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その7 訪ねてきたゴブリン:後編

 ゴブリンは恐る恐る付いてきたが、ソファに座るセシリアを見てぽろぽろと涙を零し始めた。勇者に連れ去らわれて、魔王が無事でいるなんて。

 死んだ方がましというような目にあわされているのでは……と、ゴブリンはひどく心配していたのだ。


 すぐにセシリアの下へ走り、何度も何度もよかったと呟いた。


「セシリア様! よかった、ご無事だったんですね!」

「ゴブリンこそ……! こんなに怪我をして。大丈夫ですか?」

「もちろんです。城の者も、怪我をしているものは大勢おりますがみなが無事です!!」


 ゴブリンの言葉に、セシリアも「よかった」と涙ぐんだ。

 ずっとずっと、魔王城のことが気がかりだったのだ。けれど自分はオリヴェルに敵わないし、一人で帰ることも難しい。そのためずっと、自分の中に心配している気持ちを閉じ込めていたのだ。


「もう、セシリア様にはお会いできないかと思っていました。逃げてほしかったのに、嫌だというセシリア様の言葉を……あのとき初めて聞いた気がします」

「私にだって、ゆずれないものくらいあります」


 それが自分の配下であると、セシリアは涙ぐんだ瞳で告げる。その言葉が嬉しくて嬉しくて、ゴブリンはさらにぼろぼろと涙を流す。


「もったいないお言葉です……」

「ゴブリンも、ありがとう。無事でいてくれて、よかった」

「はいいぃぃ」


 ゴブリンが、魔王城にいる魔物全員が無事である。今回のことは、セシリアに大きな安心をもたらした。


 そんな二人を横目に見ながら、オリヴェルはキッチンへ飲み物を取りに行く。

 温かいココアを入れて、そこにマシュマロをうかべる。


「うん、いいね。セシリアは可愛いから、白くてふわふわしたマシュマロがよく似合うし」


 自分が入れたココアを飲むセシリアを想像して、口元を緩ませる。熱いココアなので、きっとちびちびと飲むのだろうと想像すると可愛くて仕方がない。

 加えて、ケーキも一緒にトレーへ。セシリアの配下なのだから、もてなすのは当然だろう。用意したものを見て、オリヴェルは満足気に微笑んだ。


「おまたせ」

「!」

「…………」


 リビングに戻ってきたオリヴェルが声をかけると、ゴブリンはびくりと体を震わせた。


 勇者という存在はとても強く、ゴブリンのような弱い魔物では到底太刀打ちができない。自分なんて一瞬で殺されてしまうということを自覚しているのだ。

 背中に冷や汗が伝って、どうにかセシリアだけは助けなければと考えたのだが、それはオリヴェル本人によって違うと笑われる。


「ココアとケーキだよ。ゴブリンだって、ここに一人で来るのは大変だっただろう? ゆっくりどうぞ」

「え……!? ですが、自分は魔物です」

「うん、知ってるよ。でも、君はセシリアの配下だからね」

「は、はぁ」

「ほら、温かいうちに召し上がれ」


 オリヴェルにココアを勧められて、ゴブリンは恐る恐るホットココアへと手を伸ばす。マシュマロが浮いているそれは、普段ゴブリンが飲まないようなものだ。

 おじぎをしつつ「いただきます」とココアに口をつけるゴブリンを見てから、オリヴェルはセシリアにもホットココアを差し出した。

 にこりと微笑んで「美味しいから、ね?」と、その手に持たせる。もちろん、熱いから気をつけてという言葉も忘れはしない。


「ケーキもあるから。ほら、生クリームのケーキはセシリアも好きでしょう? あーん」

「……い、いりません!」


 オリヴェルがケーキを一口サイズにして、嬉しそうにセシリアの口元へと持っていく。

 嫌そうに顔を背けるセシリアだが、オリヴェルも粘り諦めようとはしない。これがいつものティータイムなのだから、オリヴェルもこりないものだ。


「…………」


 そんな二人を見てポカーンと大きく口を開けているのはゴブリンだ。

 頭の中は、何だこのバカップルどもは! なのか、嫌がっているセシリア様に何をしているこ畜生め! のどちらだろうか。


 なんと声をかけたらいいかわからなくて、ゴブリンはただただ用意されたココアを飲む。とても美味しいと思いながら、この微妙な空気がどうにかなるように祈るしかできなかった。


