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第12話 スピンオフ・昭人の一日ッ!

 昭人の一日は、午前五時半に始まる。仕事は主に司佐の身の回りの世話だが、屋敷内で出来ることは出来るだけやってきたため、いろいろな日課がある。

 まずは屋敷の掃除。学校があるため、簡単なところが主だ。あとは車の掃除を運転手とともにする。

 それが終わって一旦部屋に戻ると、シャワーを浴び直し、制服を着る。

 司佐の起床後の飲み物を用意し、司佐を起こす。それが朝の日課である。


 だが、コトハが来たことにより、その仕事も少し減った。

「おはようございます、昭人」

 昭人が部屋から出ると、コトハはすでに起きており、部屋の前の廊下を掃除している。

「おはよう……早いな」

「別宅では、四時起きでした。今は夜に予習とかしなければ勉強に追いつかないので、五時起きにさせてもらっています」

「そう……」

「あ、厨房に行くなら一緒に行きます。司佐様のお飲み物を用意しないと」

「ああ」

 昭人はコトハとともに、厨房へと向かっていく。

「昭人、コトハ。まだ時間があるだろう。一杯飲んでいきなさい」

 山田家専属シェフがそう言って差し出したのは、温かいミルクである。

「ありがとうございます」

 二人は厨房内にある休憩スペースに座り、ミルクを飲んだ。

「美味しい!」

 目の前に座るコトハが、満面の笑みでそう言った。

 昭人はそんなコトハをじっと見つめる。

(こんな子供みたいな女が、なんでモテるんだ? いや待てよ。それとも僕がおかしいのか? そうだよな……司佐だけでなく、女性に苦労してない有森兄弟までもがコトハを……じゃあなんだ。僕の感覚はおかしいのか――?!)

