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元最強、迷宮探索の授業を受ける 前編

 ようやく、というところであった。

 ようやく、この無駄な時間が終わりを告げるのだ。


 まあ厳密にはまだ終わりではないし、幾つか懸念もある。

 だがここまで来れば、あとは流れに身を任せるしかないだろう。

 打てるだけの手は打ったし、これで駄目だった時はもうどうしようもない。

 その時はおとなしく別の手を考えるだけだ。


 そんな風に開き直ったからだろうか。

 いつもは煩わしいだけの周囲のざわめきが、ほんの少しだけマシに思えた。


「……ま、ただの気のせいだろうがな」


 周囲には聞こえないよう、口の中だけで言葉を転がしながら、視線をそこへと向ける。

 これから先のことを考え、ようやくだともう一度呟くと、それは口の端をほんの少しだけ吊り上げた。









 訓練場の一角に、多数の生徒が集まっていた。

 その数は本当に多く、入学式を除けばソーマがこれまで見た中で最大だと言っていいだろう。


 だがそれも当然だ。

 今ここには、王立学院の第一学年全てが集まっているのだから。


 迷宮探索の実習、その当日のことであった。


「さすがに人が多いであるな……」

「まあ今日は仕方ないでしょ」

「う、うん……顔合わせが必要、だし」


 アイナや、最近訓練場にちょくちょく顔を出すようになったからか、少しずつこちらに慣れてきたヘレンとそんな会話を交わしながら、ソーマはその場を見渡す。

 勿論そのほとんどが見知らぬ者ばかりなわけだが、パッと見でも様々な者が居る事が分かって中々に面白い。

 この中の誰かと誰かが共に迷宮に行くのだということを考えれば、かなり興味深かった。


 というのも、先に述べたように、今この場には第一学年の生徒全てが集まっているわけだが、それは迷宮の実習が学年合同で行われるからだ。

 まあこれは、少し考えれば分かることだろう。

 学科限定で迷宮に挑んだらどうなるか、ということがである。


 特に魔導科は致命的だ。

 後衛だけで迷宮に挑むとか、自殺と大差ない。


 勿論中には前衛もこなせるものはいるだろうが、それだって多くない以上絶対そんなことになるのだ。

 そしてそれは、前衛のみでパーティーを組む場合にも大体同じ事が言える。

 そういったことを回避するための学年合同、ということであった。


「それにしても、皆熱心であるな」

「一応今日中にパーティーを組めればいいって話だとはいえ、要するに早いもの勝ちだもの。そりゃ皆急ぐでしょうよ」

「そう、だね……早くパーティーを組めれば、そのまま迷宮に行ってもいい、みたいだし」


 そんなことを言っている間も、そこかしこで勧誘合戦が行われている。

 そう、実は既に授業は始まっており、現在はこれからこの実習を行っていくうえでのパーティー決めをしている時間なのだ。

 それなのにソーマが焦っていないのは、最悪誰も集まらなくても構わないからである。


 別にこの実習のやる気がないというわけではない。

 確かにソーマは既に授業とは関係なく迷宮に行く事が可能となっているが、それはそれとしてこの授業は割と楽しみにしているのだ。


 ならばどうして集まらなくてもいいかと言えば――


「え、っと……それで、アイナちゃん達は、勧誘しなくていい、の? というか、皆動くの待ってるみたい、だけど……」

「とはいえ、一パーティーは基本最低四人、最大六人。ここに既に三人居ることを考えれば、無理に動く必要もないであろう?」

「え、三人……? あの、それって……」

「そして四人目が来たみたいね」

「……ん、来た」


 やってくるなりそう頷いたのは、シーラだ。

 待ち合わせをしていたわけではないのだが、多分来るだろうと思っていたのである。


 どうせパーティーを組むならば、互いのことをよく知っている者同士で。

 そう考えるのは、当然のことだろう。


 これで前衛二人の後衛二人と、バランス的にもばっちりだ。

 あとは。


「そして五人目も来たのです!」

「よし、仕事に戻れ、である」


 シーラの後ろから来ていたのは分かっていた上、何となく言うことの予想もついていたので、開口一番、一言で切って捨てた。


「な、何故なのです!?」

「それはね――あんたが講師だからよ」

「……ん、当然」


 二人にもそう言われ、その顔に愕然とした表情を浮かべるも、当たり前のことすぎるだろう。

 我が妹ながら残念すぎると、ソーマは溜息を吐き出す。


 そう、そこに居たのはソーマの妹であり、同時に王立学院剣術科講師でもある、リナであった。


 まあ正直に言ってしまえば、リナが講師であることには未だ慣れないのだが……それが事実である以上はどうしようもない。

 しかもコネなどを使ったわけではなく、純粋に講師の試験に合格してのことらしいので、尚更だ。


