元最強、救助のため地下迷宮を進む
――剣の理・神殺し・龍殺し・龍神の加護・絶対切断・怪力無双・疾風迅雷:奥義一閃。
見敵必殺。
会敵と同時に魔物を斬り捨て、しかしそこで足を止めることはない。
一瞬たりとも速度を落とさず、ソーマはそのまま走り抜けた。
それを可能とするのは、ソーマと魔物の間に圧倒的な力の差が存在するからだが、同時に全力で走っているわけではないから、というのもある。
ある程度の余力があるからこそ、その余力の部分を敵を葬ることに使え、残りで走り続ける事が出来る、というわけだ。
とはいえわざわざそんなことをしているのは、そちらの方が結果的に早くなるから、というよりは、主にアイナのことを考えてである。
さすがに全力で走ったらアイナは着いてこれないだろうし、そんなことをしたら敢えて同行を頼んだ意味がない。
まあそれでも一階層一分のペースで踏破出来ているため、問題ないと判断したためでもあるが――
「分かっていたことではあるんだけど……相変わらず出鱈目ね……」
と、そんな呆れの声を向けてきたのは、そのアイナであった。
ちらりと視線だけを向けてみれば、その顔には声の通りのものが浮かんでいる。
他には多少の疲労が見られるが、問題になるほどでもないだろう。
それを確認すると視線を戻し、同時にはてと首を傾げた。
「一体何のことを言ってるのか、分からないであるが?」
「そりゃそうでしょうね。あたしも何のこと言ってるのか分からないもの」
「……? アイナ、ついにボケたのであるか?」
「え、そうなのですか、アイナさん? 一体何が原因で……」
「むぅ……さすがにボケた人間を連れて行けるほど余裕はないと思うのじゃが……。とはいえ、ボケたからという理由で見捨てては、それはそれで後味が悪くなりそうじゃしなぁ……」
「色々と出鱈目過ぎて特定の何かに絞れないって意味よ……! っていうかあんた達も乗るんじゃないわよ!」
叫べる余裕があるあたり、実際まだ大丈夫そうだ。
そんな確認の仕方をするなと怒られそうなので、口に出すことはないが。
「ふむ……とはいえ割と本当に心当たりがないのであるが……」
「階層一分ペースで踏破しといて、一体どの口が言っているのかしらね……?」
「とはいえそれはアイナ達も同じであろう? 大体最短距離と移動速度、あとは移動速度を落とすことなく敵を倒す事が出来れば、誰でも可能であろうしな」
「まずその時点で大半の人間は出来ないんだけど? それとあたしも無理よ。さすがに魔法はこの速度で移動しながら使う事は出来ないもの」
「わたしは……二十階層あたりまでならば自信があるのですが、ここら辺ともなるとさすがに自信ないのです。特にこの周辺の魔物は物理攻撃に耐性があるみたいなのですし」
「我はまだ何とかなりそうじゃが、まあこの時点で誰でもではないのは明らかじゃな」
「むぅ……おかしいであるな」
「だからおかしいのはあんただって言ってんでしょ。そもそも、今第何階層だと思ってるのよ?」
何故そんなことを聞くのかは分からないが、当然のように把握していないわけはない。
現在位置は、第三十階層だ。
「そうね。ついでに言うならば、今さっきあんたが瞬殺した魔物は、どう見てもエリアボスっぽかったわね? ここまでで何か言うことは?」
「ふむ……レコード達成おめでとう我輩、であるか?」
「あんた実は分かってて言ってるでしょ……!?」
まあ真面目に言うならば、何となく分かってはいる。
だがそれは別に、誇るようなことでもないだろう。
「別に今まで第三十階層までしか攻略されていなかったのは、単純に特級持ちがいなかったからであろう?」
「まあここに学院が移設してから、数年に一人上級が入ればいい方じゃったからな。そもそも特級持ちなぞ早々出てくるものじゃないのじゃし。今年が異常すぎるのじゃ」
「ということである。それにリナもアイナも、あくまで瞬殺するのは無理、というだけであろう?」
「んー、わたしは……さっきの魔物は兄様が瞬殺してしまったので断言は出来ないのですが、勝てないとは思わない、というところなのですかね。もっともやはり問題なのは、あのエリアボスよりも道中だと思うのですが」
「あたしは多分どっちにしろ無理よ。あたしは逆に道中はどうにかなるだろうけど、あのエリアボスに勝てる気がしないもの。道中の魔物は物理耐性で、エリアボスは魔法耐性とか、この迷宮を作った人性格悪すぎでしょ」
「ふむ……だが中等部を卒業する頃となれば、さすがに可能であろう?」
「わたしはどんな人とパーティーを組むことになるのかも分からないのでそれ次第ではあるのですが、まあ多分いけると思うのです」
「あたしも……まあ、そうね。多分いけるとは思うわ」
ならそういうことだ。
二人がそのうち可能なのだから、今ソーマが出来たとしても何の不思議もないだろう。
