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第11話 宣戦布告ッ?

 有森家の食堂では、貴一と藤二に挟まれ、コトハが座った。目の前には、二人の両親、そして妹が座っている。

「あの……私、こんな席にいて良いのでしょうか……」

 おどおどして、コトハが貴一に小声で言った。

「どうして? もちろんだよ」

「でも、私はメイドですよ?」

「そんなの、うちには関係ないし」

 二人の会話が聞こえ、二人の両親は笑った。

「コトハさん。どうか身構えないでちょうだい。司佐さんのメイドさんって聞いたけど、今は同じ蘭梗学園の生徒なんでしょう? 貴一と藤二の友達として、どうぞお食事を楽しんで」

 二人の母親が言った。二人の母親は、司佐の父親の妹である。

 コトハは微笑み、お辞儀をした。

「では、お言葉に甘えて……いただきます」

「ええ、召し上がれ。でも、二人が女の子を連れてくるなんて初めてね。どっちかのお嫁さんに来てくれない?」

 母親の言葉に、貴一と藤二が吹いた。

「な、なに言ってんだよ、母さん!」

「あら。だって、こんな可愛らしい子なら、どちらかのお嫁さんにいいじゃない。メイドさんだからって、今の日本に身分があるわけでなし。それにメイドさんなんだから、礼儀作法も普通のお嬢さん並みにはあるでしょ」

