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陛下の寝所に呼ばれることがぱたりと止まった。瞬く間に、捨てられたと方々へうわさが流れ、私への贈り物は届かなくなった。
陛下が他の妃を呼ぶようになったか、他の妃か妾を残されていた宮に招き入れたか。私には情報を得る手段がなかった。ルーシーもそのような話はきけなかったそうだ。捨てられた妾の侍女にはその点は口が堅いのかもしれない。
そのうちに、侍女たちが暇を願い出ることが増えた。私には彼女たちをとめておける力はない。願い出るままに暇を与えた。暇を与えても、しばらくすると王宮へ戻ってきているらしい。裏方と通じているルーシーから聞いた。陛下に絡まない情報は流してもらえていたようだった。
陛下がつかわした侍女たちが私から離れていった。
紺碧の宮にルーシーと私は残された。私の仕事は、宮の掃除婦に変わる。陛下に見捨てられた妾はみじめだとルーシーが昔語ったさながらに、私は台所へ立ち、掃除をする。私の仕事は宮を最低限維持することに変わった。
認めたくなかった。陛下に捨てられたと……。それは、とてもとても悲しいことだった。
陛下と過ごした時間が愛おしかった。他愛無い会話と安息に包まれて寝た日々。あの大きな体躯が私に沿うて、優しく撫でてくれる。一人で寝るのは言い知れないほどに寂しい。
宮に留まっていた贈答品を運び出して、宮の二階で並んですごしたあの日……。
昼過ぎから夜までいつも通り一緒に過ごした。お酒をたしなみ、夕食を共にし、寝所まで運ばれた寝衣を纏えば、いつも通り可愛がってくれた。
まじめな会話しか切り出せなかったのがいけなかったのだろうか。なぜ妃にしなかったのかという命題を自分なりに考えたのがいけなかったのだろうか。もっと女らしくしていれば良かったのだろうか。酌をすることさえ気づけなくて、胸元へしなだれかかるような行為もできていなかった。そういう小さいことの積み重ねが、離れていった原因なのだろうか。
子どもすぎたの。色気が出るようにもう少し胸元でもくだいていればよかった? 薄い化粧をもう少し派手にしたらよかった?
できない者が、自分の落ち度を探しても、なにも見つからない。さめざめと泣きたくなる。私が陛下の元を訪れている時、他の妃もこんな気持ちですごしていたのだろうか。私は恵まれていたことに、気づかなかった。失って気づくなんて、なんと愚かなことだろう。
ただただ痛感する。
私は、あの私にだけ優しい皇帝を愛してしまっていたのだ。最後は触れてほしかった。一度ぐらい抱いてもらえていたら、もう少し泣かずにすんだのだろうか。
誰も答えは教えてくれない。
掃除と、庭の手入れと、食事作り。そんな日常の細々としたやりくりが私を助けた。侍女がいなくなった宮を維持するには、ルーシー一人では足りない。
元の国では当たり前にやっていたことだ。小国において、身分が高いからといって、すべてをしてもらえることはない。自分でできることは自分でしないでおいて、小国はまわらない。自分の為すことに責任を果たせば、財政は豊かではないけど、人の心は豊かだ。
ルーシーが食材を厨房にもらいにいく。陛下に捨てられたとはいえ、妾が住まう宮にも一応食材が回される。備え付けの調理場で作れば、食べることは最低限困らない。
今日も調理場で火を焚いて、ルーシーの帰りを待った。炎の熱で額に汗が浮かぶ。腕でぐっとぬぐい、ふうと息を吐いて、背を伸ばした。
「姫様、姫様」
戻ってきたルーシーが慌てて、調理場に飛び込んでくる。台の上に食材を置く。両手を膝につけ、肩で息を繰り返した。
「姫様、大変です」
「どうしたの、そんなに慌てて」
「姫様……、心して聞いてください」
ルーシーのただならない形相に私は目を見張る。
「皇帝陛下が身罷られました」
私は、その場で崩れ落ち、意識を失った。
悲しすぎると泣けないものだとはじめて知った。ふさぎ込んでばかりいられない。ルーシー一人で屋敷のすべてを任せるわけにもいかなかった。
昼は良かった。ルーシーと二人、過ごせる時間は穏やかだ。陛下の居城へ渡らない時間が長かった私は、陛下が身罷られたという実感がわかない。なんとない時間の流れに身を任せて、目の前にいる人に心配をかけすぎてはいけないと笑って過ごした。
半面、夜に訪れる一人ぼっちという辛辣な時間はいっそう身を裂いた。
声をあげて泣いた。慟哭とはこういうことかと号泣しながら変に客観的に自分を観察していた。
冷静な私が皇帝陛下を振り返る。
父より年上の男性であることはもとより、皇帝という背後に何を抱えているか分からない男性であること、内政や世継ぎなど抱えている問題は計り知れないこと。
私の前では、そんな問題をほのめかす素振りは見せなかった。ただ父のように慈しんでくれた。愛されるというよりは可愛がられた。大きな問題を抱え込んでいるなど、考えも及ばないほど、穏やかで尊い時間を過ごしていたように思えてならない。
身罷られた皇帝の葬儀に私は呼ばれなかった。妾とはこういう立場かとしみじみと感じた。妃も妾も変わらないと思っていた。間違いだったと気づいた。
公の場に出られないという重さをこんなことで痛感するとは思わなかった。
喪にふける時間は与えられた。陛下の死を悼む衣装が、新皇帝から贈られた。その衣装を手にしてなお、着るか迷う。陛下が与えてくれた衣装と装飾品だけ身につけていたかった。外聞もあるため、昼間は喪服を着て過ごす。
新しい皇帝が正式に就任し、国は落ち着いたのかもしれない。
時間だけがすぎた。季節も廻り、葉が色づき始めた。
庭先で枯れ葉を集めている時だった、唐突に宮へと新皇帝が訪ねてきた。
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