41話 「やりすぎた結果の後始末」
「あー、今日は帰れそうもないな」
空に輝く星々を見上げながら、アンシュラオンはぼやく。
眼前に広がるのは肉の山、ミンチとなったデアンカ・ギースの成れの果てである。
さすがに強靭な肉体をしているだけあって、覇王流星掌をくらっても現存している部位はある。そこから素材を探しているのだ。
「ラブヘイアも倒れちゃったし、素材は自分で探すしかないんだよな。肝心な時に使えないなんて、やっぱり変態は駄目だな」
ラブヘイアはそこらへんに適当に転がしてある。おそらく毒にやられたのだろう。
といっても直接受けたわけではなく、当人も『毒耐性』を持っているので大丈夫だと判断し、特に治療をしたわけではない。
たぶん死なないだろうという程度の認識であり、かなりずさんな対応ではあるが、そこまでして男かつ変態の面倒を見る理由はない。
「死んだら見込みがなかった、というだけの話だしな。それよりどこが売れそうな部位なのか、まったくわからん。んー、ハブスモーキーの足が売れるなら、こいつの足も…って、もうぐちゃぐちゃだな」
切り落とした触手も半分以上はミンチである。こうなると、どの部位かもわからない。
仕方ないので触手だと思われる部分を適当に荷台に放り投げていくが、いかんせん巨大である。すぐに荷台が埋まっていく。
「先に新しい荷台を作るか。こんなにあると絶対に載らないしな」
そこらにある岩を剣気でスライスして、平べったい石の土台を作る。その両端に穴をあけ、何かよくわからない触手の筋のようなもの(スジ肉的なもの)を通してロープ代わりにする。
地面にこすりながら引っ張っていけばいいので、余計なタイヤはつけない。要するに載せられれば何でもいいのだ。
それを五台作っていると、いつしか空は完全に闇に包まれていた。この段階で今日中の帰還は諦めている。
「目玉、見っけ! まだ残っているとは頑丈だな」
やたら大きな目玉を発見。大きさはアンシュラオンの身長以上ある立派なものだ。何に使えるかは不明だが、とりあえずゲットである。
それから肉の海を漁っていると、ひと際大きな塊を発見した。
「おっ! これは心臓じゃないか? よしよし、硬くなっているぞ」
ミンチの中央付近に、これまた巨大な心臓を発見。大きさは五メートルくらいあり、さまざまなところが結晶化して赤黒く輝いている。
破壊されたせいか、形状は巨大なアメジストドームに似ており、多少空洞のところもあるが、ぎっしりと固まっている部分も見受けられた。
「この世界はジュエル文化だしな。これは売れるだろう。持って帰ろうっと」
ぽいっと荷台に投げる。
が、丸かったのでゴロゴロ転がっていき、寝ていたラブヘイアにぶつかって止まる。
「う、ううっ……重い……臭い…」
「えっと、あとは…もうよくわからないから、適当にガンガン投げていくか」
面倒くさくなったので、ラブヘイアを完全に無視して次々と素材を投げ入れていく。
デアンカ・ギースが売れなかったときのために、食い散らかされたハブスモーキーからも素材を剥いでおいた。
たしかに頭のところに玉があった。睾丸とかだったら嫌だが、金になるなら仕方ない。足も切り取って一緒に投げ入れておく。
「こんなもんかな? 少し休むか。あー、今日はがんばったなー」
体力的にはあまり疲れていないが、気持ちが一杯で充足感と疲労感が訪れていた。
(火怨山での生活とはまったく違うな。同じ魔獣を倒しているのに、こっちのほうが達成感がある。何か特定の目的があるからだな。人間は野獣とは違う。ただ破壊するだけの生活じゃ、いつか限界がやってくる。…いい機会だったのかもしれないな)
火怨山での戦いは、常に生き残ることが重視されている。それが日常になって楽勝になると、今度は姉やゼブラエスとの模擬戦が主体となる。
それもまた楽しいものだが、正直に言えば目的がなかった。
