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魔法銀の悪魔の救済  作者: 緑名紺
第二章 それぞれの成長期
33/40

33 勝負開始

 


 前代未聞の魔物狩り勝負当日。

 早朝に迎えに来た馬車に乗って、ミシュラたちは王都から出た。


 連れてこられたのは、小高い山の麓である。

 想定した通り、騎士団や軍の演習でよく使用される場所なのだという。

 騎士団の一隊が天幕を張って準備をしている。急に決まった催し物のわりに、大がかりな印象を受けた。

 ちらほらと見物客の姿もあった。狩りが趣味の貴族も少なくはないとは聞くが、随分と暇らしい。


「晴れて良かったね」


 ミシュラの言葉に対して、話しかけた者たちからは誰一人として返事がなかった。

 フレインは通常通り、カーフは眠れなかったのか顔色が悪く、ロアートは心配そうに押し黙っている。

 苦笑したマルセルが、励ますように肩を叩く。


「ミシュラ。勝ち負けよりも、自分の安全を最優先にするんだよ。ロアートの指だけでも心が痛いのに、きみまで怪我をしたら義兄上にも姉上にも申し訳が立たない」

「ありがとうございます、叔父様。大丈夫ですよ。フレインが一緒ですし、魔物狩りは何度も経験していますから」

「そうか。いつものように動けそうかい?」

「はい。急いで用意してもらったのに、ぴったりでした。弓も手に馴染みます」


 狩猟用の装いなど持ってきているはずもなく、マルセルに急遽、弓矢や服などを用意してもらった。

 華美な乗馬服から不要な装飾を外し動きやすくし、革手袋と山歩きに適したブーツを身に着け、矢筒を背負う。

 急ごしらえにしてはそれらしいが、まだ十二歳にも満たない子どもがこの場にいるだけで浮いて目立ってしまった。


「おい、来ているぞ。あの娘が例の……」

「魔物狩りなんてできるのか? 姫様と同い年なんだろ」

「さぁな。人間と同じだと考えない方がいいのかもしれない」


 噂をしている騎士たちに、にこりと笑って礼をする。どぎまぎしながら散っていく姿を見送っていると、ふと別の方向から視線を感じた。


 ――あれは……。


 長髪の少年がひらひらとミシュラに向かって手を振っていた。見物客の一人だろう。

 見覚えがあるが、誰だったか思い出せない。今の時点では顔見知りではない気がする。この先の未来で出会うはずの人物に、一足先に出会ってしまったのかもしれない。


「…………」


 気になるが、記憶を掘り起こしている時間はなさそうだった。

 ミシュラは礼をして、中央の天幕へ向かった。






 今回の魔物狩り勝負の立会人は、王国騎士団の副団長だった。

 仰々しい口調でルール説明が行われる。


「時間内に、より強く大きな魔物を狩ったペアの勝利とする。開始地点は別々になるが、狩場で遭遇した場合は距離を取っていただきたい。獲物の横取りは禁止。先に攻撃を加えていた者が優先だ。身を守るとき以外は手を出さないように」


