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第18話 真実は、すぐそこにッ?

「これは……」

 写真を手にして、司佐の父親が呟く。

「勝手に入って悪いと思ったけど、この書斎で見つけた。隠すようにしてね」

 司佐の言葉に、父親は司佐を見つめた。

「なるほど。それでおまえは、私がコトハの母親……葉月と関係があったと?」

「そうだよ。言い逃れするつもりかよ?」

 父親は溜息をついて、椅子に座る。

「そんな汚い言葉遣いはやめなさい。疑問があるなら、答えてやるから」

「言い逃れするつもりだろう? 軽井沢の別所たちと、しっかり口裏を合わせているのかもしれないけど、話なら別所から聞いたよ。でも俺にはどうしても、父さんがコトハの母親と関係があったようにしか思えない」

 感情的にそう言う司佐を見つめ、父親は静かに微笑む。

「……どうして? おまえからの質問とあれば、別所は正直に話をしたんだろう。葉月の夫は、私の大学時代の親友・沢木だ。やつは結婚していて子供もいたため、コトハを引き取ることも出来なかったんだ」

「でも、その沢木さんは死んだんだろ? 誰も真相を知っちゃいない」

「もちろん、この話はタブーだ。たまたまうちの別荘を貸していたから、軽井沢の別荘の使用人は知っている。だがそれだけだ。沢木は海外の事故で亡くなったが、そんなことを後から言われても仕方がない。どうしてもというのなら、コトハとのDNA鑑定をするだけだ」

「そのDNA鑑定が言ってるんだよ!」

 最後の切り札として、司佐はポケットからDNA鑑定を取り出し、父親の前に差し出した。本当なら、これを出したくはなかった。父親の口から本当のことを聞きたかった。だが、ここまでしなければ、父親の秘密は暴かれないようだ。

 父親は、一度司佐の手によって丸められた、くしゃくしゃになった鑑定書を見つめる。そして、司佐を見て微笑んだ。

「これがコトハのものだと?」

「そうだよ。僕とコトハの毛髪から出た鑑定結果だ。血縁関係が証明されてる。もう言い逃れは出来ないだろ」

「でもこれ、二人とも性別が男になってるぞ?」

「えっ!」

 司佐は慌てて、鑑定書に目を通す。

 父親が指差す先には、二つの鑑定対象の性別が書かれている。どちらも男性だ。

「どういうことだ……コトハが、男?」

「ハハハハ。違うだろう」

「じゃあ、間違えて俺の毛髪サンプルを、二つ出してしまったということ……?」

 すっかり混乱している司佐に、父親は苦笑する。

「いや、それも違う。だってこの鑑定対象の二つには、血液型など異なった箇所がいくつもある。

「それじゃあ、ますますわからない……」

 どうしたというのだろう。結果がショックで、ろくに見てもいなかった鑑定書。司佐は、今は問い詰めるべき相手が、父親ではなく自分になっている。

「落ち着きなさい。司佐」

 パニック状態の司佐に、父親がそう言った。しばらく会っていないものの、父親独特の威厳というものがあり、司佐は静かになった。

「おまえが二十歳になるまでは、黙っていようと思っていたんだが……」

 急に深刻な様子で言った父親に、司佐は首を傾げ、次の言葉を待つ。

「その鑑定対象、もう一人は、きっと昭人のものだろう」

 父親の言葉に、司佐は父親が何を言おうとしているのかを悟った。

「はっ……?」

「昭人は、おまえの兄なんだよ」

 コトハのことなどすっかり忘れ、司佐は後ずさる。ショックで何も考えられないのだ。

「な、に、を、言って……」

「だが、本当のことだ」

 父親はそう言うと、電話の受話器を取る。

「書斎に昭人を呼んでくれ」

 恐らく辻に繋がった電話は、それだけで切られた。

「ま、待ってくれ。今……頭が回らないんだ。こんな準備も何もない中で、昭人が知ったら……」

「昭人は知っているんだよ」

 その言葉に、司佐はまたも驚きに目を開かせる。

「そんな、こと……」

 司佐の頭の中で、さまざまな思いが巡る。

 昭人が自分の兄。それを昭人は、いつから知っていたというのだろう。自分は昭人を下僕のように扱い、昭人はどんな思いでそれを受け入れてきたというのか。

 そんな時、ドアがノックされ、昭人が入ってきた。

「失礼します」

「おお、昭人。また大きくなったんじゃないか?」

「まさか。旦那様……」

 昭人は苦笑し、冷や汗をかいている司佐を見つめる。

「司佐……?」

「本当、なのか? 昭人……おまえが俺と、兄弟なんて……」

 司佐の言葉に、昭人は目を見開き、司佐の父親を見つめる。

 そんな昭人の態度を見て、司佐は昭人に詰め寄った。

「どうして言ってくれなかったんだ! いつから知ってたんだ! それが本当なら、おまえだってこの家を継ぐ権利がある。もっといい環境で、好きなことが出来たはずだ。俺と同じく裕福な暮らしが出来たはずなのに、どうして俺のわがままに付き合い、俺を支えてくれていたんだ。どんな気持ちで……!」

 そのまま床に倒れ込む司佐に、昭人も座り込み、司佐を見つめる。

「……僕が望んだことだよ。知ったのは、確か小学校高学年の時。旦那様と奥様が話されているところを、たまたま聞いてしまったんだ……ごめん。司佐に隠し事はしたくなかったけど、この話をしたくはなかった。僕はこれからも、司佐に仕えたいんだ」

