元最強、図書館で顔見知りと遭遇する
そこに二つの人影があったことに、まずソーマは驚いた。
図書館は本当に人気がなく、入ってから本を探し、借り、出るまでに、司書の人を除けば誰か一人とすれ違えばいい方であり、誰も見かけないということすら珍しくはないのだ。
入学初日からずっとここに通い詰めているソーマだが、一日に二人の人物にここで遭遇したのはこれが初めてであった。
そしてその二人ともが見知った顔であることもまた、驚きの理由の一つである。
しかもその組み合わせは、非常に珍しいものであった。
「これまた珍しい組み合わせであるな」
「……ん? ……ソーマ?」
「うむ、三日ぶりであるな、シーラ」
「……ん」
頷いた拍子に、その金色の髪がさらりと流れる。
ここ一月の間でよく見るようになったものだが……やはりと言うべきか、未だに慣れない。
まあそのうち、こっちの方が当たり前になるのだろうが。
王立学院小等部第一学年剣術科。
それが今のシーラの状況を、最も端的に表した言葉である。
そう、つまりは、シーラもまた王立学院へと入学していたのであった。
アイナと違ってシーラの場合は年齢の時点で問題が発生するはずだが、そこはシーラもお願いを使用することでどうにかしたらしい。
エルフであることや、ランク五の冒険者ということで身分を証明することが可能だったため、実際にはアイナよりも余程簡単ではあったらしいが……まあ、それは余談だ。
ちなみに再会したのは、入学式の翌日である。
学院の何処に何があるのかを探索している時に、ばったりと会ったのだ。
ただ、入学式の時、アイナの隣に居たのは分かっていたため、特に驚きはなかったのだが……ああいや、一つだけ驚いたことはあったか。
今もそうなのだが、シーラは学院では、素顔を隠していないのである。
てっきり入学式だけかと思えば、ずっとそうらしく……まあ学院であの格好をするわけにはいかないため、当然かもしれないが。
ともあれその日以来、ソーマとシーラはちょくちょく顔を合わせていた。
所属する学科が異なり、住んでいる寮も違うため、毎日というわけではないが、妙に縁があるらしい。
もっとも図書館で会うのは初めてだが――
「何か探している資料でもあったのであるか?」
「……ん、魔導書を」
「ああ、そっちからアプローチしていくことに決めたのであるか」
「……ん」
アイナが学院に入った理由は、自身の魔法の腕を鍛え、知識を深めるためであるが、シーラは剣術科に入りながらも、剣の腕を磨くためにここに来たわけではない。
シーラの目的もまた、以前と変わっておらず……つまりは、魔法を覚えるためであった。
剣術科に入ったのは、とりあえず入れれば学院で色々試せるだろうから、一番入れる可能性が高いだろうところを選んだ、とのことである。
ただ当然と言うべきか、入れるならば魔導科の方が望ましく、ソーマが魔導科に入ったことと、その方法を聞き感心すると共に随分悔しそうにしていた。
シルヴィアにも言われたことではあるが……いや本当にカミラ様々だ。
まあ自分でも思いつけた可能性はあるものの、あれを教えられていたことで大分助けられたのは事実である。
ともあれ。
「ふむ……それで、先生が案内していた、ということであるか」
「そういうことねー。今日の授業が終わった時に、魔導書は何処にあるのかってシーラちゃんに聞かれたんだけど、見ての通りここは初めての人には少し分かりづらいでしょー? 今日は急いでやることもなかったし、わたしもちょっとここに用事があったから、ついで、っていう感じねー」
なるほどと、シーラへと幾つかの本を手渡していた人物――カリーネへと頷きを返す。
確かに魔導書のことを聞くのであれば、彼女が最適だろう。
何せカリーネは魔導を教える講師であり、王立学院小等部第一学年魔導科……要するに、ソーマ達の担任でもあるのだから。
担任というのは、そのままの意味である。
基本授業ごとに教室を移動するし、ホームルームの時間などは特にないのだが、学科ごとに連絡が必要な場合もあって、それぞれの学科には担任が決められているのだ。
となれば、カリーネがソーマ達のそれになるのは、むしろ当たり前のことだろう。
ちなみに、それなのに何故入学式の日にカミラがソーマ達の案内をしていたのかといえば、どうにもアレは代理であったらしい。
カリーネは入学試験の時と同じように、正門で受付をしていたのだが、そのせいで案内に間に合わなくなってしまったのだとか。
そのため、カミラが一時的な代役を務めていた、というわけだ。
実際に諸連絡を行うまでにはカリーネも間に合ったため、その時点で引き継いでいた。
尚、カミラは斧術科であるため、あまりソーマが会う機会はない。
今後の授業次第では、その機会が増えることもあるのだろうが……まあ、だからどうしたというわけでもない話である。
閑話休題。
「で、具体的にどんな魔導書を探していたのである?」
「……とりあえず、基本から?」
「まずはそこからであるか」
