27話 ヒロインです。
「気分はどう?」
ゆっくりと目覚めたミシルに、学園医マージ・モンターリさんが穏やかに問いかける。ミシルは目を見開きマージさんを食い入るように見た。その表情は明らかに困惑していて、マージさんも困惑した。
「・・・・・・何とも、ない、です?」
ミシルにそう返され、すぐに微笑み「私たちも何とも無いわよ。あなたは今目覚めるまでスヤスヤと眠っていたわ」と言った。窓を見れば、カーテンの隙間から見える外は暗い。もう夜だ。
途端、ガバッ!とミシルが上体を起こす。
治癒魔法が効いたとはいえ元々の体が貧弱なのだ、案の定貧血を起こしたようによろめき、マージさんが支えた。
「落ち着いて。この部屋は学園の保健室で私は専属の医師だけど魔法は使えないわ。よく聞いてね? 今この部屋にはいつもよりも色々と魔法が掛かっているの。学園長が保健室ならしばらくは落ち着けるだろうと仰っていたわよ。魔力のない私があなたといて平気でいられるのがその証拠なのですって。さ、もっと寝なさいな」
呆然としたミシルは、マージさんの手によってゆっくりベッドに寝かされた。
マージさんがベッドの端に座り、優しい目でミシルの額を撫でる。
「休める時は休む。魔力を制御するのならそれも大事でしょう? ゆっくりなさいな。あぁお腹がすいたのなら何か持ってくるわよ?」
ぐ~~ぅ
いらないと言いかけた口はそのままアワアワとする。マージさんはにっこりとして「食べたいものはなあに?」と聞いた。
「ハイ、こちらが新しい腕輪です。ミシルの吐いた血を使いましたが主に亀様の魔力で出来てますので、今回ぐらいの暴走なら平気じゃないでしょうか」
「すまんのぅ、こんなに保たんとは、驕っていたわ」
ミシルが保健室で寝ているので、寮より近い学園長の部屋にいる。
思っていたよりも質素だけど、思っていたよりもだいぶ散らかっている部屋に、ルルーが片付けたそうにさっきからうずうずしている。
あ、夕飯は寮で食べてきました。シチューが旨かったー!
「学園長が前以てミシルに掛けた魔力封じのおかげで、私は傷を負わないで済みましたよ?」
「だが、あの子は倒れた・・・」
「そうですね。とにかく私はミシルを攻略します! 絶対太らしちゃる!」
「「そっち!?」」
学園長とマークがハモる。そうだよ!
魔物に関しては私には亀様を頼ることしかできない。
シロウとクロウの時は、白虎の眷属だという事、魔力をどうにかしたいと風の遣いが思ったからこそ出来たのだと思ってる。
だいたい、風の遣いと私を合わせてやっとこどうにか白虎と同等にできたのだ。シロウとクロウが私を主と扱ってくれるから忘れそうになるけど。
白虎だってサリオンを蔑ろにはしていない。食事だって白虎には必要の無い事なのに、コトラとしてサリオンのために三食食べている。
《ピーマンはきらいみたいだぞ。ピーマンをみると鼻がツンとするのだ。ははっ面白いな》
とピーマンをもしゃもしゃと食べながら、サリオンの嫌いそうな他の物を教えてくれる。子供たちともとても仲良しだし、取っ組み合いのケンカもする。
ドロードラングに居る喋る魔物は、私たちに優しい。
薄い本でさえヒロインは原作ゲーム通りに世界を平和に導く中心だった。
だから私が思う平和の象徴はヒロインでもある。
だけど、ヒロインが一人で全てを解決するわけじゃない。たくさんの人と力を合わせた結果だ。
私は、そのたくさんの中の一人になりたい。
健康的で可愛らしいヒロインは、家事と伸びない成績にウンザリした時の私の癒しだった。
・・・それが! あんなガリガリで! 愛想の欠片もないなんて! ショックでしかない!