姉とイチャラブするのが目的だったので、ある意味においてはすでに達成されているものであったが、それだけの生活にも少し飽きがきていたのかもしれない。
今は自分の目的のために行動するのが楽しい。初めて明確な目的ができたからだ。
(サナ・パム…か。可愛い子だったな。あれがオレのものになる。想像するだけで楽しみだよ)
ともすればペットのようなものかもしれない。白スレイブなんて、どう言い繕っても所詮はそんなものだろう。
だが、それでも問題ない。自分にとって初めての【所有物】が生まれるのだ。それが重要だ。
(サナは大切に育てよう。たくさん愛情を注いで綺麗にしてあげて、いつかオレの子を産んでもらおう。まだ幼いから無理をさせず、少しずつ教育して……おお、いいな。ドキドキしてきたぞ。あの子にもドキドキワクワクするような世界を見せてやりたいな)
考えれば考えるほど楽しみが生まれてくる。
以前の生活では子供がいなかったアンシュラオンにとって、誰かを育てるという行動には惹かれるものがある。
それが実際には大変な苦労が伴うものだとしても、むしろそれを味わってみたい。今ならばそれができる自信もある。
アンシュラオンは自分の物は、とてもとても大切にするタイプである。
百円の爪切りがどんなに切れなくても、自分で買ったものだからと六年くらいは普通に使う男であった。
自分で買ったものは見捨てない。どんなに劣悪でも改善しようとするし、良くしようと心がける。
そんな自分に買われるサナは幸せだ。本気でそう思ってもいる。
(オレの家族になるんだ。サナを幸せにしよう。少し慣れたら他のスレイブも買うか。オレだけのスレイブ集団を作るってのも面白い。育成ゲームと同じようなもんだしな。…と、ふぁぁ、たまには少し寝るか)
闘争本能が満たされたので眠くなる。
武人にとって闘争本能とは、食欲や性欲と同義のものである。満たされれば強い満足感を得られる。戦うことで進化する生物だからだ。
まさに動物。野獣と同じ。
だが、この時こそ至福である。身体が自然とまどろみの中に引き込まれていった。
∞†∞†∞
翌日。
「アンシュラオン殿……死にそうです」
「自業自得だ」
「うう…昨日は共同作業をした仲ではありませんか…」
「気色悪いことを言うな! お前はほとんど役立たなかっただろうが!」
「酷いです…がんばったのに…」
翌日、肩を押さえて呻くラブヘイアがいた。
明け方、ラブヘイアがアンシュラオンの髪の毛の匂いを嗅ごうとしていた気配で目が覚めた。
そこで肩を蹴っぱぐった時に脱臼したのだ。
つまり自業自得である。何一つ同情の余地はない。
「お前な、いいかげんにしないと、そのうち本当に殺されるぞ」
「髪の毛のためならば本望です」
「死ぬのは勝手だけどオレを巻き込むなよ。ほら、さっさと素材が集まっているかチェックしろ」
「はい。すごく…生臭いです」
一晩経ち、周囲には腐敗臭が満ち始めていた。
あまりにも量が多かったので、取りきれない部分は放置となっている。それが腐ってきたのだろう。
そして、カラスに似た鳥型魔獣たちが群がって肉をついばんでいる。知らない間に蛆が湧いているところもあった。
地球と違うのは、そのカラスの大きさが五メートルはあることと、蛆虫も同様に三十センチくらいあることだろうか。
(自然は見事だな。まるで無駄がない。星のシステムを管理している女神様が、いかに大変かがわかるよ)
すべての生物には役割が設定されている。蛆は腐敗した肉を食べてくれるし、その蝿は違う生物の食糧にもなる。
この世界は摂理によって完璧に制御されている。微生物に至るまで完全な法則の中にあるのだ。
改めて女神の偉大さ、全宇宙の生命を維持している霊の力に驚く。
「持ち帰るものは冷凍してあるが、凍っていても大丈夫か?」
