第2話「名も知らぬ人を癒す朝」
朝の光が、雨上がりの空を淡く染めていた。
小屋の窓から差し込む光が、焚き火の残り火を照らしている。
セレナは湯を沸かしながら、横たわる女性の様子を見守っていた。
彼女はまだ眠っていた。
顔色は少し戻ってきたが、肩の傷は深く、動けるようになるには時間がかかりそうだった。
ルゥは彼女のそばで静かに座っていた。
彼は警戒を解いてはいなかった。
時折、女性の匂いを嗅ぎ、低く鳴く。
それは、敵意ではないが、何かを見極めようとする音だった。
セレナは薬草を煎じ、布を温めて傷口に当てた。
「痛みが引いてくれるといいけど……」
そのとき、女性がゆっくりと目を開けた。
---
第一章:目覚めと沈黙
「……ここは?」
彼女の声はかすれていたが、意識ははっきりしていた。
「あなた、雨の夜に倒れていたの。ここは辺境の村の外れ。私はセレナ。彼はルゥ」
セレナは穏やかに微笑みながら、湯の器を差し出した。
女性は器を受け取り、少しだけ飲んだ。
その瞳は鋭く、どこか“訓練された者”のものだった。
「名前は……?」
セレナが尋ねると、女性は一瞬だけ沈黙し、そして首を横に振った。
「……思い出せない。ごめんなさい」
セレナはそれ以上、何も聞かなかった。
「無理に話さなくていい。今は、休むことが大事よ」
ルゥはそのやり取りをじっと見ていた。
彼の瞳は、何かを見抜こうとしているようだった。
---
第二章:静かな朝の始まり
セレナは朝食の準備を始めた。
パンを焼き、野菜を刻み、薬草を混ぜたスープを煮込む。
その香りが小屋の中に広がり、女性は少しだけ表情を緩めた。
「……いい匂い」
「食べられそう?」
女性は頷き、スープをゆっくりと口に運んだ。
その動作は慎重で、どこか“癖”のようなものが見え隠れしていた。
セレナは気づいていた。
この女性は、ただの旅人ではない。
体の動き、視線の配り方、反射的な手の動き――
それは、王都で見た“護衛”や“戦士”のそれに似ていた。
けれど、彼女は何も言わなかった。
問い詰めるより、信じることを選んだ。
「ここでは、誰もあなたを責めない。
ただ、ゆっくりして。ルゥも、見守ってくれてるから」
ルゥは静かに鳴いた。
それは、警戒の中にある“受け入れ”の音だった。
---
第三章:名もなき絆の芽
その日、女性は小屋の外に出て、陽の光を浴びた。
ルゥは彼女の後をついて歩き、セレナは少し離れた場所から見守っていた。
「ありがとう」
女性はぽつりと呟いた。
「助けてくれて。信じてくれて。
……私、信じられる人なんていないと思ってた」
セレナは微笑んだ。
「じゃあ、ここで少しずつ思い出していけばいい。
名前も、居場所も、心も」
風が吹いた。
それは、名もなき絆の芽を運ぶ風だった。
そして、静かな朝は、少しだけ優しくなった。