「そうじゃなくて、この子は司佐の恋人なの」

「あら、そうなの? 残念」

「まったく母さんには驚かされるよ。ド天然なんだからな」

「あら。本気で言ってたのよ?」

 フランクな二人の母親に、コトハは嬉しさを感じていた。

 その時、執事が一同の前に出る。

「お食事中失礼致します。山田司佐様、小島昭人様がおいでになられております。お食事中と申しましたら、別室で待っていらっしゃるそうです」

「ははーん。遂に乗り込んできたか。ここに通していいのに」

 貴一が言った。

「そう申しましたが、別室でお待ちになられると……」

「だってさ、コトハ。早く食べて、司佐に顔見せしてやるか」

「は、はい」

 司佐が来てくれた喜びに微笑み、コトハは食事に手をつける。

「私も司佐お兄様に会いたい」

 そう言ったのは、二人の妹・みどりである。まだ十三歳で中学生のため、学校でも校舎が違って会う機会がない。

「いいよ。誰が早く食べられるか競争な」

「おまえたち。食事はゆっくり優雅に食べるものだよ」

 父親の言葉に、貴一は苦笑する。

「今日は別です。本家のぼっちゃん待たせていいんですか?」

「それは……まったく、おまえたちは……」

 そんな楽しい会話の中で、コトハも逸る気持ちを抑え、食事を続けた。


 司佐は通された応接室から、庭へと出ていった。向こう側には貴一の部屋も見える。

「司佐。コーヒー頂いたよ」

「持ってきてくれ」

 昭人は司佐にコーヒーカップを渡す。

「昭人……俺は女々しいかな」

 庭を見つめながら、司佐が言った。

 昭人は苦笑し、口を開く。

「どうして? コトハはきっと喜ぶよ。まるで騎士ナイトみたいじゃない。それに、貴一さんたちだってわかってくれてるはずだよ」

「……そうかな」

 その時、ドアがノックされ、司佐は一瞬、息を呑む。

「どうぞ」

 すると顔を覗かせたのは、貴一と藤二の妹、みどりであった。

「みどり……」

「司佐お兄様! 会いたかったわ」

「ああ……貴一たちは?」

「置いてきたわ。私、司佐お兄様が来てるって言うから、急いで夕食食べて来たのよ」

 みどりは昔から、司佐に懐いてくる。

「なんだ。ゆっくり食べてよかったのに」

「だって、中等部と高等部じゃ会うことも出来ないし、最近全然会う機会もないんだもの」

「ハハ。ごめん」

「昭人も久しぶりね」

 使用人ということで、みどりは昭人には上から目線だ。だがそれも、上流階級のお嬢様なので普通のこと。昭人も慣れている。

「お久しぶりでございます。みどりお嬢様」

 大人を装って、昭人はそう頭を下げた。

「みどり。お父さんとお母さんはいる? いるなら挨拶しないとな」

「ええ、いるわ。後で来るって言ってたけど」

「そう。じゃあちゃんとしておかないと」

 司佐はシャツを正して言った。両親がいるとなれば、挨拶しないわけにもいかない。

 と、そこに、ドアがノックされた。

「はい、どうぞ」

 そう言って、昭人はドアを開ける。入って来たのは、貴一と藤二とコトハ、そして有森家の両親であった。

「これはみなさん勢揃いで……突然押し掛けてすみません」

 令息モードで、司佐はそう頭を下げた。

「いいのよ。近いのに全然会わないわね。ご両親が海外に行っている間は、うちでごはんも食べなさいな」

 夫人が言ったので、司佐は苦笑する。

「それじゃあ、毎日こちらで世話にならなきゃなりません」

「やあ、毎日でも構わないよ、うちは」

 有森氏が答えたが、司佐は首を振った。

「両親がいない間は、ボクが家を守らないと」

「ハハハハ。さすがは山田家の後継ぎだ。頼もしい限りだよ。うちの息子たちと同じ年とは思えない」

「そんなことはないですよ。今日も二人にお願いがあって、わざわざ来たんですから」

「そう。じゃあ、私たちは席を外した方が良さそうね。でも、ゆっくりしていってね」

「ありがとうございます」

 有森夫妻は、そう言って出て行った。

「みどり。みどりも席を外してくれる? 男同士の話があるんだ」

 司佐の言葉に、みどりは頬を膨らませる。

「コトハさんも女じゃない。ねえ、司佐お兄様。本当にコトハさんが、お兄様の恋人なの?」

「え?」

「さっき貴一お兄様が、そう言ってたから……」

 それを聞いて、司佐はみどりの髪を撫でる。

「そうだよ。コトハは僕の恋人だ。みどりももう少し大きくなったら、素敵な人が現れるよ」

「イヤ! みどり、お兄様と結婚したいのに!」

「みどり。うだうだ言ってないでさっさと寝ろよ。そんなんじゃ、司佐に嫌われるぞ」

 貴一が横から口を挟む。みどりは更に頬を膨らませた。

「なによ! みんなして、みどりをのけ者にして!」

「それは違うよ、みどり。それに大丈夫。将来のことなんて誰にもわからないんだから。みどりはきっともっと綺麗になるから、その時ボクが結婚してなかったら、みどりをお嫁さんに考えさせてもらってもいい?」

 みどりを宥めるように優しく、司佐はそう言った。

「う、うん。いいよ。でもその時は、司佐お兄ちゃんなんて好きじゃないかもしれないんだからねっ!」

「それは残念だな」

「ウッソだもーん。じゃあ、今日のところは退散します。おやすみなさい」

 そう言って、やっとみどりは去っていった。

 司佐が振り向くと、藤二が拍手を始める。

「さすが司佐。女性の扱いがうまくてらっしゃる」

「って言うより、ありゃあ二重人格だ。なにがボクだよ」

 藤二に続いて、貴一が言った。

「うるせえな。生きる知恵だろ」

「で、本題は?」

 司佐に、貴一が尋ねる。

「コトハを返してもらいに来た」

 その言葉に、コトハは嬉しくなる。

「ヤダ」

 だが、すぐに反論したのは貴一である。その反応は、司佐は百も承知だ。

「この通りだ!」

 深々と頭を下げる司佐に、貴一は驚いた。だが、続きが見たくなる。

「……それだけ? まあ司佐クンが、土下座なんか出来ると思ってないけどぉー」

 挑発する貴一に、昭人が動く。だが、司佐はそれを制止した。

「土下座なんか、いくらでもやってやるよ」

 そう言って、司佐はゆっくりと床に膝をつき始めた。

「司佐!」

「司佐様!」

 昭人とコトハは、叫ぶようにそう言った。

「ストップ」

 だが、それを止めたのは、他でもなく貴一である。

「ごめん、司佐。どれほどの気持ちなのかと試すことをした。大人げなかったな」

 貴一は司佐に手を差し伸べ、司佐はそれを受け入れて立ち上がった。

「おまえが大人げないのなんて、生まれる前から知ってるよ」

「ハハ。そっか。でも、ここでおまえを本当に土下座なんかさせたら、じいちゃんが黙っちゃいない上に、おまえも本格的に僕を潰すだろうなって考えたらゾッとした。結局僕とおまえは、立場が同じようでまったく違うんだから」

「貴一……」

「それに、コトハちゃんにそんな顔させちゃ、僕も男として終わりだよな」

 泣いているコトハの頬を、貴一が触れる。

「ごめんね。コトハのご主人様いじめて……でも、僕のこと嫌いにならないで?」

 そう言う貴一を、司佐の手が遮った。

「俺の彼女に触んな」

 ムキになっている司佐に、貴一は笑う。

「司佐。おまえ、変わったな。それもコトハのおかげか」

「言ってろよ」

「……コトハ。僕、司佐に宣戦布告していい?」

「え?」

 意味が分からず、コトハは首を傾げる。

 貴一は司佐の肩に肘を掛けると、司佐を見つめた。

「僕、本気でコトハのこと、好きになったみたい」

 ニヤリと笑う貴一に、司佐は口を曲げる。

「ちょっと待った!」

 そこに入って来たのは、傍観者で見ていた藤二である。

「藤二?」

「僕も混ぜてよ。僕もコトハが好きだ」

 一同は固まった。

「はっ……はあぁぁぁいぃぃぃぃぃ?!」

 静かな屋敷に、司佐の声が響く。そして、夜は更けていった――。

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