第5話「月夜の告白と、明日への一歩」
辺境の村に、満月の夜が訪れた。
空は雲ひとつなく澄み渡り、月の光が静かに地面を照らしていた。
セレナは小屋の前に焚き火を起こし、ルゥと女と並んで座っていた。
火はぱちぱちと音を立て、炎がゆらゆらと揺れていた。
その光が、女の横顔を柔らかく照らしていた。
彼女は、ずっと黙っていた。
けれど、今夜は何かを話そうとしているようだった。
「……セレナ」
彼女が口を開いたのは、月が真上に昇った頃だった。
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第一章:告白
「私、あなたに嘘をついてた」
セレナは静かに彼女を見つめた。
「私は……王都で暗殺任務を受けていた者。
“記憶が曖昧”なんて嘘。
本当は、任務を放棄して逃げてきたの」
焚き火の音だけが、沈黙を埋めていた。
「私は、人を傷つけるために育てられた。
感情を持つな、迷うな、命令に従え――
それが、私の生き方だった」
セレナは、何も言わなかった。
ただ、彼女の言葉を受け止めていた。
「でも、あなたとルゥに出会って、
初めて“生きていたい”と思った。
それが、怖かった。
だから、言えなかった」
ルゥが静かに鳴いた。
それは、許しの音だった。
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第二章:受け止める場所
「あなたが誰でも、私は今のあなたを信じたい」
セレナの声は、焚き火よりも温かかった。
「過去は消せない。
でも、未来は選べる。
ここで過ごした日々が、あなたの中に残っているなら――
それは、もう“あなた自身”のものよ」
女は、焚き火を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……こんな言葉、誰かにかけてもらえるなんて思わなかった」
セレナは微笑んだ。
「ここは、そういう場所なの。
ルゥがそうしてくれたから、私も変われた。
だから、あなたもきっと」
ルゥはそっと彼女の手に額を寄せた。
その仕草に、女は涙をこぼした。
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第三章:明日への一歩
朝の光が、辺境の村に差し込んでいた。
小屋の前で、セレナとルゥは荷物を背負った彼女を見送っていた。
「行くの?」
セレナの問いに、彼女は静かに頷いた。
「ええ。私には、まだ向き合うべき過去がある。
でも、ここで過ごした時間は、私の中で確かに生きてる」
セレナは、彼女に小さな布袋を手渡した。
中には、薬草と焼きたてのパンが入っていた。
「また来てもいい?」
彼女の声は、少しだけ震えていた。
「もちろん。あなたの居場所は、ここにもあるから」
セレナは微笑み、ルゥは静かに鳴いた。
彼女はしばらく黙っていた。
そして、背を向ける直前――振り返り、静かに言った。
「……私の名前は、リア。
それだけは、嘘じゃない」
セレナは目を見開き、そして優しく頷いた。
「またね、リア」
リアは歩き出した。
背中に月の記憶を抱いて――
未来へ向かう一歩を、静かに踏み出していった。
風が吹いた。
それは、名前を告げた者にだけ届く、再生の風だった。