「……ん、時間はたっぷりあるから、まずはじっくり色々と試す。……今まで、魔導書は試したことなかったし」
「確かに、沢山の魔導書を読むなど、こんな場所でもなければ早々試せることでもないであるからなぁ」
ちなみに魔導書とは、魔導に関することが書かれている本、というわけではなく、どちらかと言えば魔導具の一種に近い。
それを読むだけで特定の魔法――否、魔術を覚えることが出来る、というものであり、それには魔導スキルすらも不要だ。
本当に読むだけで、それを使えるようになるのである。
ただその利便性の高さと、極々稀に迷宮で見つける以外に入手手段がないため、非常に高価な代物だ。
基本的には一般には流通しておらず、公爵家ですらも早々手にすることは出来ないほどのものである。
ただしシーラがそれを読むというのは、それで魔術を覚えるためではない。
それは所詮魔術であって、魔法ではないからだ。
魔術と魔法は効果だけで見ればほぼ同じものではあるものの、魔術は魔導書以外で覚える手段がない。
あくまでも魔術は魔術であって、魔法ではない以上、シーラが望んでいるものとは異なり、当然ソーマも同感だ。
だが魔術と魔法が非常に近しいものであることも事実であり、そこからシーラは、魔術は魔導書を読むことで誰でも覚えることが出来る、というところに注目したらしい。
これを魔法にも応用できれば、シーラやソーマが魔法を覚えることが出来るようになるのではないか、ということである。
しかし魔導書の効果というものは、たった一度しか発揮されない。
それを使って誰かが魔術を覚えてしまえば、残った魔導書はただの本となってしまうのだ。
そんな貴重な品を無造作に置いておくなど、さすがに王立学院の図書館でもやりはしない。
ここにあるのは全て、使い終わった魔導書の残骸なのだ。
そしてシーラが研究対象としているのも、その残骸と化した魔導書で合っている。
残骸と化していようとも、それを使って魔術が覚えられたことに変わりはないのだ。
ならば研究対象としては十分であり……まあ、未使用の魔導書を研究対象とするのは難しすぎるが故の苦肉の策ではあるが、まったくの無意味とも言い切れないだろう。
少なくともシーラはそこに意味があると思ったのだし、正直ソーマもそこに異論はない。
シーラがやらなければいつかソーマが試していただろうと思う程度には、そこに何かがあるのではないかと期待しているのだ。
もっとも、何をどうすればいいのかがまったく思いついていないため、一先ず後回しにしていたのだが。
「ちなみにシーラは、具体的に何をどうするつもりか、考えているのであるか?」
「……ん。……とりあえず、内容を読んでみる」
「ふむ……そういえば、中には無意味なことが書かれているだけ、と言われているのであったか」
魔導書は、あくまでも使うことでその効果が発揮されるため、実際に中身を読む必要はないのだ。
それでも一応中には普通の書物のように文字が書かれているのだが、それは覚えられる魔術のことが書かれているわけでもなく、ただ無意味なことばかりが記述されていると言われている。
だが考えてみれば、具体的にどんなことが書かれているのか、ということは聞いた覚えがないのだ。
ならばそこには何らかのヒントが存在している可能性は、確かにある。
「なるほどそれは……うん?」
と、そこで不意にソーマが首を傾げたのは、隣から苦笑の気配を感じたからだ。
シーラではない方……カリーネからである。
「先生? どうかしたであるか?」
「いえねー、二人が真剣にやってるってのが分かるから、私としては止めるべきなのかどうするべきなのかちょっと迷ってねー。まあソーマ君の方はいいんだけど……シーラちゃんは、ねー」
「ああ……確かに」
シーラはあくまでも、剣術科の生徒だ。
ちょっとぐらいとか、ついで程度ならばともかく、明らかにシーラの熱意は魔法の方に向いている。
ならばこの場面は、講師としては注意すべきなのかもしれない。
とはいえ。
「……剣術の方もちゃんとやってるから、問題ないはず」
「そうなのよねー。それもあるから、尚更どうしたものかって考えちゃうのよねー。ちょっと話に聞いただけだけど、シーラちゃんの剣術って凄いんでしょー? 生徒どころか、講師にすら勝っちゃったとか。新任の剣術の講師の人が、分かってはいたけど生徒に負けるなんて不甲斐ないのです! とか嘆いてたものー」
そうは言いつつも、結局カリーネがシーラを注意することはなかった。
自分は魔導の講師だから、ということで納得することにしたらしい。
自分は教える役目で、注意をするのは別の、それこそ剣術の講師の役目、ということだろう。
それに安心したのか、早速とばかりにシーラが手元の一冊を開きだした。
とりあえずどんなことが書かれているのか、確認してみるつもりのようだ。
だがそこに視線を落とすなり、すぐさまその端正な眉が歪み、直後にその首が傾げられる。
そして。
「…………これ、読めない」
そんな言葉を、口にしたのであった。