 狩るのは何頭でも構わないが、比べるのは一頭だけ。

 討伐数は結果に反映しないこと、同レベルの魔物だった場合は引き分けとすること、歩行に影響が出るような負傷した場合はリタイアとすること。

 さらに、「見物人の中には他国の賓客もいるので、恥を晒す真似はしないように」と強く釘を刺された。


「恥というのならば、この催し自体が私にとっては屈辱です。愚妹のためとはいえ、貴様のような小娘と争うことになるとは……今から退く気はないのか?」


 対戦相手の片割れ、ギルベルト・ディヘスが、ミシュラを冷たい目で見下ろした。

 ポーラの兄で、王子トールバルトの護衛騎士の一人。一目で鍛えていると分かる体格をしている二十歳前後の若者で、他人を小馬鹿にしたような目つきが妹にそっくりだった。


「もちろんです。魔物狩りの経験はございますよ」

「はっ、あまり舐めてもらっては困る。どうせ鳥やウサギだろう」

「……大丈夫です。私の護衛は優秀ですから」


 フレインは返事も反応もなく、ぼんやりと山の方を見ていた。気負いも緊張もなければ、やる気も感じられない。

 ギルベルトは鼻で笑った。


「つまらない意地を張って怪我をしても知らんからな。まぁ、山の手前の林ならば安全だろう。街道の安全確保のため、一月前に魔物討伐を行ったばかりだ」

「そうでしたか。貴重な情報をありがとうございます」


 奥の山に行かないと、大物の魔物はいないようだ。開始と同時に急行しようとミシュラは心に決めた。

 副団長が最後の念押しとばかりに言った。


「くれぐれも、怪我のなきよう。王女殿下の生誕祭前に、無用な血が流れることは許されない」

「はい。皆様、どうかお気をつけて!」


 リリトゥナが狩りの参加者たちの顔を見渡し、懇願するように言った。

 表向きは自分のために催される勝負とのことで、リリトゥナもこの場に来ていた。パーティーの準備や他国からの賓客の対応で忙しいはずだが、この催しを優先したらしい。


「もし怪我をしても、私が治療しますが……無事に帰ってきてくださることが一番です。巡回する騎士たちも、絶対に無理をしないようにお願いしますね」


 リリトゥナの健気な宣言に、周囲から感嘆の声が漏れている。ギルベルトも含む騎士たちが一斉に最上級の敬礼をした。

 ロアートが怪我をしたときは動けなかったくせに、とミシュラだけは内心白けていた。緩慢な動作で礼だけはしておく。


「あの、ミシュラとチェカに、こちらをお渡しします。わたくしからの応援の気持ちです!」


 リリトゥナから手渡されたのは、穴の開いた白い石だった。


「音無石という、魔力を込めると気配を消すことができる石です。魔物をやり過ごしたいときにお使いください。姿を見られていなければ、気づかれないはずです」


 王族や高位貴族がお守り代わりに持つ石だった。

 リリトゥナの手ずからそれを受け取ったチェカ――ギルベルトの従妹でリリトゥナの護衛騎士である少女は感激して飛び上がっていた。


「ありがとうございます、姫様! きっと立派な獲物を仕留めて、献上いたします!」

「チェカ、自分の身の安全が第一にしてくださいね。……ミシュラもです」


 心の底から心配そうにしている表情に、ミシュラは首を傾げた。

 先日のお茶会で王妃リタとミレイヤの確執を聞き、てっきりミシュラのことを避けると思っていた。

 その疑問に答えるように、リリトゥナはこっそりと耳打ちしてきた。


「お母様に、当時のことを少し聞きました。複雑な気持ちになりましたが、ミシュラは関係ありませんし、お母様もあなたと仲良くすることは賛成だと言っていました。だから――」


 少し意外に思った。

 王妃がミシュラとリリトゥナの交友を推奨することに、なんの利益があるのだろう。次代の鎮めの役であるロアートとならまだ理解できる。


 ――まぁ、どうでもいいか。


 当たり障りのない態度で礼を言って、ミシュラは音無石をポケットに入れた。

 副団長が咳払いをし、見物人に聞こえないように声量を落とした。


「では最後に、勝敗が決した際のお互いの要求について確認しておく。賠償金と口頭での謝罪で良かったか?」

「ああ、構いません」

「はい。それで結構です」


 ポーラに対しては「死を以て償え」と言いたいところだが、これが妥当な落としどころだろう。賠償金については、ディヘス侯爵家側が要求してきた。ギルベルトからしてみれば、勝って当然の勝負に付き合ってやるのだから、他にも旨味を寄越せということらしい。

 最後に、ギルベルトがミシュラを一瞥した。


「親子揃って王都で恥を晒すとは、哀れだな……」


 母のことまで一緒に侮辱されたことで、良心がどこかへ飛んでいった。


 ――思っていた以上に高慢な男。負かすだけで、自尊心を破壊できそう。


 巻き戻し前の世界では殺戮の限りを尽くしたミシュラだったが、精神攻撃の経験はあまりなかった。

 負けた時、ギルベルトはどのような表情を見せてくれるだろう。ポーラは、勝敗を聞いて何を口走るのか。


 ――性格が良い人だったら負かすのは気が咎めたけど……気にする必要なさそうで嬉しいな。


 死以外の敗北を与えるのは、甘美な優越感を味わえそうだった。

 悪魔のごとき考えに支配されないように気を付けつつも、新しい扉が開くような気配がして、ミシュラの心は躍った。






 ロアートとマルセルから激励された後、ミシュラたちは開始地点に向かった。


「聞いていたよね。大きな魔物は手前の林にはあまりいないって。急ぐよ」

「……分かりました」


 フレインは「仕方がない」と言った風に、両方の足を交互に軽く蹴り出して解している。

 一方のカーフは戸惑い気味だ。


「え? 奥に行くんですか?」

「うん。身体能力向上させて、林を突っ切るつもり。ついて来られないのなら置いて行くから」

「っ! 馬鹿にしないで下さい!」


 よく晴れた空に白い閃光弾が打ち上げられた。

 こうして魔物狩り勝負は始まった。


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