続12話 またのお越しを。<歯ブラシ>
「お嬢よ、"歯ブラシ"とは素晴らしいな! 留守居の者たちへも欲しいのだが在庫に余裕はあるか? もちろん支払うぞ」
昨夜の喧騒後、侯爵ご一行を屋敷に準備した来客用の部屋へ案内した時に歯ブラシの説明をした。
この世界にも歯みがきという行為はある。が、指で歯を擦るというもの。まあね、それで虫歯にならないのだから放って置いていいのだろうけど・・・・・・ザラザラが、歯のザラザラが気になるの!!
ということで、ずっと「毛」を探していた。大豚は毛がないし、大イノシシは剛毛過ぎる。兎っぽいやつの毛は柔らか過ぎて、ネズミっぽいのはちょっと使う気になれない。定番の馬毛かと思ったのだけど、こっちの馬は毛の伸びが遅い様子。馬をハゲたままには出来ん!
アレコレと探して試している内に、騎馬の国で見つけました!
狼の毛! コレが丁度良かった!
騎馬の民にとって狼は基本、敵ではないらしい。仲が良い訳でもないが、丁度いい距離を保っているのだそうだ。狼は遊びで狩りをすることが無いそうなので、獲物が被った時は狼に譲るそう。人間が保存食を必要とする時期は、狼はあまり狩り場に姿を現さないらしい。
狼との共存。なにこのロマン!
夏毛冬毛を半々に混ぜたものが標準歯ブラシの普通とやわらかめの中間の硬さで、私的にはベストの出来。
毛を集めるのに一年かかるけど、まー、何頭いるのか、毛の抜ける時期に使ってもらおうと作ったフェンス(鉄製。ひし形模様の、うっかりよじ登れるヤツ。高さ一.五メートル、横三メートル。折り畳み式)に、毛がびっしりくっついているのを見た時には、ちょっと萎えた。
いや、使い方を教えてもいないのに気に入ってもらえて嬉しいよ!? 予想以上の毛の回収量にげんなりしただけだよ!?
で、それを丁寧に洗浄して整えて、トレントの端材をつるりと滑らかに加工したものに差し込んで固定。口の中に入れる物だから気を使いましたとも。いやあ、細工師ネリアさんにほっぺを摘ままれた。お弟子たちにも摘ままれた。ふゅみまへん。
出来た物で、まずは奥さまお母さまたちに歯みがき講習会。歯みがき粉はまだ無いので、何も無しか塩少々。持ち手はこう、力はこれくらいで小刻みに動かします。と私が誰かに実践すると、くすぐったいと散々だった。いやいや、自分でやるとそうでもないから!
さあ!子供たちと旦那、恋人に試すがよい!
朝の歯のつるり具合にハマる人続出。ね!良いでしょ?
というわけで、侯爵たちにもおすすめしてみた。口に入れる物ということでだいぶ警戒してる中、やはり率先された夫人。素敵!
自ら使用し、その後旦那様、孫たちに実践。子供への磨き方をカシーナさんと私で説明。子供が大人の膝へ頭を乗せ仰向けになるあの格好。ちょっと恥ずかしかった・・・。歯の裏や奥歯を丁寧にしてあげて下さいね。まあ、孫二人はそこそこ大きいから自分でできるだろうけどさ。
今、侯爵がこう言うということは、寝る前にも使ってくれたのかな? 使用済みのはコップとセットでお持ち帰りいいですよ~。コップは、端材を合わせて作った玄人仕上げです。土木班がいい仕事しました!
・・・歯ブラシ製作で気の立ったネリアさんに仕事を回さないでと親方たちに土下座した甲斐があった。うん。
お土産分は遠慮なく代金をいただきます。
やった!
