く。

「ありがとう。ねえ、母さん。さっきの話だけど……本当に、母さんは俺とコトハが付き合ってもいいって思ってる?」

 その言葉に、母親は手を止める。

「うーん。あれはね、ウ・ソ」

「え?」

「ウソよ、ウソ。お父さんを困らせたかったっていうこともあるし。ほらあの人、からかいがいがあるのよね……うん。付き合うのはいいけど、奥さんになる人は別。やっぱり家柄を大事にしたほうがいいと思うのよね」

「なんだよ、それ!」

 司佐は怒って立ち上がった。

「っていうのは、ウ・ソ」

 茶目っけたっぷりの母親に、司佐は顔を顰める。

「はあ?」

「本当言うとね、半々かなあ。世間的には、ちゃんとしたこの家に釣り合う人と結婚してほしい。でも、司佐の恋を応援したいっていう気持ちもある。きっとお父さんだって同じ気持ちだと思うな」

「じゃあ、反対ってことなんだね……?」

「うーん……お父さんの言う通り、しばらく様子を見させてよ。私も久々に会った息子に、突然結婚したいなんて言われたら、誰が来ても考えてしまうもの」

 母親の言葉も一理あると思い、司佐は頷いた。

「わかった。でも俺は、反対されてもコトハのことが好きだから」

 そう言い残すと、司佐は去っていった。

「しばらく見ないうちに、すっかり大人になっちゃって……」

 母親は寂しそうに微笑んだ。


 司佐は自分の部屋に戻ろうとしたが、思い直して、その途中にあるコトハの部屋のドアをノックした。

「司佐様」

 中から、コトハが顔を覗かせる。

「ちょっといいか?」

「はい。どうぞ」

「さっきの……親父の言うことは気にしないでくれ」

 部屋に入るなり、司佐がそう言った。

「でも……」

「おまえが恐縮するのはよくわかる。でも俺は信念を曲げるつもりはないし、今までほったらかしだった親にとやかく言われたくない。さっきも言ったとおり、おまえの主人は親父じゃなくて俺だ。俺の言うことだけ聞いていればいい。他には耳を貸すな」

 だが、コトハの顔は曇ったままだ。

「はい、そうしたいです。でも……私は考えてしまいます。私だって、司佐様に見合う人間とは自分で思いません。司佐様のためを思ったら……」

「コトハ!」

 二人の間に、沈黙が流れる。

「……すみません」

「……俺たちの関係は、力関係だけで続いているものなのかな?」

 静かに、司佐がそう言った。

「私は司佐様のことが大好きです。だからこそ、司佐様の幸せを願っています」

「俺の幸せなんて、今はコトハと一緒にいられることだけだ。コトハ……」

 司佐は、そっとコトハにキスをしようとする。コトハはそれに気付いて硬直した。

 硬直しているコトハに、司佐は笑って、コトハの額にキスをする。

「ゆっくり近付いていくって決めたもんな」

「ご、ごめんなさい。緊張して……」

「いいんだ。じゃあ、昨日今日で疲れたろうから、今日はもう休んでいい。明日も学校休みだし、テスト勉強期間として、家の仕事もしなくていいから。じゃあな」

 そう言うと、司佐はコトハの部屋を出て行った。


 それからというもの、今まで通りの生活が戻った。

 しばらく様子を見ると言った父親の言葉通り、両親は司佐とコトハの交際について口を出すことはなくなり、交際は順調だ。

 だが、それは嵐の前の静けさのように、静かに司佐たちを波乱が覆おうとしていた。


 この一週間、学校では学力テストがあった。

 入学して初めてのテストだったコトハも、時々は昭人に勉強を教えてもらったため、それなりの高得点を出していた。

 点数は全校生徒が貼り出されるため、みんな頑張っていたが、それでも順位によって、優劣はつけられる。

 順位発表当日は講堂に貼られ、放課後、そこには全校生徒が押し寄せる。

「どれどれ、コトハは何番目だよ?」

 コトハが自分の順位を見ていると、後ろから声を掛けられた。司佐と昭人である。

「司佐様!」

「一年生の中で七十三番目ね……まあ、後から入学してきたわりにはよくやったんじゃないか?」

「そうですか? 山田家の使用人として、この順位はセーフですか?」

 泣きそうなまでのコトハに、司佐は苦笑する。

「べつに、いい成績を取るに越したことはないけど、そんなものが欲しくて入学させたんじゃない。変なプレッシャー感じなくて平気だよ。百番以内なら胸張っていいんじゃないか?」

「そうですか……では司佐様は、何番目だったんですか?」

「俺?」

 司佐は親指を立てると、後ろの壁を指差す。そこには二年生の順位が貼り出されていた。

 コトハはそれを見ると、すぐに見慣れた名前が目につく。

「い、一位、山田司佐……二位、小島昭人」

 それは紛れもなくトップの成績である。

「ああ、くそ! またおまえに負けた。学園長の孫だからって、不正してるんじゃないだろうな?」

 そう言って司佐に近付いて来たのは、貴一だ。貴一は四位となっている。

 貴一の言葉に、司佐は貴一の首元を掴む。

「もう一度言ってみろよ、貴一」

「わあ、嘘! 冗談くらい聞き分けろよ、司佐。小学部からこんだけ毎回負けてりゃ、不正だなんて思わないし」

「おい、おまえら!」

 そこにやって来たのは、藤二である。

「藤二。なんだよ、風紀委員のお出ましか? べつに喧嘩してるわけじゃないし」

「違うよ。見たか? あれ」

 藤二が指差す方向を、一同は見つめる。だが、相変わらず人だかりが出来ているだけで、何もない」

「何がなんだって?」

「あれだよ、あれ! 一年生最下位のやつを見てみろ」

 藤二の言葉に、一同は目を凝らす。

「一年生最下位、全教科合わせて二十一点?」

「おい、その名前……東宮桃子とうぐうももこ

「東宮桃子?!」

 司佐たちは、顔色を変えて顔を見合わせる。

「まさか……」

「司佐様――!」

 その時、講堂にそんな声が響いた。

「俺、振り返りたくない……」

「そんなの俺だって……」

 コトハ以外の全員がそう言って目を伏せる。

「でも、ずっと振り返らないわけにはいかないんじゃないの?」

「じゃあ、せーので振り向こうぜ」

「よし。せーの!」

 一同が振り向くと、そこには一人の女生徒が立っている。

 それは紛れもなく、嵐の幕開けだった。

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