続5話 出稼ぎです。<砂漠の国の女>
私がつらつらと考えてるうちにも二人のやり取りは続いていた。
誘拐犯の女は隣国で戦争の噂の出た国、タタルゥ国の民だそうだ。ルイスさんたちの説明で知った、国の半分が砂漠の騎馬の民の国。
遊牧を主体とした二国、タタルゥ国とルルドゥ国はその間に湖を持っていた。ごく少数の定住者が畑作をしていたが、ルルドゥだけが何年か前に大規模な農地改革をした。
それまでは二国と言っても国境はあって無きが如しで、放牧で国境を越えることはざらに有り、少々ならばお互い様と暗黙の了解だった。
ルルドゥの農地改革から国境は厳格に区切られ、どこからの融資で始めたのか国土の殆どを農地とした。大規模な灌漑工事をし、それはそれは羨ましくなるほど栄えた。
タタルゥ国はそれを眺めながらも従来通りの生活を続けた。ルルドゥ国で定住に馴染めない者は、タタルゥ国に流れて来たらしい。
そうして過ごすうちに変化が起きた。
湖の水が減った。
湖で漁をする者が大量に浮く魚を報告してきた。最初は毒でも流されたかと騒ぎになったが、同じ魚が泳いでいる。ちょうど暖かくなる時期だったので、そのせいだと誰もが思った。
しかし水際の位置が下がった気がすると漁師が湖をぐるりと見回ると、ルルドゥ国側の湖が干上がっていた。
ルルドゥ側の湖は大きな池程度になっていた。
湖に流れ込む川からも農地への水を引いていたので結果的に湖の水量は減る。たくさんの畑に撒く為に大量の水を使わなければならないから。
慌てたタタルゥ国首長はルルドゥ国に行ったが、ルルドゥ国の首長は現状をわかっていてもどうすることも出来ないと自虐的になっていた。急に豊かな生活を手に入れてしまったから、ルルドゥ国の誰もが前の素朴な生活に戻りたがらなかった。
しかしこのままではタタルゥ国でも水が足りなくなる。
タタルゥ国にも湖に流れる川はあるがルルドゥ国の川より小さい。少しの野菜を作るのにもやはり水はそれなりに必要なのだ。
ルルドゥ国では国民の反対で農地の縮小も出来ず、その農地を潤すために湖から遠い地区からどんどん土地が干上がっていく。だが湖の水を止めることが出来ないまま、とうとう池になってしまった。
その為ルルドゥ国では川の水を巡って争いが起き、部落のいくつかが無くなってしまった。タタルゥ国に逃げて来た人もいたが、質素な生活に耐えられず、それならばと若者たちは外国に行ってしまった。
みるみるうちに人が減り、ルルドゥが国として立ち行かなくなりかけた時、融資をした者が貸した金を返せと言ってきた。
ルルドゥ国の首長はこの時にやっと、自分たちが嵌められた事に気付いた。
兵力として組み込む為に、土地という国力を削がれたのだ。
騎馬の民の戦闘力は高い。剣、槍、弓と、主に狩猟生活のため、大抵の武器を使いこなせる上に機動力がある。馬の持久力は大陸一と言われている。痩せた土地でも国民が少なくても、独立していられたのはこの能力があったからだ。戦いの歴史だが、だからこそ民は誇り高い。
だが、それが崩された。
タタルゥ国ではルルドゥ国を受け入れた。元を辿れば同郷なのだ。遥か昔に国を分かつともお互い様だったのだ。
そして今合わさった結果、誇りをかけて戦うか、誇りに添って自決するかの選択の最中だそうだ。
タタルゥ国の女は言う。貧しいことは恥ずかしくはない。ずっとそうしてきたし、その生活に満足なのだ。
騙された事に気づかなかった事が悔しく、誇りは驕りとなって心を刺す。
女は土地さえ元に戻ればやり直せると信じている。
ただの希望で、妄想だ。
それでもそれにすがるしか、思いつかない。
「私は、娘や息子に、子殺しをさせたくはない!!」
これが動機。
「・・・それでも、その子を拐って良い理由にはならない」
女の叫びに、冷静に返すクラウス。
「私にはもう・・・いや、元から何も無い。罪を犯すしかないのだ。それで国の子供たちの助けになるのなら、どんな罰でもこの命の限り受けよう。死しても魂が謗りを受けよう」
私からは後ろ姿しか見えない。この女の後ろの世界は、この人に守られている。
「虫のいいことを言っているのはわかっている。神には祈った。体は売れもしなかった。無駄死にも構わないが子や孫が不憫だ。時間が無い。せめて、孫たちを助けてもらえないか・・・」
クラウスと私の目が合う。
「どうしますかお嬢様?」
「そうね。とりあえず現地を見たいわ」
女が目を丸くして振り返る。
「あなた、どんな神様に祈ったの? 随分と引きが強いわね!」
私は亀様を抱っこしながら立ち上がり、笑った。
***
というわけで、亀様の能力を使って瞬間移動?をし、私がはぐれた街で一座を回収。誘拐犯の女の国・タタルゥで現在炊き出しをしております!