話し合いで解決できるなら、ミシルの魔物もミシルを助けてくれないかな~
学園長の話では、ミシルはアーライル国からは遠く遠く離れた島国の漁師の村の出身だそうだ。
教室での自己紹介では名前と国名しか言ってなかった。声が小さくて聞き取れなかったけど「にほん」とは言ってなかった。
海の神を奉っていて、毎年決まった時期に大きな筏を海に浮かべてそこで舞を奉納しているのだが、三年前にその役をするミシルの母が誤って海に落ちた。
舞を継承すべく、傍で見学をしていたミシルと共に。
自力で浜辺にたどり着いたのはミシルで、その背に背負われた母親は死体となっていた。が、そのまま家に入って外に出ることもなくなった。
友だちが誘っても出てこない。食事を差し入れても半分は残す。ミシルが何時までも母親の遺体の傍にいることに不安になった女たちが家へ入ると、一週間経ったのに少しも朽ちた所の無い、ただ青白い顔で眠っているだけのような母親と、ぼんやりと座っているミシルがいた。
村中の金をかき集めて医者に診てもらったが、母親は死亡していると診断される。熱も無く脈も無い。だがミシルは認めず、ますます籠る様になった。
一月経つ頃、ミシルの唸る声が聞こえるようになってきた。近所の者が慌てて飛び込むと、蹲って苦しそうにしてるミシルがいたが、その隣人と目が合うと「来ないで!」と叫ぶ。
異様な雰囲気にのまれかけたが、ミシルが苦しむ姿に我に返り近づくと「駄目!」と家の外まで村人は何かに弾き飛ばされた。
ヨレヨレと歩き扉に寄りかかるミシルは「近寄らないで」と言って扉を閉めた。
そうして何人も、または何度も怪我を負う村人が増えた。
その度に「寄るな!」と言うミシル。
ミシルのげっそりとした容貌にいつまでも朽ちない母親。日毎に傷が増える家。
海の神の呪いでは?と、村では静かに噂になった。
ミシルは姿を現そうとはしなかったが、扉を隔てての会話には応じた。
村長が、ミシルと母親の状態は呪いなのかと聞くとわからないと答えた。
海に落ちて、何かの影を見たような気がしたが、よくわからない。母は動かなくなり、自分はそれ以来苦しい。自分の制御ができない。どうしたらいいかもわからない。
恐い。
医師の診察代も高いが、魔法使いへの依頼料も高い。
金の無い村は、ミシルたちの家を村の外れに建て直した。どの家も掘っ建て小屋だ。すぐに出来た。
近くに畑もない茸も生えない林の入り口。
そこに二人が移ってから誰も寄り付かなくなった。
時々ミシルの悲鳴が聞こえる以外は、静かな家だった。
その悲鳴に堪えきれずに助けようと扉を開けた者は切り傷を負う事になった。
ミシルが叫ぶ。
「だから! 近寄らないで!」
悲鳴は昼も夜も関係なくなった。
もう誰も近付かなかった。
二年半でどうにか依頼料を稼ぎ、隣街のギルドに依頼を出した。一番安い依頼料だったので魔法使いの質の保証は無いよ?と受付に言われたが、それでも構わないと村長は言った。
最初の魔法使いは村まで辿り着けずにギルドに戻った。「何だか変だ」と。
保証は無いよと言いつつも、ギルドの体面の為、少し上のランクの別な魔法使いをまた村に送った。が、今度は家まで辿り着けずに戻って来た。「村の雰囲気が変だ」と。
次はもっと上のランクの魔法使いを送ったが早々に帰ってきた。「あれは無理だ!」と青い顔で。
そうして四ヶ月後に村に現れたのは、アーライル国という内陸にある国の、髭の立派な魔法使いだった。
村人たちの見守る中、その老魔法使いは悠々とミシルの家に入って行った。そうして出てきてから家を一周すると、ぼおっと地面が光る円を描いた。
村長が何をしたのか尋ねると、何事も無かったかのように魔力封じの結界を張ったと言った。
「これであの娘さんの魔力も少しは収まるじゃろう。急に全部抑えると逆に体に負担がかかるでな。まあ完全に安全ではないからあまり近寄らんように。して、何があったのか教えてもらえるか」
村長は自分の知っている全てを話した。他の村人も同じ情報しかないが。
家に招いて茶を出すこともせずにその場で説明を済ませた事に後から謝った。だが老魔法使いは気にせずと笑った。
老魔法使いも原因はわからないと言うので村人たちはがっかりしたが、「娘を預かりたい」と言われると不審な顔を見せた。
「ワシはアーライル国で魔法学園の学園長を務めるリンダール・エンプツィーという。娘さんの方は、魔力を制御できるようになれば普通に生活ができるじゃろう」
「魔力? 呪いではなく?」
「魔力じゃよ。ただ、母親の方はわからんが」
「・・・制御できれば、できるようになれば、本当にミシルは普通に?」
「それを学ぶ為の学園じゃ」
村人が何人か泣き崩れた。これでミシルが元に戻ると。
「ところで、母親は舞師との事だが何か特別な力があったのかの?」
「いえ何も。舞を踊る以外は村人と同じ仕事をしていました」
「ちなみに、この村で奉っているものは?」
「竜神です」




