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【本編完結済み】頑張り屋で甘え下手な後輩が、もっと頑張り屋な甘え上手になるまで  作者: 木ノ上ヒロマサ
第3章

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第157話『頑張り屋さんの浴衣姿』

 空が綺麗な茜色に染まる頃、浴衣への着替えを済ませた優人は家の前の塀に背中を預けていた。

 厳太郎のお古ということで着せてもらった浴衣だが、確かに父の見立て通りサイズ的には問題ない。

 落ち着いた灰色の布地に青の帯。ぱっと見の印象としてはやや地味かもしれないが、優人の性分的にもこれぐらいがちょうどよかった。


 ついでに整えた前髪の先を手直ししつつ、風情を出すためにと持たされた巾着袋の中身を確かめる。祭りで使う分のお金やスマホが入っているのを改めて確認し終えると、優人は家の玄関を一瞥して小さなため息をついた。


 まったく、いくらデートの雰囲気を出すとはいえ、わざわざ家の中でなく外で待たされるというのはどうなのだろう。

 せいぜい五分程度とのことだし、すでに日が傾いて鬱陶(うっとう)しい日差しも落ち着いているので、待つこと自体は別に苦でもなんでもないのだが、楽しそうに優人を外へと追いやった安奈には半ば呆れてしまう。


 さながら今の優人は、彼女の家に迎えに来てあげた彼氏といったところか。

 でも本来ここは自分の実家なんだよなあ、と拭えないちぐはぐさにまた一つため息混じりの苦笑いをこぼすと、玄関の扉がガチャリと音を立てる。

 やけにゆっくりとしたペースで開いていく扉に少し身構えてしまう中、まずひょっこりと姿を現したのは待ち人の頭だけ。


 両サイドに一つずつ、お団子状に結われた髪がなんとも可愛らしい。


「……お待たせしました」

「おう。……別に急いでないから、準備に納得できてないならまだ待つけど」

「い、いえ、大丈夫だとは思うんですけど……こういうのはあまり、着た経験がないので……」


 首から下を扉の陰に隠したまま、淡く頬を染めた雛が目を伏せる。

 そういう態度をされると焦らされて期待値が余計に上がるのだが、口にすると雛が出てきてくれなくなりそうなので黙って飲み込む。

 やがて決心がついたのか、もしくは彼女の背後から微かに聞こえた「ほら雛ちゃん!」というやかましい野次に背中を押されたのか、おずおずと進み出た雛はその全容を明らかにした。


「変じゃないですか……?」


 雛がためらいがちにそう口にしてしまったのは、着慣れない和服だからなのが大きな理由だろう。振り返ってみても雛の和服姿なんてほぼ見たことがないし、あくまで安奈からの借り物だというのも雛の不安に拍車をかけているのかもしれない。

 だが、優人は断言できる。それはまったくの杞憂だと。


 薄いピンクのグラデーションがかかった白を基調とし、浴衣の各所で花を咲かせるのは紫や青の紫陽花(あじさい)。足された帯の赤色がさらに全体を引き締め、足下もしっかりと下駄を完備だ。

 そして、本人にはそういった意図はないと思うが、両手を前で合わせて肩を縮こまらせている様子がいかにも初々しさと奥ゆかしさを表現して相乗効果を生み出していた。


 雛を見慣れているはずの優人が見惚れるぐらいなのだから、雛は今の自分にもっと自信を持っていい。

 一つ咳払いして緩んだ意識を正し、優人は口を開く。


「変じゃない、よく似合ってる。大和撫子ってこういうことを言うんだろうな」

「それは黒髪が綺麗な人に言うべきでは……?」

「そういうもんか? まあ別にいいだろ」


 大和撫子の正確な定義なんて知らないが、少なくとも単純な美しさの水準(レベル)で言えば申し分なく達しているに違いない。そもそもそんじょそこらの黒髪では、手入れの行き届いた雛の群青色の髪の足下にも及ばないだろうに。


「ほんと……すごく綺麗だと思うぞ」


 口を突いて出た優人のだめ押しの賞賛に、雛の顔がぽふんと音を立てたように赤く染まる。「ありがとうございます……」と地面に向かって告げ、さらに縮こまってしまいそうな雛を見るのはとても眼福ではあるけれど、いつまでも玄関の前で立ち止まっていては意味がない。こういう時こそ彼氏のリード力の見せ所だ。


「ほら、そろそろ行こうか」


 雛の緊張を解きほぐすようまずはほっそりとした指先に触れ、少しずつ手を繋ぐ面積を増やしていく。恋人繋ぎが完成したところで雛も顔を上げ、頬を赤くしたままではあるが、柔らかい微笑みを口元に浮かべてくれた。


 夕焼けが照らす恋人の笑顔は殊更(ことさら)に美しい。

 間近にある魅力に優人が目を奪われると、くすりと笑みを深くした雛が不意に背伸びをし――優人の頬に口づけを一つ。

 そして、優人の方へと体重を預けながら耳元で囁く。


「優人さんもかっこいいですよ?」

「……そりゃどうも」


 それを返すので精一杯なのは筒抜けだろう。だから雛はやってやったとでも言いたげに小悪魔な笑みを覗かせ、繋いだ手が離れないようにとしっかり握り直す。

 二人は寄り添い合ったまま、花火大会への会場へと向かうのだった。

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