いやホント亀様様だわ~。有難いほどめちゃくちゃだわ~。このまま依存し過ぎたらどうしましょ~。
野宿もするつもりだったから道具は揃っているのよ。っていうか、避難先で困らないように子供たちのリュックにも色々と入れてる。食料は一週間分。大人(成人以上)は基本一ヶ月分。
ここまで保存と量を無視する魔法ってすごいわ~。
持ってる材料でごった煮スープを作る。
ええもちろん野菜を切りながら怒られましたよ。「何で大人しくしてるんですか!」と。
・・・ちょっとさ~、皆私に対しておかしくない? 普通は誘拐されたら大人しくしてるでしょ?
「お嬢が普通なのは寝ている時だけッス!」
トエルさんに言われた! 味方だと思ってたのに!トエルさんに言われた! なんか悔しいから繰り返す。自爆した気もするけど繰り返す。
《寝てた》
亀様ーーっ!!? それ今黙ってて欲しいヤツ!!
「「「やっぱりね」」」
子供たちが頷いている。
あぁ、私の威厳が~・・・・・・うん、元々無かった!
腹が減っては頭も働かないのでまずは食べよう!
残ったら保存すれば良し。
ひととおり食べて子供たち同士は遊び始め、母親たちはそれに付き、残った大人プラス私で青空会議。
「さて、食べながら現状を確認させてもらったけど、こちらの案としては土地の回復を待つ間、ドロードラング領に皆で来て欲しい。タタルゥ国及びルルドゥ国の全員ね。今収穫出来る農作物、家畜、あとは移動式の家も全部持って。戸建ては無理だからそれはごめん」
呆気にとられる中、誘拐女改め、ダジルイさんが恐る恐る手を挙げる。
「あの、それは、可能なのですか?」
「うちは今切実に人手が欲しいの。食べ物は間に合うようになったけど、もの作りとか、産業と呼べるようにするには人数が少ない。戦争が起きるのを待って難民を当てになんてしてられないし、何より戦争なんて無いにこしたことはないわ、馬鹿馬鹿しい。あなた方は住む場所は狭くなるし我慢してもらうことも多いけど、今ここに集まったのが全員なら、まあ、何とかなるかな?クラウス」
「大丈夫でしょう」
クラウスが言ったのなら確実。私のどんぶり勘定はギリギリだけど、まあ何とかしましょう。ルイスさん他が引きつっているけど、よろしくね~。
「ルルドゥ首長が契約書を捨てなかったのは良かったわ! コレ、預からせてもらうわね」
ルルドゥ首長から先ほど受け取った、まあまあ雑な契約書。こんなのでよくもここまでやってくれたもんだわ。俄然やる気の出た私を見ておののく騎馬の民。
もはや慣れたクラウスは私から契約書を受け取り、丁寧に畳んで懐にしまう。その隣でルイスさんが「こんな人使いの荒い上司いませんでしたよ・・・」とぼやいた。
適・材・適・所! 集団でコレ大事よ~。バリバリやるわよ~。
嫌なら後進を育てなさい。ふはは!
《早くて五年だな》
両国の土地診断をしていた亀様が呟いた。
早っ! 砂漠化した土地を元の状態に戻すのにそれだけ!?
やっぱり亀様、神様じゃん。
《元に戻すだけなら直ぐだが、それは後の枯渇も早い。力を注いで地力をみながらの回復が良かろう。それでも五年はかかる》
亀様の言葉を聞いて騎馬の民がひれ伏した。
「ありがとうございます・・・!!」
ルルドゥの首長が誰よりも長く伏していた。
「お嬢~!ただいま~!」
走り回っていた子供たちが皆で帰って来た。
馬にさわったよー!花がなかったから草でかんむり作ったよー!かけっこ負けたー!羊も見たー!さわったー!臭かったー!もこもこだったー!
砂だらけになって笑い合う子供たち。一人一人お帰りと抱きしめる。騎馬の民の子たちは戸惑っていたけど、嫌そうではなかった。あぁ可愛い!
「それじゃあ、一旦ドロードラングに帰りますよ~!」
「「「はーーーい!」」」
そうして、タタルゥ国及びルルドゥ国には誰もいなくなった。




