54話 「イタ嬢のスレイブ その2『腰痛の治し方』」
「なぜ、パンツが落ちているのか?」
通路に女性物の下着が落ちている。
明らかに犯罪の臭いがする怪しい状況だ。
「女性が襲われた? パンツだけ置いていくのもおかしいか。普通に考えれば洗濯物を落としたとかだろうけど…。そういえば屋根の上にブラジャーが落ちていたゲームがあったな。それを届けたら怒られるわけだが…、一応拾っておくか。軽いしね」
パンツが落ちていたら拾うしかない。
これもまた紳士の嗜みである。
だが、先に進むと『相方』もいた。
「嘘だろう? 今度はブラジャーが落ちているぞ」
怖ろしいことに次はブラジャーが落ちていた。
薄紫色なので、さきほどのパンツとセットなのは明白だ。
「この領主城の中はどうなっているんだ? やっぱり破廉恥な場所だったようだな。けしからん! ボッシュートだ!!」
訳がわからないが、これもまたゲットである。
それにしても領主城のモラルが気になる。早くサナを捜さないと何をされるかわかったものではない。
引き続き進むと、今度は明らかに今までとは違うタイプの扉が存在した。
金属で出来た強固なもので、あからさまに南京錠でがっしりと鍵がかけられている。
「中に人の気配はない。この雰囲気から察するに物置、それも宝物庫的なものだろうな。ふむ、さぞや大切な物が入っているに違いない」
アンシュラオンが、ニヤリと笑う。
領主城にある大切なもの = 領主やイタ嬢にとって大切なもの
領主の物 = アンシュラオンのもの
「サナを奪った罪は重い。こうしている間もトイチどころではなく、一分で一割の利子がかさんでいるのだ。すでにお前たちの借金は数十億にもなっているぞ。よって、好きなだけボッシュートだな」
南京錠には領主しか開けられない術式がかけられていたが、やはりあっさりと破壊して中に入る。
中は外周で見た倉庫とは違い、綺麗に整頓された場所であった。壁にもいろいろな術式が刻まれているので、まさに宝物庫と呼ぶに相応しい場所である。
「うーん、この術式は何だろう? 何か封じ込めているのかな? ここまで複雑だとよくわからないな。術の勉強もしておきたかったけど、姉ちゃんにまだ駄目って言われたんだよな…」
術を使える姉を見て自分もやりたいと申し出たのだが、意外なことにパミエルキは許可しなかった。
基本的にパミエルキはアンシュラオンに甘いが、理由さえ明かしてくれなかったので、その時の記憶が今でも強く残っているのだ。
「たしかに術ってのは危険だ。中途半端に学ばないほうがいいのはわかる。それに本業であるはずの戦士でさえ、まだまだゼブ兄や師匠には及んでいなかったしな。そのあたりも姉ちゃんには不満だったんだろう。オレもまだまだ修行不足か。…って、そんなに強くなってもしょうがないけどさ」
改めて物色を開始。
てっきり高価な武器や防具があると思っていたが、意外にもそういったものは一切なく、金塊といったものも存在しない。
あるのは【宝珠】のみ。
「宝珠? これってジュエルの中でも最高級のものだったような気がするぞ」
ハローワークには、ハンターや傭兵用にさまざまな指南書が置かれている。
気になったのでジュエルの冊子を読んでみたが、その中で最高品質とされていたのが宝珠と呼ばれるものである。
普通のジュエルとは違い、大きな原石でないと磨き出せないことから、すでに貴重な存在であることがわかるだろう。
地球でも大きいほど価値があったので、その価値基準はこちらでも当てはまるようだ。
ただし、大きすぎると一般の術式を付与しづらくなる傾向にあるので、使われるとすれば大規模な儀式や、最上位の術式を組み込む際にしか使われない。
あまりに価値がありすぎると逆に使いづらいのは皮肉なものである。