さて、昨夜は散々食べたので今朝は軽くヨーグルト。いやあ、出来るもんだね! ハンクさんがヨーグルトを知ってたから材料が揃ってから出来上がりまでが早かった。蜂蜜を好きなだけかけてどうぞ。
私らはサンドイッチを自作。料理班のメンバーも半分が二日酔いなので、準備の楽なバイキング形式。具材は昨夜の準備中に用意していたもの。食べ盛りがたくさんいるから、あっという間に具の皿が空になり、すぐさまおかわりが盛られる。
・・・量のオカシイわんこ蕎麦みたい・・・
ちょっと乗せすぎた具を無理矢理耳付き食パンで挟んで行儀悪くかぶりつく。あ、こぼれた。皿の上だからオッケー! ああ、ウマイ!
「ふふっ! はしたないけれど、美味しそうにたべるわねぇ。その四角いパンは?」
ヨーグルトを食べ終えた夫人が笑った。
「これは、食用パンと言いまして、こうやって食べたい為に作りました。四角い型に入れて焼いたものを食べやすい厚みに切ります。夫人も少し召し上がりますか?」
「食べたいけれど、まだお腹がいっぱいだわ」
「ではお昼に食べましょうか。もちろん、こぼれたりしないように食べやすい物を用意します。ふふ、昨夜は特別な日用の晩餐でしたので、つい食べ過ぎてしまいました」
「朝からその量を食べていて何を言うのか・・・」
侯爵、そこは乙女の秘密ですよ。
「本日も色々案内をさせていただきますので、体力をつけないといけません」
気付いたようにげっそりする侯爵が面白い。色々あるのか、とぽつりと言う。楽しみだねと言い合う孫兄妹を遠い目で見ている。
今日はまずは書斎からですよ。
「ふむ。綺麗にまとめられておる。誰が引き継いでも解り易いだろう」
「兄上が教えて下さったからです」
帳簿の確認をした侯爵にクラウスが少し頭を下げる。保管庫に貯蔵されてる十年分の食料に侯爵はフラッとなったけど、それ以外は特に不備は無かったようだ。
気になるかと思って、スケボーやらホバー荷車の製作手順と使った魔法を書いた物も準備した。それを見た侯爵は難しい顔をする。
「儂が見ても魔法は分からんのだが、見てもいいのか?」
「いいですよ。夫人の車椅子に不具合が表れましたら、それを元に修理か新しい物を作り直してもらって下さいね」
侯爵が愕然とした。
「お前は魔法使いとしてもおかしい。普通は自作の魔法は弟子以外には教えぬものだぞ」
弟子って。もともと領地には私以外魔法使いはいないし、他の魔法使いに作ってもらえなければ、今後車椅子を誰が修理するのか。困るのは夫人だ。
「おかしい」自覚はある。そうでなければ復興できなかったかもしれない。
だからいいんだ。「変人令嬢」だし~。
「悪用しようとすると亀様が動くという保険があるので特に心配はしてません。遠慮せずお持ち帰り下さい」
にこりとしてみた。
「それでは、逆に恐ろしい物になるわね」
眼鏡をかけた夫人がクスクスと笑いながらこちらに来た。車椅子を滑らかに操作してる。手すり?の先のレバーを使って方向転換やブレーキをかける。上手いな~。
車椅子と言っても別に折り畳み式にしなくてもいいので、座り心地重視の足置きのある脚の無い椅子である。
背もたれに取手が付いていて、従来通り誰かに押してもらえるし、手元のレバーで自走もできるタイプ。低反発と高反発のどちらのクッションも作り、その日に楽な方を使ってもらう付け替え式。手元のレバーのブレーキを固定すればその場から動かないようにも設定。とりあえず思いついたものは詰め込んだ。
それと、度の合っていない眼鏡のレンズ部分を取り換えた。
夫人の血が欲しいと言えば、案の定夫人以外がざわついたが、本人はアッサリと針を受け取り、指から採取させてくれた。もちろん即治療。
視界が良好になると、昨夜の花嫁衣装をじっくり見たいと言う。どうぞどうぞ!是非!
「眼鏡を魔法で作るとは・・・」
レンズ部分だけですよ。縁は細工師に発注です。魔法陣、お付けしますぜ、侯爵。
黒魔法だろうと上手く使えば経済的ですよ~!