 ちなみに入学式の時、カミラの隣に居たのがリナである。

 そりゃ驚くというものであった。


 ただアイナ達は知っていた、というか、一緒に来たらしいので、驚くこともなかったようだが。

 まったく、色々な意味で困ったものである。


 まあ、それはともかくとして――


「で、何か用事があったのであろう?」

「あ、そうだったのです」


 言った瞬間ケロリとしたあたり、さすがにさっきのは冗談だったのだろう。

 ……いや、頷いたら本当に着いてきそうだったので、半分ぐらいは本気だったのかもしれないが。

 ともあれ。


「今兄様達、パーティー組もうとしていますよね?」

「まあ、やはり慣れた者同士が一番であるからな」

「それはよく分かるのですが、兄様、アイナさん、シーラさんは全員バラバラになるように、とのことなのです」

「……へ?」

「……何故?」

「ふむ……確かパーティーを組む際の制限等はなかったはずであるが?」


 生徒の自主性に任せるとのことで、極論後衛六人でも問題なく受理されるはずだ。

 それは最初に言われていたことなので、間違いがない。


 だというのに、どうしてソーマ達が組んだら駄目だというのか。


「そりゃ、おまえらが組んだら実習にすらならないからに、決まってるだろ?」

「あれ、カミラさんも来たのです?」

「やっぱ私が決めた以上は私が説明すべきかと思ってな。少し見て回って来たが、今のとこ大きなトラブルとかもなさそうだってのもあるが」

「先生が決めたってどういうことなのである?」

「厳密には提案しただけだが、通った以上は私が決めたも同然だろう? そしてそんな提案をした理由は今言った通りだ。異論があれば一応聞くが、反論出来るのか?」

「それは……できそうもないわね」

「……ん。……確かにその通り」


 ソーマとしても、納得せざるを得なかった。


 何せソーマ一人ですら、第十階層まで行けたのだ。

 しかもまだまだ余裕はあった。


 アイナとシーラも加えたら何処まで行けるか、分かったものではない。

 まあだからなのではあるが……確かにそれが授業の一環として行うべきものとして正しいかと言われれば、多分正しくはないだろう。


「ふむ……まあ、仕方ないである、か」

「ちなみに、ソーマとシーラは他の前衛と組む事そのものが禁止だ。アイナの方は逆に後衛と組む事が禁止だな」

「え……つまりあたしは、残りは前衛と組まなければならない、ということ?」

「……私は、後衛とのみ?」

「そういうことだな。理由は先ほどのとほぼ同じだ。おまえら自分達と同じ役割りのやつが居たら、絶対その役割食うだろ? それじゃ他のやつの実習にならん」

「二人は分かるのであるが……我輩魔導科なのであるが?」

「おまえのような魔導士がいてたまるか」


 差別だと言いたいところだが、実際魔法が使えない以上はぐうの音も出ない。

 なので大人しく受け入れるしかなかった。


「ぬぅ……分かったのである」

「ま、仕方ないわね。じゃ、あたしは行くわ。完全に出遅れちゃったから、さっさと前衛の人三人以上探さないと」

「……ん、私も」


 そう言うなり、アイナ達はすぐに動き出した。

 もっとも周囲はそれを待っていたのか、すぐに人が集まりだしたので、あぶれるという心配はなさそうだが。


 むしろ自分の心配をこそ、した方がよさそうだ。


「さて、我輩も探したいところであるが……シーラのところは終わるまで時間かかりそうであるし、それ以外となると、はて誰が空いているのであろうか……」

「というか、何故兄様のところに誰も来ないのです? むしろ兄様のところにこそ人が一番集まるはずだと思うのですが……」

「ま、あの二人は特級持ちってことで早くも広まってるが、ソーマのことはいまいち広まってないみたいだからな。そこら辺の差だろう」

「むう……納得いかないのです」

「納得できようとできまいと、とりあえず探さなければならんことに違いはないのである。で、ヘレン、あと二人誰か心当たりがあったりはしないであるか?」

「……え? わ、わたし……?」


 きょとんとした後、周囲を見回し始めたが、生憎とソーマの知り合いのヘレンというのは目の前の人物しかいない。

 というか、何故そんな不思議そうな顔をしているのか。


「うん? 残っているということは、我輩と引き続き組んでくれるつもりなのだと思ったわけであるが……違ったのであるか?」

「え、わ、わたしはただ単に、出遅れちゃっただけで……っていうか、わたしなんかじゃ、迷惑じゃ……」

「いや、ヘレンのことを迷惑とか言い出したら、我輩組める人間がいなくなってしまうのであるが……」


 何せ聞いた話によれば、ヘレンは魔導スキルの上級持ちなのだ。

 アイナを除けば学院の中でさえ最上位であり、そんな相手を迷惑などと言えるはずがない。


「そもそも最初からずっと、そのつもりだったであるしな」

「あ、や、やっぱりそうなんだ……その、本当にいいの……?」