「城壁の上にあった術式に似ているな。もしかして防御結界の予備なのかな?」
野球のボールくらいの薄緑の宝珠を発見。どうやら城壁に展開している防御結界の予備宝珠のようである。
あれだけの結界を維持しているのだから、宝珠を使うくらいでないと展開できないのだろう。
「でも、予備がありながらどうして使わないんだ? もうけっこうボロボロだろうに。まったく危機意識ってのが足りないな。領主失格だ! けしからん!」
とアンシュラオンは怒っているが、それが予備であることを領主は知らないのである。
実は、ここにあるものは数百年以上前の領主が管理していたもので、それ以来誰も触っていないという「開かずの宝物庫」なのだ。
一度だけ現領主であるアニルが入ったが、術士の素養があるわけでもないので、まったく用途がわからずに立ち去った過去がある。
大災厄から何代か経過して、領主の危機意識も完全に薄れてしまったのだろう。今では誰も近寄らない場所であった。
「そんなに大きくないし、一応もらっておこう。何かに使えるかもしれないしね。ん? 一番奥に飾ってあるのは何だ?」
そして、極め付けを発見してしまう。
それは一番奥の台座に飾られているもの、もとい厳重に【封印】されているものである。
周囲にはいくつもの宝珠によって結界が施され、けっして外に持ち出さないようにとの願いが込められたものだった。
が、そんなことを知らないアンシュラオンは、あっさりと結界を破壊して宝珠を持った。
「妙に禍々しい色をしているな。こんな色の宝珠に値が付くのか? それとも宝珠なら何でも高く付くのかな?」
宝珠の大きさはサッカーボール程度であるが、重さはあまり感じない。
それ以前に、取り出した瞬間から黒い波動が滲み出るという妖しいギミック付きなのが気になった。
これは―――【精神攻撃】
もしアンシュラオンの精神がA以下なら、即座に宝珠の支配下に置かれてしまっていただろう。これはそういう【呪具】でもあるからだ。
しかしながらアンシュラオンの精神はSSSである。常時姉の禍々しいオーラに晒されていた彼にとって、こんなものはたいした波動でもない。
無意識のうちに術士因子が発動し、逆にハッキング。宝珠の制御を奪ってしまう。
その瞬間、宝珠の色が落ち着いた白に変わった。
「あれ? 色が変わっちゃったけど…いいのか? でも、こっちのほうが真珠みたいで綺麗だな。よし、これもゲットだ」
革袋に乱雑に入れて、引きずることにする。
この宝珠がいずれ活躍することになるのだが、それはまたしばらく先の話だ。
∞†∞†∞
こうして領主城を物色して歩いているが、本命がサナであることを忘れてはいけない。
そして、徐々にイタ嬢に近づいていることを証明するかのごとく、通路の中央に一人の男がいた。
今まで見た衛士とは違い、独特の鎧に身を包んでいる。
(あれは魔獣の素材だな)
魔獣の中には金属質の鱗や皮膚を持つものがいるので、鉄鋼技術が完全ではない地域においては、そうした魔獣の素材を使って武具を作ることが多い。
あれは『ドノバ・トローム〈狂い咲く銅華〉』と呼ばれる、全身が銅のような素材で出来ている植物系魔獣の素材を使って作られた鎧である。
ドノバ・トロームは第四級の根絶級魔獣なので、普通のハンターでは簡単に狩れる相手ではないし、その素材で作られた鎧の防御力は高い。
背中には斧を背負っており、身体つきもかなり頑強であることから素人ではないだろう。
―――――――――――――――――――――――
名前 :ペーグ・ザター
レベル:32/50
HP :1220/1220
BP :200/200
統率:F 体力: C
知力:F 精神: D
魔力:E 攻撃: E
魅力:F 防御: D
工作:F 命中: E
