第1話「雨の夜、扉を叩く者」
辺境の村に、激しい雨が降っていた。
空は灰色に染まり、雷が遠くで鳴っていた。
セレナは小屋の中で、ルゥと焚き火を囲んでいた。
「今日は、よく降るわね」
セレナは湯を沸かしながら、窓の外に目を向けた。
ルゥは静かに丸くなり、炎の揺らぎを見つめていた。
小屋の中は、暖かかった。
雨音が屋根を叩き、風が木々を揺らす。
けれど、この空間だけは、穏やかな時間が流れていた。
そのときだった。
――ドン、ドンッ!
扉が激しく叩かれた。
セレナは驚いて立ち上がった。
こんな夜に、誰が?
村人なら、こんな叩き方はしない。
ルゥが低く唸った。
それは、警戒の音だった。
セレナは慎重に扉へ近づき、手をかけた。
「誰か……助けを求めてる?」
扉を開けると、そこには――
血まみれの女性が、雨に濡れながら立っていた。
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第一章:倒れ込む影
女性は、セレナの顔を一瞬だけ見て、力なく倒れ込んだ。
セレナは慌てて彼女を抱きかかえ、室内へ運び込んだ。
「ルゥ、毛布を」
ルゥはすぐに動き、布を咥えて持ってきた。
セレナは女性の体を拭き、濡れた服を脱がせ、傷を確認した。
肩に深い切り傷、脇腹に打撲の痕。
それは、ただの事故ではない――“戦い”の痕だった。
「誰かに……襲われたの?」
セレナは薬草を煎じながら、彼女の顔を見つめた。
女性は意識を失っていたが、眉間に深い皺を寄せていた。
苦しみと、何かを拒むような表情。
ルゥは彼女の匂いを嗅ぎ、静かに唸った。
それは、警戒と違和感の混ざった音だった。
「……でも、今は助けるしかない」
セレナはそう言って、薬を口元に運んだ。
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第二章:静かな夜の始まり
夜が更けていく。
雨は止まず、風は強くなっていた。
セレナは焚き火の前で、女性の様子を見守っていた。
ルゥは彼女の隣に座り、じっと動かずにいた。
「あなたが誰でも、今は関係ない。
ここでは、誰でも休んでいいの」
セレナはそう呟き、毛布をかけ直した。
焚き火がぱちぱちと音を立て、炎が静かに揺れていた。
その光が、女性の顔を照らす。
彼女の瞳は、まだ閉じられたまま。
けれど、セレナは確かに感じていた。
この女性は――ただの旅人ではない。
それでも、セレナは今を癒すことを選んだ。
風が吹いた。
それは、嵐の中で灯された小さな優しさを運ぶ風だった。
そして、夜は静かに更けていった。