「ほら、あーんしてごらん」

「………」

「ほーら」

「いりませ、んむっ」

「ふふ、美味しいでしょ?」


 拒否をしようとして口を開いたところに、ケーキを入れられてしまった。

 仕方がないので食べるが、セシリアはオリヴェルをきつく睨んだ。そんなセシリアも可愛いと思ってしまうのだから、オリヴェルはもうどうしようもない。


「……セシリア様」

「ゴブリン! ……こほん。大丈夫です」

「いえ。お元気そうで、安心いたしました」


 元気そうなセシリアを見て、安堵すると同時に――城へ連れて帰ることはきっとできないだろうなと、ゴブリンは悟った。

 この勇者がセシリアを手放すとは思えなかったし、今の魔王城は復興作業中なのでセシリアがゆっくりすごすこともできないのだ。


 それならここで不自由なく暮らした方がいいのかもしれない……と、思ってしまった。


「本当は、セシリア様と一緒に魔王城へ帰りたかったです」

「城へ……!」


 確かに、帰れるのであればセシリアだった魔王城へ帰りたい。

 しかしここには、魔王よりはるかに恐ろしい勇者オリヴェルがいるのだ。そう簡単に逃げ出すことなどできないだろう。いや、不可能だ。

 魔王よりも勇者の方が恐ろしいとはいったいどういうことだと言いたいが、そうなのだから仕方がない。


「……至らない魔王で、ごめんなさい」


 俯きながらセシリアの口からもれたのは、謝罪。

 あっけなく勇者に負けて、攫われてしまったのだ。いったいどれくらいの迷惑をかけたのか、計り知れない。申し訳ないという気持ちと、不甲斐ないと思う悔しさ。


 それに慌てて首を振るのはゴブリンだ。


「そんなことはありません、セシリア様! 我々こそ、セシリア様を守ることができなかったのです。それなのに、そのようにお優しいお言葉……。もったいないです」

「……ゴブリン」


 まるで二人の世界みたいだなと、様子を見ているのはオリヴェルだ。


 このゴブリンをどうしようかと考えたけれど、自分はセシリアにお願いを聞いてもらえるのだ。ここはぐっと大人な対応をするのが良策だろう。

 うんうんと頷き、オリヴェルは提案をする。


「そうだ、ゴブリン。今日はもう疲れただろう? 部屋を用意するから泊まっていけばいいよ」

「……え?」

「勇者が、そのようなことを? セシリア様をこのように大切にして、自分を泊めるなんて。いったいどうして」

「そんなの、決まってるでしょう。俺はセシリアが可愛くて可愛くて仕方がないんだよ。だから、ゴブリンが泊まっていってセシリアが喜ぶなら歓迎する」


 にこりと笑って、嘘偽りのない考えを述べる。

 もちろんゴブリンと嬉しそうに話すのを見ていると嫉妬はするが、それはのちのちのお願いで総裁しようと思う。

 セシリアとゴブリンはどうしようかと悩みつつも、「お願いします」というゴブリンの声で決定した。


「……あ」

「ん? どうしたの、セシリア」

「…………ありがとう」


 小さな声で、セシリアがオリヴェルに礼を述べる。「どういたしまして」と変わらない声でオリヴェルが返事をするのだが、その脳内は大変に悶えていた。


 ――何、この可愛い子。食べちゃいたいくらい可愛いぎゅってしたい。

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