隠密:F 回避: F
【覚醒値】
戦士:1/1 剣士:0/0 術士:0/0
☆総合:第八階級 上堵級 戦士
異名:イタ嬢様のスレイブ七騎士、忠犬ペーグ
種族:人間
属性:火
異能:忠実、護衛、身代わり、物理耐性、お嬢様への忠誠、腰痛
―――――――――――――――――――――――
(忠犬ペーグ? ちょっと痛い異名だな。しかし、外の衛士たちとは比べ物にならない圧力だ。おそらく警備用のスレイブだろう。この先にイタ嬢の部屋があるに違いない)
イタ嬢のスレイブ七騎士という異名からしても、彼女の身辺警護を行っている者であると思われる。
『護衛』や『身代わり』もあるため、それなりに優秀な人材といえる。
もちろん排除するのだが、普通にやってもつまらない。
(せっかくだ、あれも装備しておこう)
アンシュラオンが、さきほど拾った【例のブツ】を装備。
ゆっくりかつ堂々と通路を歩いていくと、十メートルほど手前でペーグがこちらに気が付く。
が、彼はアンシュラオンを凝視したまま硬直している。
それは白仮面に変装しているからではない。それはそれで奇抜な姿だが、さらに奇抜な格好になっているのだ。
「こんにちは」
「…こ、こんにち…は」
「あっ、夜だから『こんばんは』だね。こんばんは」
「ど、どうも…こんばん…は……」
ペーグは近寄ってくるアンシュラオンに呆気に取られているようだ。
その理由は『頭に被った薄紫色のパンティー』だろう。ついでにブラジャーも装備してみた。
ここまで来たら、もう迷う必要はない。男はどんと勝負である。
「申し遅れました。通りすがりの変態仮面です。これ、名刺ね」
「あっ…は、はい。ど、どうも。…え? 整体師さん? その顔…いや、そのマスクで?」
「はい。これは患者の皆さんをリラックスさせるための余興です。けっして趣味ではありません」
「そ、そうなんですか。よ、よかった。もし本当にそういう人なら、どうすればいいのかわからないし…よ、よかったです、ほんと」
「仕事内容は、主にお姉さんの身体を触って楽しみながら、ついでに身体の異常を治したりします。幼女も受け付けています」
「それは大丈夫なんですか? その、わいせつ行為とか、そういったものは…世間の波という意味でも」
「合意の上ですから大丈夫です。あくまで治療ですし、バレませんよ」
「それは役得ですね!」
「そうでしょうとも。そうだ。あなたも診てあげますよ。ほら、背中向けて」
「いいんですか? どうせお高いんでしょ?」
「いえいえ、せっかく出会った縁ですから。今回は無料ってことで」
「そ、そうですか? いやぁ、悪いなぁ。最近腰が痛くて…」
後ろを向いて腰を突き出すペーグ。
「じゃあ、いきますよ。動いちゃ駄目ですからね」
「いやー、ドキドキするなー。こういうの初めてだし。痛くしないでくださいよー」
「大丈夫です。任せておいてください」
アンシュラオンは鉄のハンマーを取り出すと、ゴルフクラブのように大きく振りかぶった。
そして、狙いをつけて―――
「チャーーーシューーーーーーメーーーーーンッ!!」
ブゥン バッコーーーーーーーン!!
「っっ!?!?!?―――――――――――!?!?!!?!!?」
思いきり振られたハンマーが、ペーグの尻にヒット。
鎧を陥没させながら突き上げる。
衝撃は尻から腰に至り、容赦なく粉々に粉砕。
人間、痛みが強すぎると声も出なくなるらしい。
口をパクパクさせて悶絶―――からの気絶
泡を吹いて倒れてるペーグ。
哀れな姿だが、これでもう腰を思い煩うこともないだろう。
「ふー、これにて一件落着! 腰はお大事にね。まあ、尻のほうがヤバイかもしれないけどさ。あっ、この斧はもらっておこうっと」
ペーグの斧をもらって一件落着。
見事、排除成功だ!