「むしろどちらかと言えば、我輩が頼む側であるな。是非とも我輩と組んで欲しいのである」

「あ……う、うん……その、よろしく、お願いします……」

「むぅ……羨ましいのです……」

「ほら、私達もそろそろ仕事に戻るぞ。ちょうどすぐそこでトラブルが起きそうな予感がしてるのが二つあるしな」


 そう言ってにらみ合いが発生してる二箇所に二人が向かうと、今度こそそこにはソーマ達のみが残された。

 さてではここからどうするかだが……。


「それで、さっきの質問の続きなのであるが、誰か心当たりはないであるか?」

「え、っと……心当たりって言って良いのかは、分からないけど……その、ソーマ君、さっきから、ずっと見られて……ない?」

「ああ……うむ、それには気付いていたのであるが……まあ、構わんであるか」


 言いつつ振り返れば、こちらをジッと見つめていた……いや、睨んでいた人物と目が合った。

 その少年は一瞬ビクリと肩を震わせるも、視線をそらすことなく睨み続ける。


 ずっとそうしているのには気付いていたし、どうするかと思ってもいたのだが、この際ちょうどいいだろう。


「ふむ、というわけでそこの……はて? 名前は何と言ったであったか……」

「ラルス・ホフマンスタールだ……! テメエいい加減名前覚えやがれ……!」

「いや、そうは言われても、改めて名乗られたの今が初めてであるぞ?」


 訓練場に顔を見せるたび、見かけてはいたし、こちらを睨みつけていたのも知っていたが、真面目に名前は今初めて聞いたのだ。

 いや、厳密には最初の顔合わせの際全員で自己紹介をしたにはしたものの、さすがにそんなものは覚えていない。


「ちっ……で、何だって?」

「うむ、パーティーの話なのであるが」

「はっ、何だ俺に入って欲しいってのか? だがどうすっかな……他からも誘われてっから、テメエの態度次第――」

「ああ、別にどうしてもってわけではないであるし、先約があるなら構わんで――」

「――仕方ねえから入ってやるよ!」


 面倒な性格をしているな、とは思うが、ある意味分かりやすいのかもしれない。

 まあ口調は荒いが、悪い人間ではなさそうだし、問題はないだろう。


「うむ、よろしく頼むのである」

「よ、よろしく、ね……?」

「ちっ、しゃーねえな!」


 言葉とは裏腹に、その口元が緩んでいるのだが、敢えてそれには触れずスルーする。

 ともあれ、これであと最低一人となったわけだが――


「さすがにそろそろ纏まり始めたであるな……約二箇所ほど纏まる気配がないではあるが、あれはもう放っておいた方がよさそうであるし」

「う、うん……三人とか、四人とかのところが、多そうだけど……大体、どこも前衛がいる、よね……?」

「あん? 前衛が居ると駄目なのか?」

「さっきの話は聞こえてなかったのであるか? 我輩他の前衛と組んではいけないと言われたのである。まあだから汝に声をかけたのであるがな。汝は前衛もこなせる魔導士であるし」

「ふ、ふんっ、そういうことか……俺がまだ誰とも組んでなかったことに感謝すんだな!」

「うむ、割と真面目に感謝しているのであるぞ?」

「……ちっ!」


 舌打ちをするなり、顔を背けた少年――ラルスのことはとりあえず放っておき、次だ。

 とはいえヘレンが言ったように、三人組のところも多いのだが、さすがに後衛ばかりといったところはなさそうである。

 この後すぐに迷宮に入る可能性もあるため、全員装備をしており、そういうのは分かりやすいのだ。


 さてしかしこれは本当に、どうしたものか。

 あの諍いが収まるのを待って、そこから勧誘するしかないのだろうか……などと、そう思っている時であった。


「――おい」

「うん?」

「あそこに一人余ってるのがいるみてえなんだが……ちょうどいいんじゃねえのか?」

「え……ど、どこ……?」

「あそこだよあそこ。あそこで一人ポツンと突っ立ってんのがいんだろ?」

「……あっ。本当、だ……で、でも……あの人、って……」

「ふむ……」


 ラルスの示した方へと視線を向ければ、そこには確かに一人の少女が、所在なげに立っていた。

 しかもその少女は、間違いなく後衛だ。


 そう断言出来る理由は単純である。

 級友……というか、顔見知りだからであった。


「なるほど、確かにちょうどいいであるな」

「だろ?」

「あ、あの……」

「うん? ヘレンは反対であるか?」

「そ、そういうわけじゃ、ないんだけど……う、ううん。わたしも、賛成、だよ……」

「ならよかったのである。では早速声をかけに行くであるか」


 そう言って向かう先に居る少女の名前は、さすがのソーマも知っていた。


 授業中ソーマの隣に座ることが多い少女。

 シルヴィア・ハイドリヒ・ラディウス。


 この国のお姫様であった。

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