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第10話 キイチとトージッ!

 コトハは貴一に連れられ、学校から出ていった。

「どこへ行くんですか?」

「どこって、僕の家だよ」

 コトハの質問に、貴一が尋ねる。

「貴一さんは、歩いて帰られるのですか?」

「うん。僕んちすぐそこだし。そうか、コトハちゃんは、司佐と一緒に車通学か」

「はい」

「まったく、おぼっちゃんだよなあ、司佐は。司佐の家のほうが、うちより近いんだぜ? 学園の隣なんだからさ。裏門から入りゃすぐだってのに、車通学なんて笑えるよな」

 貴一の言葉に、コトハは驚いた。

「そうなんですか? 山田家本宅は、この学園の隣にあるんですか?」

「うん。知らなかったの? まあ、どっちも広大な敷地だからね。車通学の意味もわかるけど……門から家まで時間かかるしな」

 そう言いながら、貴一は大きな屋敷の門をくぐる。山田邸と比べればかなり小さいのだが、それでも大きな屋敷である。

「ここが貴一さんのおうちですか?」

「そう。司佐の家に比べりゃ狭いだろ」

「でも、大きなお屋敷ですね」

「ありがとう。入って」

 貴一が中に入ると、山田邸のように、メイドや執事が出迎えた。

「お帰りなさいませ、貴一様」

「ただいま。この子はコトハちゃんと言って、司佐のお客さんだ。今夜一晩うちに泊まらせるから、部屋を用意して。それまで僕の部屋にいるから」

「かしこまりました」

 貴一はそう言って、一階にある貴一の部屋へとコトハを連れて行った。

「ここが貴一さんのお部屋ですか?」

「そう。庭が気に入ってて、わざわざ一階にしてもらった」

 大きな窓を開けると、庭が一望出来る。山田邸とはまた違った綺麗な庭だ。

「わあ。綺麗なお庭!」

「だろ? 僕の一番のお気に入り」

「藤二様のお部屋も近いんですか?」

「うん。ここの二階だよ」

「やっぱりご兄弟で、仲がいいんですね」

「まあ、悪くはないかな」

 庭に下りるバルコニーの手すりに座り、貴一はコトハを見つめる。

「コトハ……って、呼んでいい?」

「え? はい」

「コトハは、本当に司佐と付き合ってるの?」

 ズバリを言われ、コトハは口をつぐんだ。今朝、司佐に口止めされたばかりである。

「それは、言えません」

「どうして? さっき司佐が認めたのに?」

 ズバズバと質問を重ねる貴一に、コトハは真っ赤になる。

「なるほど。その真っ赤になった感じで、本当みたいだね」

「あの……黙っていてくれますか?」

「さあ……僕は口止めされてもいいけど、それは無理なんじゃない? あれだけの生徒が聞いてたんだ。明日には全校生徒に広まってるよ」

「そんな……」

 貴一は苦笑する。

「好きなんだ? 司佐のこと」

「はい。私のご主人様ですから」

「ご主人様? それと恋は違うだろ」

「そうでしょうか? でも私は司佐様のことが好きですし、それ以外の男性をどうとか思いませんよ?」

 正直なまでのコトハの答えに、貴一は頷いた。

「はあん。君も物好きだな。あんな暴君」

「司佐様のことを悪く言わないでください! とても優しい方です」

「そう。でも、今日は僕のものだからね?」

 その言葉で、一気に緊張感を持ち、コトハは背筋を伸ばす。

「はい。一生懸命、お仕えさせていただきます」

「いや、そういうのを望んでるわけじゃないんだけど……」

 その時、遠くでドアがノックされた。

「はーい。どうぞ」

 貴一の返事に入って来たのは、藤二である。

「おう。おかえり」

「おかえりなさいませ、藤二様」

 貴一に続いて、コトハがそう言って出迎えた。

「ただいま……」

 コトハのいる光景が真新しく、藤二は目をパチパチさせる。

「なんだよ、藤二。その顔」

「いや……なんか物珍しいっていうか、なんていうか」

「ハハハ。確かに、僕もそう。コトハに調子狂わされてるとこ」

「なんだよ、それ」

 笑い合う二人に、コトハは心を温かくさせる。

「何? コトハ。僕たち、なんか変?」

 クスクスと笑うコトハに、貴一が言った。

「いえ。似ていないと思っていましたが、やっぱり双子のご兄弟ですね。笑顔がそっくりです」

「え、そうかな?」

 貴一と藤二は、互いを見つめる。

「僕たち双子だけど、二卵性だからか性格も顔も全然違うんだよな。まあ兄弟だし、似てないことはないんだけど。ちなみに妹がいるけど、そいつはどっちにも似てないよ」

「そうなんですか。いいですね、兄弟って」

「コトハは一人っ子か」

「はい」

「ご両親は?」

「あ……もともと父はいません。母も体が弱くて、もう――」

「お母さんも……そうか、悪いことを聞いた」

「いえ。今、私は幸せですし」

 コトハの境遇の断片を知り、貴一と藤二はコトハの手を取る。

「今日は山田家で働くっていうしがらみもない。思い切り遊ぼうぜ」

 そう言ってくれた二人に、コトハは微笑んだ。

「ハイ!」


 家に戻った司佐は、昭人に後悔の念をぶつける。

「みんなの前で、コトハの前で、みっともない負け方しちまった……!」

 そう言う司佐を、昭人は冷静に宥める。

「……でも貴一さんは、コトハをどうこうしないと思うよ」

「どうしてそんなこと言えるんだよ」

「だって、貴一さんだよ? そりゃあ遊んでるっていう話も聞くけれど、基本的に優しい人だ。司佐の怖さもわかってるって、藤二さんも言ってたし」

 昭人の話を半分聞きながら、半分で司佐は不安な妄想をかき立てる。

「コトハが悪いんだ……あんな子犬みたいに何も知らない従順そうな顔して。あれじゃあ俺じゃなくとも、男が放っとかない」

「いや、それはおまえが主人だからだろ。僕から見たらなんとも……」

「本当か?」

「う、うん……」

 昭人の脳裏で浮かぶコトハは、たった一歳違いとはいえ、子供にしか見えない。逆になぜ司佐がそんなにぞっこんなのか、意味さえわからないほどだった。

「明日まで待つのか……」

「大丈夫だって。あちらにはご両親もいるんだし、そうそう手を出せるとは思わないよ」

「おまえはコトハが眼中にないから、そんなこと言えるんだ。あの野獣兄弟だぞ? あの広い屋敷なら、いくらでも死角はある。今頃コトハ、何処かに閉じ込められて泣いてるかも……」

 うなだれる司佐に、昭人はそんなことがあるか、とは言えず、ただただ宥めていた。

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