 昭人の視線に気づいて、コトハは首を傾げる。

「昭人? どうかしたんですか?」

「あ、いや」

「へんなの」

 そう言って、コトハはクスリと笑う。

 昭人は息を吐き、気持ちを切り替えて立ち上がった。

「さあ、そろそろ司佐のところへ行こう。放っておくと、昼まで起きないんだから」

「はい」

 昭人はコトハを連れて、司佐のもとへと向かうのだった。


 司佐を起こし、三人で朝食を取り、そして学校へ向かう、いつもの日常――。

 学校に着くなり、待ちかまえていたように、有森兄弟が駆け寄って来た。

「おはようコトハ! 司佐に昭人も」

「コトハが先かよ!」

 司佐に宣戦布告し、貴一と藤二はすっかりコトハを落とそうと躍起になっているように見える。

「レディファーストだろ」

「意味が違うし。それより、コトハにベタベタ触るなって言ってんだろ。コトハも簡単に触られるんじゃねえ!」

「すみません……」

 昭人はそんな一同を後ろから眺め、苦笑した。なんだかんだで仲が良い。

 その時、風が吹き抜け、コトハのスカートがめくれた。結果、モロに見えたのは後ろにいた昭人である。

「昭人、てめえ見ただろ!」

 司佐が叫ぶ。

「仕方ないだろ。見えちゃったもんは」

「やっぱり見たのか! もう後ろに立つな……いや、他のやつに見られるのはもっと癪だな。後ろにいろ。でも見るな!」

「無茶言うな!」

 漫才のように、司佐と昭人はそう言い合う。だがそうしている間に、昭人の両脇を貴一と藤二が掴んだ。

「昭人クン。本当に見たの?」

「見ましたよ。すみませんね」

「じゃあ教えてよ。何色? 何柄? どんなデザイン?」

「え? イチゴの……」

「昭人!」

 貴一と藤二に尋問される昭人に、コトハが叫んだ。

「もう、みなさん知らないです!」

 恥ずかしさからか、主人にすら暴言を吐いて、コトハは走り去っていった。

「僕らに向かってあんな口のきき方……そそる」

 藤二がククッと笑ったので、一同もつられて笑った。


 学校が終わって帰るなり、昭人は司佐の相手をする。一緒に宿題をしたり、話し相手をすることもある。

 それが終われば、自分の部屋を片付けて、明日の支度をする。

 そして執事の辻の元へ行き、仕事があれば手伝う。そんな夜を過ごすのが日課である。

「今朝はごめんなさい。思わず、ひどいことを言って……」

 皿を拭きながら、コトハが昭人にそう言った。昭人もまた、同じ仕事をしている。

「いや、べつに……被害者はおまえだろ? それに、僕じゃなくてちゃんと司佐に謝った?」

「はい。それに貴一さんや藤二さんにも、お昼ごはんの時に話せたので……」

「そう」

 昭人は皿を拭き終わると、静かに立ち上がる。

「ここ、あとはおまえだけで大丈夫だよな? 僕はちょっと見回りに行ってくる」

「見回り? わ、私も行っていいですか? すぐに片付けます」

「いいけど……大したことないぞ?」

「でも、いろんな仕事、覚えたいんです」

 健気なまでのコトハに、昭人は苦笑して皿を掴む。

「じゃあ、二人で終わらせよう」

「はい」


 皿拭きを終え、昭人はコトハを連れて外へと出て行った。もちろん、屋敷内にガードマンはいるのだが、これも司佐を守る使命があるため、幼い頃から続けている昭人の日課だ。

 玄関から門まで歩き、そこから戻って屋敷を一周する。それだけのことだが、念には念を入れる。

「昭人って、すごいんですね。これだけの仕事をやっていて、成績もトップクラスと聞きました。私は仕事だけでもバテてしまうのに、本当に尊敬します」

 率直にそう言われ、昭人は照れて赤くなった。だがその姿は、背丈の小さいコトハにはわからない。

「な、なに言ってんだ……僕に言わせりゃ、おまえのほうがすごい。僕より早起きだしな」

 月明かりの下、まるで夜の散歩のように、二人だけの時間が流れる。

「そんな。私なんて、まだまだです。覚えることの半分も出来ていないって、辻さんにも言われます」

「辻さんは厳しいからな……あんまり気にしないほうがいいよ」

「大丈夫です。忠誠心だけは変わりませんから、あとは私が努力するだけです」

 月の光に照らされ、コトハの顔がいつもより大人っぽく映る。

 昭人はその姿にドキッとし、目を伏せた。

「おまえ……本当に司佐のことが好きなのか?」

「え?」

「ああ、いや……司佐、暴君って言われるほど荒れる時もあるし、告白された時も一度断ってたじゃないか」

「ああ、それは……恋が邪魔して、司佐様にお仕え出来ないと思ったから。でも、司佐様がそんなことないって言ってくださったので……それに、司佐様は優しい方です。だから私は一生、司佐様にお仕えしようと思っていますし、ちゃんと好きですよ?」

 はっきりとコトハがそう言ったので、昭人は半ば安心して頷く。

「そう。じゃあ、よかったよ」

「昭人は優しいんですね。私にも気遣ってくださって」

「そりゃあ、同じような境遇だし、僕より年下だ。それに……司佐が傷付けられるのは、見たくない」

 コトハにフラれて傷付いていた司佐に、昭人はそんな目にもう遭わせたくないと思っていた。

「昭人。また私が馬鹿な発言しそうだったら、止めてくださいね」

「……その前に、自分で判断してくれるか?」

「あはは。頑張ります」

 無邪気に歩くコトハは、確かにまだ子供だ。だが時々見せる大人の表情に、昭人は少しながら戸惑いを感じる。

「おい。二人してデートじゃないだろうな?」

 その時、上からそんな声が聞こえた。

 見上げると、司佐がバルコニーから顔を出している。

「見回りだ。コトハが仕事を見たいというから、連れているだけだよ」

 昭人の言葉に、司佐が笑う。

「おまえを信用してるよ。見周りはほどほどにして、早く寝ろよ」

「ああ。司佐も」

「うん。俺ももう寝る。おやすみ」

「おやすみなさい」

 司佐を見送り、二人はまた歩き始める。

「そろそろ中へ入ろう。今日の見回りは終了」

 いつもは屋敷を一周するのだが、今日は半周だけで止めて、昭人はそう言った。司佐がああいったこともあるし、これ以上二人きりでは、何を話せばいいのかわからなかったこともある。

「はい」

 コトハは素直に頷き、昭人に従う。

 その時、地面に何かが落ち、昭人はそれを拾った。そこには、コトハが首から下げているペンダントがある。

「コトハ。これ……」

 一度見せてもらったペンダントには、コトハの母親の写真が入っている、宝物だと言っていた。

「あ! どうして? 切れたことなんかなかったのに……」

 コトハはそれを受け取ると、心配そうに見つめる。

「うーん。少しずれてるだけだから、ペンチか何かで止めれば直るよ」

「はい。部屋に戻ったら直してみます」

「宝物だもんな」

「はい。唯一持ってる、お母さんの写真ですから」

 屈託のないコトハの笑顔に、なぜか昭人は暗くなる。

「お母さん、か……」

「昭人?」

「いや……早く中へ。寒くなってきたな」

「はい」

 その時、突風が吹いて、コトハのメイド服のスカートがめくれた。

「キャー!」

「……」

「み、見た?」

 真っ赤になって、コトハが昭人を見つめる。

「今度は花柄……」

「もう、昭人!」

 昭人は笑って、屋敷の中へと走り込む。

 コトハのことは、まだ子供にしか見えなかったが、確実に大切な存在に変わっているのを感じていた。

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