「それもそう……いやいや、やっぱおかしいわよね!? 今出来るのがおかしいんでしょうが……! しかもあたし達ができたとしても、今のあんたみたいにはやっぱり出来ないわよ!」
「おお、気付いたのですね」
「うむ、我てっきりあのまま誤魔化されると思ったのじゃ」
「だからあんた達もねえ……!」
そんな会話を交わしつつ下の階層へと向かい……ふと、ソーマは少しだけ口元を緩めた。
ありがたいと、そんなことを思ったからである。
状況が状況故に、どうしても気は急いてしまうが、焦ったところでどうにかなるようなことでもないのだ。
そんな中で日常を、いつも通りを思い起こさせてくれるこうしたことは如何にもありがたく、別にこのために連れて来たわけではないのだが、それだけでも同行してもらってよかったと思うほどである。
まあ思ったところで、それを伝える気はないのだが。
と。
「――む?」
「――ぬ。これは運が悪いのじゃな……魔物が固まっておるのじゃ。しかし最短距離はここを突っ切った先なのじゃが……」
第三十一階層に降り立ち、そのままヒルデガルドの案内に従って進むと、溢れそうなほどに魔物が集まっている広間へと到達した。
通称モンスターハウスなどとも呼ばれるこれは、偶然魔物が一箇所に集まってしまう状況のことだ。
勿論喜ばしいものではなく、出来れば避けるか、中の魔物を釣りながら、少しずつ減らしていくものなのだが――
「――ま、問題ないのである」
――剣の理・神殺し・龍殺し・龍神の加護・絶対切断・疾風迅雷・明鏡止水・乱舞:百花繚乱。
一呼吸を置く間すらなく、部屋中に無数の剣閃が走った。
直後に、乱れ咲き、舞い散る花の如きその光景の中を、変わらぬ速度でソーマ達が駆け抜ける。
一つ、アイナの口から溜息が漏れた。
「……出鱈目って言葉すら、そろそろ安っぽくなってきたわね」
「むぅ……ここまで形振り構わず先に進むとは、それだけシルヴィアが心配、ということなのじゃろうか……? 我ちょっとじぇらしーなのじゃ。というか、我が同じ目にあっても同じように助けに来てくれるのじゃろうか……?」
「わたしも気になるのです! ……と言おうと思ったのですが、考えてみたらわたしは既に助けられた側だったのです」
「……そう言われると、あたしも、一応そういうことになるのかしらね……?」
「む……? もしかして我、仲間外れなのじゃ……!?」
「この中ではそうなのですが、シーラさんとかもまだ助けられていないはずなので大丈夫だと思うのです」
「まだ、ってそのうち助けられるみたいじゃないの。……まあソーマなら何となくそのうちやりそうな気もするけど」
「はいはい、先に進むのである」
そんな戯言を交わしながらも先へと進み……そこでふと、ソーマは思い至った事があった。
視線をヒルデガルドへと向け――
「そういえば、ヒルデガルド」
「む? なんじゃ、我の魅力に気付いて子作りでもしたくなったのじゃ? 我はいつでもばっちこーい、なのじゃぞ?」
「寝言は寝てる時に言うものなのであるぞ? そんなことよりも、多分そうだろうと思ってはいたのであるが、やはり第三十一階層より先の地図も、存在しているのであるな」
「……あ。確かに言われてみれば、今も最短距離を進めているということは、そういうことなのですよね」
「そういえばそうね……あれ? でも、公的には第三十階層までしか行ってなくて、しかも確か、地下迷宮の地図は基本的にマッピングして作ったもの以外存在していないって話じゃなかった?」
「……さて。不思議なこともあるものじゃな?」
まったくとぼけることすら出来ておらず、三人分の視線がその顔に注がれるも、どうやら話すつもりはないようだった。
まあ話すとは思っていなかったことではあるし、今のはただの確認だ。
どうせ最初からそんなことだろうと思ってはいたのである。
今回の案内を躊躇いなく請け負ったこともそうだが、そもそも第四十階層のことを知っていたこともおかしかった。
聞いた話が確かならば、ヒルデガルドの能力はそこまで都合よく知りたいことを知れるものではないからだ。
その場に辿り着いてからならばともかく、離れた場所からでは詳細に知ることは出来ないはずなのである。
それに本当に第三十階層より下の地図がなかったならば、それもソーマに調べさせているはずなのだ。
第五十一階層以降だけやるなど、道理に合わないだろう。
存在が公開されているとはいえ、そこも未知である事に変わりはないはずなのだから。
もっともそれを知ったからと言って、何がどうなるというわけでもないのだが。
「ま、必要と思ったならばそのうち強引にでも聞き出すのであるし、今はどうでもいいことであるな」
「……その時が来ないことを祈っておくのじゃ」
まあそのおかげでこうしてスムーズに進めるわけであり、今はそれ以上のことは必要がない。
ならばとりあえずはそれでいいだろうと、そんなことを思いながら。
ソーマはひたすら先に向かって、進んでいくのであった。