「欲が無いのか欲深いのか、よくわからんな・・・」
欲深い方の自覚はあります!
「お嬢様だからこそできたという可能性もあります。兄上が検証してくださいませんか?」
ん?魔法使いなら皆出来るんじゃない?
「・・・そうだな。下手な所に持って行って変に広まってもいかんだろう。わかった。眼鏡の魔法陣も貰おう」
まあ、検証は大事よね。特許があるなら取ってしまいたいな~。そしたら領地にいくらか入るよね?・・・私がいないと無理か?
「あの、私のも、眼鏡をお願いしたいのですが・・・」
控え目に侍女さんが聞いてきたので二つ返事で作ってあげた。彼女のは片目用だったので、ネリアさんに予備の縁を調整してもらい、新たに両目眼鏡にした。
うわっ、この細い所に飾りが! ・・・ネリアさんもオタクだよね~。
「軽い!痛くない・・・! それに、とても良く見えます! ああ奥様! また奥様の刺繍のお手伝いができます! サレスティア様、まことにありがとうございます・・・」
感極まった侍女さんが私の手を両手で握る。ネリアさんの手も握る。お役にたてて何よりです! え、お支払いいただける?ありがとうございます!
ちょっと脱線はあったけど、残りの領地視察に出発。服飾関係の建物を新たに建て、染織棟、機織り棟、服製作棟でまとめてみた。おかげで今回の見学が楽でした。
夫人以下女性陣は服飾班のメンバーとあっという間に意気投合。なぜか何着かのドレスの注文をしていた。
・・・まあいいですけどね・・・うちのお針子仕事早いから。え?今度は夫人作の刺繍を持って来て?それに合わせた染織を?
「生き生きしとるのぉ・・・」
・・・ならば良し。好きにして下さい。料金は後程擦り合わせましょうね。
土木倉庫をさらっと見て、鍛治場では今度は男性陣が懐刀に反応。サバイバルナイフの折り畳み式に興味津々。重さは?強度は?と親方たちを質問攻めに。
土木班、鍛治班の共同製作。元は、避難袋にナイフを常備するのに、子供たちには危ないのではないか?というとこからの製作である。剣のように鞘を付けるか?と始まり、私の折り畳み式にすれば?の一言が採用。使用する時は果物用のペティナイフくらいのサイズになったので、携帯用包丁としては良しとなった。
で、ペーパーナイフをこの仕様にして欲しいと、こちらも発注された。ポケットに収まり、握りの丁度いいもの、だって。
・・・まあ、親方たちも工作好きだからね。好きにして下さい。料金は以下同文。
「なんじゃあこりゃあ・・・!?」
侯爵、その台詞昨日も言いましたね。
私が今回侯爵たちに一番見せたかった物、それは、ジェットコースターです! 観覧車も造りました! メリーゴーランドもあります! そしてうちの定番、トランポリンハウス!
遊園地と言うには物が少ないけれど、子供たちの意見を重要視して製作しましたー!
あ、ジェットコースター以外はうちの大人たちにもまあまあ好評でした。
なので、ジェットコースターからいってみた。
ぎぃいやあああぁぁああああぁぁぁあああ!!!
流石侯爵、声が通る。
乗車後、救護所を使ったのは侯爵だけでした。
アンディはジェットコースターをとても気に入ってくれたようで何回も乗ってくれた。レシィはメリーゴーランドがお気に入り。アンディと馬に乗り、夫人と馬車に乗り、とても喜んでくれた。夫人はゆっくり動く観覧車が良かったと言ってくれたし、侍従さん、侍女さんたちも、それぞれに気に入った物に二、三回ずつ乗ってくれた。
アンディとレシィはうちの子たちともトランポリンを楽しんだ。
「どうですか、これ?」
「・・・儂には・・・無理じゃぁ・・・」
スライムに似せた氷嚢もどきをおでこに乗せて横になっている侯爵は小さな声で返してきた。
合掌。