「どうして……俺には理解出来ない!」

 二人を見つめながら、父親が口を開く。

「私たちの話を昭人に聞かれたことは、その場で気付いた。でも知ってしまった以上、どうすることも出来ない。私は昭人を、何処かの家で育ててもらおうと思った。だが、昭人はそれを頑なに拒んだ。自分はこれからも、山田家の人間として生きるつもりはない。今まで通り、司佐に仕えていきたいと言った」

「そうです。僕は引き取ってくださった旦那様に感謝しているし、それを許してくださった奥様にも感謝してる。でも誰のことも家族だとは、もうその時には思えなかったんだ。でも司佐とは、離れたくないって思った」

 父親の言葉に続いて、昭人がそう言った。

 やがて、静かに司佐が口を開く。

「ごめん、昭人。俺は……俺一人が、守られてきたんだな。本当なら、おまえだってこの家を継ぐことも出来るのに、俺ばかり……」

「僕は大財閥を継ぐ器じゃないってわかってるよ。そりゃあ、知った当初は自暴自棄にもなったさ。でも僕は、一番近くで司佐の苦労を知っていたから……この家を継ぎたいなんて、思ったことは一度もないよ」

「昭人……」

 昭人は微笑み、司佐の手を取り立ち上がった。

「……昭人は、私が結婚する前に付き合っていた女性との間に出来た子供だ。その女性とは、お爺様に交際を反対され、別れを余儀なくされた。その後、母さんと結婚したのだが、それから数年経って、その女性が亡くなったことを聞き、同時に息子がいたことを知った……絶望したよ。別れてから何の関心も示さなかった自分が許せなかった」

 机に腰を掛け、父親は目を伏せて言葉を続ける。

「すでに司佐が生まれていたのだが、私は昭人を連れて逃げようかとまで思った。だが、司佐もこの家も捨てられなかった。散々悩み苦しんでいる時、母さんが私の事態を察してくれたんだ。耐えきれず正直に話した私に、母さんは昭人を迎え入れると言ってくれた。よく出来た妻だと思った。それから二人で、施設にいる昭人を迎えに行ったんだ」

 昭人も初めて聞く話に、司佐は自分の母親を誇りに思った。

「でも、昭人を養子に迎えることは、お爺様をはじめとする親戚の代表者たちがこぞって反対した。それに母さんも、ああは言ってくれていても、とても負担に感じていたと思う。心労で倒れてしまったんだ。血縁関係はあっても、正妻との子供ではないということで、昭人は養子には迎えられない。どう育てようかと思っていた矢先、司佐と昭人が仲良く遊んでいるところを見た。それで思いついたのが、今日までの関係だ」

 すべてを話しきり、父親は息をつく。

 司佐は深呼吸をすると、目の前にいる昭人を見つめた。

「ありがとう、昭人。すべて知っていたのに、今まで俺に仕えてくれて」

「なに言ってるんだよ。僕はこれからも、ずっと司佐のそばで支えていたいんだ。司佐の苦労は、僕が一番わかってるから」

「……いいのか? お爺様が認めなくたって、おまえにだって権利があるんだ」

「言っただろ? 僕は一大財閥を背負う度量はないし、司佐と同じように学校も通えてる。だからこのままでいたいんだ。いつものように、僕の主人でいてよ。その代わり、僕がずっと司佐を支えるから」

 そう言って、昭人は微笑む。司佐は昭人の思いに涙が出そうになったが、それを堪えて微笑むと、昭人の手を掴んだ。

「ありがとう、昭人。これからも俺を支えてくれ」

「うん」

 二人がすっかりわかりあえたところで、司佐は父親を見つめた。

「父さんが帰って来てくれてよかった。まさかこんな展開になるとは思ってもみなかったけど、二十歳になる時じゃなくて、早く知れてよかった」

「ああ。私も心苦しいが、昭人もそう言ってくれているし、これからも司佐と一緒に育っていってほしいと思っている」

「うん。でも、父さん。コトハの件がまだ残ってる。じゃあコトハは、本当に父さんの子じゃないのか?」

 コトハの話に戻し、司佐はそう言った。

「誓って言うよ。コトハは私の子供じゃない。沢木の娘だ……おまえが見たこの写真は、ただの記念写真だよ。先に沢木に取られたが、前々から葉月は気になる存在だったからね。せめて写真だけでもと思った。母さんが見たら妬くと思ったし、おまえが見てもこうしてややこしくなることは目に見えてた。だから隠しておいたんだが……」

 若き日のプレイボーイさを滲み出しながら、父親は苦笑する。

 そして机の引き出しから、アルバムを取り出して見せた。そこには、軽井沢の別荘で遊ぶ司佐の両親、そして沢木がいる。父親は司佐を抱え、沢木はコトハと見られる赤ん坊を抱いていた。

「コトハが生まれたことは許されることじゃないけど、うちの別荘に来ている間は、沢木は自由だった。沢木はコトハを連れては、いろいろなところを回っていたよ」

 写真を見る限り、沢木はコトハの父親に見える。

「よかった……そうとわかったら、コトハを連れ戻さなきゃ」

 気持ちを切り替えて、司佐が言った。

「なんだ、司佐。やけにコトハにこだわっているようだが……」

「うん。父さんには言っておくけど、俺、コトハのことが好きなんだ」

 司佐の言葉を聞いて、みるみる父親の顔が変わるのがわかった。

「今……なんて?」

「だから俺、コトハのことが好きだ。結婚したいと思ってる」

「な、なんだと? そんなことは絶対に、認めないぞ!」

 突然キレ出した父親に、司佐と昭人は驚きに顔を見合わせた。

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