「おお、アンシュラオン殿は『凍気』も使えるのですね!?」
「水属性が得意だからな」
「それは便利ですね。私も水を使いたいものです」
「人それぞれの生まれ持った体質もあるしな。お前は風を伸ばしていけばいい」
『凍気』は水の上位属性で、文字通り凍結能力のある気質である。
ダビアのクルマが襲われた際にも使ったが、こうして冷凍保存にも使える便利な気質なので重宝するものだ。
ただ、戦気で化合すると攻撃的な気質になるので、デアンカ・ギース以外の肉に使うと粉々になってしまった。よって、他の肉はそのままである。
(こういうのって性格も関係しているからな。覚えたくて覚えられるものじゃないし)
属性は誰にでも使えるものではなく、当人の性格上の気質に寄るところが大きいようだ。
たとえば芯が強くて熱い人間は火、独特な感性を持つ人間が風、人情味のある人間が雷等々、それなりの相性がある。
身内で言い換えると、パミエルキが火、陽禅公が風、ゼブラエスが雷の性質を色濃く宿している。
そして、アンシュラオンが得意とするのは水であり、水は知性的な人間に多い気質だ。
「昨日はああ言ったが、デアンカ・ギースは本当に金になるのか? 一応素材を積んでみたが…ここまでやって無駄だったらさすがに泣くぞ」
「あの時は言い出せなかったのですが、デアンカ・ギースには『特別な懸賞金』がかけられています。値段の詳細はわかりませんが、少なくとも数千万はすると思います」
「それはウォンテッドモンスター…指名手配と同じか?」
「そうですね。四大悪獣といえばグラス・ギースにとっては悪夢みたいなものですから、それを討伐したとなればそれなりの褒賞も出るはずです」
「それなら安心だな。だが、こんなにミンチにしてしまって、オレたちがデアンカ・ギースを倒したと証明できるか? 何の肉かもすでに判別できないぞ」
やりすぎた、と終わったあとに後悔する。よくあることである。
たまに美術家が明らかに変なものを作るが、やりすぎた結果なのだろう。気持ちはわかる。
「残骸の一部からでも登録されている魔獣ならば照会ができます。魔獣の生体磁気もそれぞれ波長が違いますからね。このあたりにいる魔獣や四大悪獣のような昔からいる魔獣は、すでにハローワークに登録されているはずです」
「そっか。それなら安心だな。じゃあ、さっさと戻るか」
「あの…また荷台に乗るのでしょうか? 腐った肉がありますが…」
乗る = ぐちゃ、ぬちゃっ、うっ、冷た生臭い
「乗りたいのなら乗ってもいいが、目的のものは手に入ったんだ。急ぐ旅でもない。夕方くらいまでに戻ればいいだろう。帰りの道中、少し鍛えてやるからお前も走って帰れ。それも鍛錬だ」
「あ、ありがとうございます!」
「お前の長所は弱点にもなりうる。思いきって前に出ることも場合によっては必要だぞ。ずっと遠距離からだけじゃ相手も簡単に対応できるしな。対人経験はあるのか?」
「傭兵時代は少しありましたが、ハンターは基本的に魔獣と戦いますので、ここ八年くらいはまったくありません」
「問題はそのあたりだな。戦士だろうが剣士だろうが、武人は身体を傷つければ傷つけるほど強くなる。死地に飛び込まないと短期間での成長は見込めない。まあ、オレは対人経験は豊富だから少し教えてやるさ」
「アンシュラオン殿…この御恩は忘れません! はぁはぁ―――ぶはっ! な、なぜ殴るのですか!?」
「興奮するからだ! この変態が! もう鍛錬は始まっているんだぞ! 迂闊にオレに近寄るな!!」
「は、はい。厳しいものですね…」
こうしてラブヘイアに軽い修行をつけながら帰ることになった。
とはいえ、すでに頭の中はあの黒い少女で一杯である。
(楽しみだ! 本当に楽しみだ! あの子を手に入れたら、いっぱいナデナデしてサワサワしちゃおうっかな! オレだけのサナちゃん、待っててね! 今すぐ行くよ!)




