第4話「ルゥと花冠と小さな笑顔」
昼下がりの空は、どこまでも青く澄んでいた。
セレナは小屋の前で洗濯物を干しながら、ルゥと女をちらりと見た。
女はまだ名前を名乗っていなかったが、少しずつ表情が柔らかくなってきていた。
「今日は、村の子どもたちが遊びに来るかも」
セレナがそう言うと、ルゥは鼻先をくすぐられたように鳴いた。
女は少しだけ眉をひそめた。
「……子ども?」
「ええ。ルゥのことが大好きなの。怖がるどころか、花冠をかぶせたりしてね」
セレナは笑いながら、干した布を風に任せた。
そのとき、遠くから元気な声が聞こえてきた。
「ルゥー!遊びに来たよー!」
---
第一章:輪の中へ
子どもたちは、花を摘んだ籠を抱えてやってきた。
ルゥは彼らの姿を見ると、ゆっくりと立ち上がり、広場の方へ歩いていく。
女は戸口に立ち、少し離れた場所からその様子を見ていた。
子どもたちはルゥの背に花を乗せ、笑い声を響かせていた。
「ルゥ、今日も王様みたい!」「この花冠、似合うよ!」
セレナは女の隣に立ち、そっと声をかけた。
「よかったら、あなたも来てみない?」
女は一瞬だけ迷ったが、子どもたちの笑顔に引かれるように、ゆっくりと歩き出した。
子どもたちは驚くこともなく、自然に彼女を輪の中に迎え入れた。
「お姉さんも、ルゥに花つけていいよ!」
女は戸惑いながらも、手に取った小さな白い花をルゥの角にそっと飾った。
ルゥは目を細め、静かに鳴いた。
その瞬間――女は、初めて笑った。
---
第二章:涙と言葉
その笑顔は、ほんの一瞬だった。
けれど、セレナはそれを見逃さなかった。
「あなたの笑顔、素敵ね」
セレナがそう言うと、女は目を見開き、そして――涙をこぼした。
「……私、笑うなんて、もうできないと思ってた」
声は震えていた。
「私は、人を傷つけるために生きてきた。
誰かに優しくされたことなんて、なかった。
だから、こんなふうに笑う資格なんて……」
セレナはそっと彼女の手を取った。
「ここでは、誰もあなたを責めない。
あなたが誰でも、今ここにいるあなたを、私は信じたい」
女は、何も言えなかった。
ただ、涙を流しながら、ルゥの背にそっと寄り添った。
風が吹いた。
それは、仮面を外し、心をほどく風だった。
---
第三章:夕暮れの余韻
夕方、子どもたちは「また来るね!」と手を振って帰っていった。
セレナと女は、ルゥの背に並んで座っていた。
「ありがとう」
女はぽつりと呟いた。
「今日、私は……生きていてよかったって、少しだけ思えた」
セレナは微笑んだ。
「それなら、また明日もそう思えるように、一緒に過ごしましょう」
ルゥは静かに鳴いた。
それは、賛同の音だった。
そして、空は茜色に染まり、風が優しく吹いていた。




