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「これをすべて持ちだせ」
陛下が毅然と支持を出した。
厳しい表情を見たことがなかった私は、珍しく凛々しい一面に見とれてしまう。
「かしこまりました」
応じた従者の声にはっとする。私は従者を見止めた。陛下以外の男性とまともに話した最後の人を思い出す。私に街でご馳走してくれた男性だ。久しく忘れていた金髪碧眼の美男子。
「くしのひと……」
「覚えておいででしたか」
「ええ、あれ日以来、私は外にでてませんから。思い出として大切にしまっておりました」
外の世界が懐かしくて、ほろっと寂しくなった。
「陛下以外の男のことなどわすれていただきたいものを……こちらの生活は慣れましたか」
「はい。毎日健やかに過ごしております」
交わした言葉はそれだけで、彼は慌ただしく荷物とともに去って行った。
贈り物の山は順次運び出された結果、部屋はすっかりきれいになった。
陛下と並んで、がらんどうとなった空間に唖然とする。
「こんなに広かったのですね」
どこまでも増える贈り物に困り果てて、放置した結果どれだけの物が詰め込まれていたのだろう。
「今日は休む」
陛下の声に、侍女たちがざわめいた。
「こちらへ」
そう言って前に出た侍女が陛下と私を導いていく。階段があった。広い宮に、未だに私の知らない部屋があるのかと仰天した。
陛下と一緒に階段をのぼる。ついてきた侍女が窓を開けた。柔らかい風が流れ、日が差し込むと、そこが大きな寝所であることが分かった。
陛下が渡られた際に使われる部屋もあったのね。居城に通うのが常だったあまり、こんな部屋があるとは思わなかった。
紺色を基調とした部屋の装いを眺めながら感心する。
窓辺に大ぶりなソファーとローテブルが外に向けられた置かれている。そのテーブルに、侍女たちが食事と飲み物を置いていた。準備が整得られ次第、侍女たちは下がり、いつものように私と陛下は二人きりになった。
陛下が私の手を取って進み、窓から外を眺められるソファーに二人並んで座った。お昼間だから、紅茶とお菓子が並べられているのかと思いきや、そこにあったのはお酒とつまみだ。
どうしましょう。お酌のひとつでもした方がいいでしょうか。
陛下の隣でまごまごしていたら、慣れた様子で手酌で杯にそそぎはじめてしまった。
「陛下……、私がしますか」
おずおずと申し出る。
「ソフィアはこういうことが一切苦手だな」
「……申し訳ございません」
淡々と事実を告げられると、子どもすぎて悲しくなる。
「変なところは頭が回るというのにな」
「変なところですか」
陛下が杯に口をつけようとして、私は陛下の袖をつかんだ。
「毒見もせずによろしいのですか」
陛下はちらりと私を見る。そして、関係ないとばかりに杯を仰いだ。
「ああっ」
私の小さな悲鳴に、一瞥をくれる。
「そういうところが変なのだ。女なら酌をするなり、男を悦ばすことにもう少しは的を得ている」
できていないところをあげつらわれているようで悲しくなる。いつもが優しい分だけ、別人のように冷たく接されているようだった。
「……返す言葉もございません……」
今までが子どもすぎたのだろうか。だから、陛下はずっと添い寝しかしてこなかったのでしょうか。私は、なんの準備もなく召し上げられ、知識もなく、本当になにもできない小娘だったということでしょう。
「ここの侍女はすべて手の内にある。問題がないのだ。お前のそばにいる者は、すべて私の息がかかっている」
はっとする私に、陛下が手酌で杯に継ごうとして止まる。酒瓶を私に差し出した。
「ついでみるか」
「はい」
受け取り、差し出された杯にお酒を半分ほど注いだ。
「なぜ、贈られたものを開けることをしなかった」
問われても困る。
「……贈られるいわれがございません。
使ってしまって、開いてしまえば、受け取ったとみなされます。届くものは突っ返す間もなく届きます。外に出して雨風にさらすわけにもいきません。
ほとほと困っておりました。陛下が持っていく指示を出していただき、とても助かりました。ありがとうございます」
本心から感謝した。
「そういうところだ。女ならまず開けてみるようなところをちゃんと恐れる」
「怖いですよ。誰がどんな意味を込めておくってきている物ともわかりません。陛下の寵愛を一身に受けているという勝手なイメージが先行し、贈られてきている物です。それを身につけることで、どんな力関係の狭間に落とされるかわかりません」
そこまで口にして私はぶるっと身震いする。
「私を妃にされなかった意図も考えてみました」
陛下が私が抱いている酒瓶を取り上げて、再び手酌で杯にお酒を注ぐ。
指折り意図の候補を述べる。
「私を人目にさらさない。父が私の後ろ盾にならない。内政上、要職につかれている方の後ろ盾もない。そのような方から見て、場合によっては寵愛を受ければ厄介者になる。他の妃や妾に会わさない、または国の重役たちにも会わさないため」
色々述べたが最後の一つを口にする前に大きく息を吸った。
「世継ぎ問題。これが、この国にはあるのではないでしょうか」
これだけはしっかりとした声で高らかと告げた。
陛下は目を杯にくべて、薄く笑う。正しいとも、間違っているとも言わない。答えはないだろう。
「私は小さな国の姫です。小さな国は、周辺の大きな国の変化に飲まれやすいです。ですので、内部は割と結束しています。内側で対立していましたら、付け入る隙ができてしまいます。
大きな国は、外に怖い敵などないのではないでしょう。だからといって小国と違い平安であり安泰かといわれたら違うのではないでしょうか。きっと内側では私のような者には推し量れない問題が渦巻き、魍魎が跋扈していてもおかしくはないと思っております。
世継ぎ問題など、その最たることでしょう。
陛下にとって私は幼子です。
年齢からみて、陛下がお望みになる女性が為すことを学ぶ間もなく宮に入れられました。父からしてみれば、これから教えるところが抜けていたのだと思います」
「国の内情に思いは馳せても、男女の機微には疎く、男に媚びうることはまなんでいない。そういうことだな」
「おっしゃる通りです。父からしてみれば、私の召し上げは青天の霹靂であったことでしょう」
じっと見つめていた横顔がこちらをむく。
「晴天の霹靂だと思うか」
私は頷く。
堰を切ったようにしゃべり続けてしまう。
「私は、陛下にとって、何なのでしょうか。なぜ毎夜私を呼ばれても、伽の相手で終わるのでしょう。お話するためだけに、私を召し上げたのでしょうか。私はなんのためにここにいるのでしょう」
陛下が、つまみのなかにある肉を燻した一品にフォークをさした。
「お前は、肉が好きか」
「……はい……」
肉片が刺されたフォークが私の眼前に近づく。
「ついばめ」
命じられたままに差し出された肉片を食んだ。
「お前は、可愛い小鳥だ」
口に含み咀嚼し始めると、なぜか陛下はほほ笑んでいた。
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