続29話 青龍です。<助けて>
白い四角い布の四隅にヒマワリの刺繍がされている。
「お嬢はヒマワリみたいだから・・・刺繍してみたよ」
今日も塩むすびを持って保健室に入ったら、ミシルがおずおずとハンカチを差し出してきた。遠慮なく広げて見れば、可愛いヒマワリが刺してあった。
ハンカチとミシルを交互に見る。え?・・・え?
「材料はルルーさんに貰った物だから申しわけないんだけど、お礼に受け取って、下さい。・・・いつも、私に良くしてくれて、ありがとう」
・・・やばい、はにかむミシルが可愛い・・・!
「さっき学園長が来て、そろそろクラスに出ても大丈夫だろうって・・・お嬢の、おかげです」
あああああ可愛い! まだまだ痩せているけど顔色が良くなっただけでこんなに可愛いとは! 水色の目が輝いて見える。
ガッ。
「いてっ」「お嬢、ヨダレ」
ハッ!? いや垂らしてないよ!
後頭部をチョップをしたマークを睨む。ルルーは苦笑。
「お嬢様、受け取ってくださいますね?」
「あ、はい!もちろん! ありがとうミシル! 嬉しい!」
良かったとホッとする顔に、あぁ、なごむ~・・・
改めて、差し入れの塩むすびを皆で食べる。
学園医のマージさんもすっかり米に馴染んだ。
「コメって本当に腹持ちが良いわよね。間食が減ったものだから旦那に何か病気か?って言われたのよ、まったく失礼しちゃうったら」
まあ確かにぽっちゃりではあるけど、ちょっぴり(これ、重要!)ふくよかなおばさんなマージさんは顔つきが穏やかなので「優しいお母さん」っぽい。
お医者なので当然仕事の手際もいい。ミシルが血を吐いた時もだったけど、それ以外にも包帯なんてあっという間に巻き終える。
マークとの特訓中に怪我をした子を連れてその手際を見た。
ちょっとホームシックにかかった子たちのいい相談役でもある。
そんな彼女でもミシルを籠絡できなかったのだから、なかなかミシルは手強い。
そのミシルがハンカチをくれる日が来るとは・・・嬉しい。
そして、この上達速度におののく・・・
「おにぎりは焼いても美味しいんですよ! 次は醤油味と味噌味と二種類作りますね」
「あら楽しみ! ショーユってこの前豚肉を調理したものよね? あれも美味しかったわ~。寮の食堂は大繁盛ね。ミソがわからないけど、あなたが持って来る物だから美味しいわね、きっと」
あ、そか。出汁を海産物に拘って味噌汁を作ってなかったけど、豚汁でもいいのか。よし、次の休みは豚汁作ろー! あ、茸もあるから醤油味でけんちん汁でもいいか。・・・うん、まずは肉で釣るか。
「お嬢のご飯は何でも美味しい・・・村は皆が貧乏だったから、お嬢のご飯を食べさせたい」
あざーす! ご要望があればいつでもどこでも作りますよー!
「任せて! ミシルの魔力の件が片付いたら村まで作りに行くよ!」
「!・・・ありがとう・・・卒業したら、お願いします」
「何言ってるの、長期休みの時でも良いのよ?」
ええ!?と驚くミシルも可愛い。
「だってお腹空かせてるんでしょ? いっぱい食べさせるわよ~」
ゆっくりとミシルの顔が曇る。
うわしまった! 急かしすぎたか、失敗!
反省しているとミシルがおにぎりを置いて手を握りこんだ。
「あの・・・、本当は、私、何も、・・・わからないの」
ん?
「お母さんと、海に落ちて、二人でどんどん沈んで、底で、何かが光ったと思ったら、黒い物が・・・お母さんを・・・通り抜けて・・・・・・私の、方に、来ようとしてたお母さんが・・・ぐったりして・・・お母さんを助けなきゃって、滅茶苦茶に泳いで、ぐるぐる廻って、痛くて、苦しくて・・・・・・気がついたら、浜に立っていたの・・・」
小刻みに震えるミシルを、私とマージさんが両脇から抱きしめる。
「何だか、よく分からなくて・・・でも、自分の体がおかしくなったのは分かって・・・助けを呼ぶと、体中が痛くなるの・・・友達が来てくれて、嬉しいって思うと、何かが体から飛び出して、友達を傷つけた。・・・ご飯を持ってきてくれたお母さんの仲良しのおばさんたちも、傷つけたの・・・」
私たちの手を握り、静かに涙を流す。
「恐かった、恐いよ。お母さんは起きない、死のうと思うだけで、体中が痛くなる。体力をつけようとすると、わからない力が、体から飛び出す、それを止められない、・・・ご飯を食べなければ、飛び出ない・・・!」
ミシルが私を見る。
「・・・恐いよ、恐い。また、誰かを傷つける、それが恐い」
自分の中のわからないモノが、優しい人ばかり傷つける。
帰りたい、お母さんとあの村に帰りたい。
だけど、独りも辛い、独りも、恐い。
目覚めないお母さんのそばにいるのが、辛い。
でも、お母さんがいなくなったら、もっと恐い。
私はミシルを抱きしめた。ミシルが私の服を掴み、肩に顔を埋める。
「・・・誰か、助けて・・・!」
細い、細い体。領地の外ではまだまだこういう子たちがいる。
だけどミシルに憑いているのは、政治ではなく魔物だ。
いったいこの娘が何をした? 母親が村の誰かが何かした?
ミシルの話も、学園長から聞いた村長の話も、特に何も落ち度はないと思う。
ミシルは、誰も傷つけたくなくて籠っていた。
村人は、ミシルが帰って来られるならと見送った。
「わかった。・・・話してくれて、ありがとう」
と、言いつつも現状維持しかできないのがもどかしい。
とにかく何をするにも体力なので、ミシルには今まで通り色々食べてもらう。
そうして、短くても一年くらいを目処に進めようと亀様と学園長と話し合ったのだけど、あっと言う間に事態は動いた。




