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王立学院での授業風景

 その名前の時点で一目瞭然ではあるが、シルヴィアは所謂王族の一員である。


 ただし妾の娘であることもあり、王位継承権はないに等しい。

 一応順位としてはあるものの、それは王の子が生まれ、或いは孫が生まれれば、自動的に数値が増えていくものなのだ。

 シルヴィア以外の王族がある日全員死んでしまう、とでもいうようなことが起こらなければ、王となることなど有り得ないのである。


 とはいえそれは、シルヴィアが虐げられていたり、蔑ろにされている、ということを意味するわけではない。

 むしろ妾の娘であることを考えれば、普通では考えられないほどに遇されていると言えるだろう。


 何せ王位継承権のことさえ除けば、扱いは他の子達と何ら変わりはないのだ。

 それは母のことさえも同様であり、誰よりもシルヴィア自身が、そのことを強く感じていた。


 そしてシルヴィアが王立学院に通うことを決めたのも、それが理由だ。

 単純に、それまでに受けた恩を返したいと思ったからである。


 勿論と言うべきか、国王は……父達は、そんなものは恩でも何でもないとは言ってくれた。

 でもたとえそれが本心からのものであろうとも、彼らが王族故に、自分達を本当の意味で平等に扱う事が出来ないように。

 父と母を誇りに思うからこそ、そこは譲ってはいけないと思ったのだ。


 まあ、マリアからは、馬鹿ですねとか言われたけれど。

 それでもそれは笑みを以っての言葉であったから、間違ってはいないと思うのだ。


 ちなみに魔導科を選択したのは、それが自分が最も役立てるものだと思ったからである。

 というのも、この国の魔法研究は他国と比べかなり遅れてしまっているからだ。


 この国はスキルを偏重していることもあって、所謂成果主義の傾向が強い。

 過程は重視されず、結果のみが重視されるということだ。


 しかし単純にそれだけならばまだマシだったのだが、スキルを前提としているということがまた話をややこしくしている。

 要するに何をするにもまずはスキルありきであり、スキルがなければ結果に辿り着かせてすらくれないのだ。

 それでもどうにかしようとするならば、それこそ余程の偉業でも成さなければ不可能だろう。


 ともあれそういったこともあり、この国は要するに研究者が冷遇されやすいのである。

 魔法研究に関しては聖神教云々も勿論あるが、それもまた大きな理由の一つだ。


 ハードルが高く、やる気が起こらず、待遇が悪い。

 そんな状況で誰がその研究なぞをするかという話である。


 それはこの国の建国時の状況を考えればある程度仕方のないことではあるのだが、いつまでもそれでいいはずもない。

 国王達はそれをどうにかしようと思ってはいるものの、妙案などは浮かばず……だからこそ、シルヴィアがその手助けになれればと思ったのだ。


 まあ厳密に言うならば、シルヴィアはここまでの事情の全てを理解しているわけではない。

 ただ、魔法の研究が進んでいないことを知っており、自らには魔法の才能があった。

 ならば何か出来ることがあるんじゃないかと、そう思った程度のことである。


 だが詳細は知らず、向かう先が漠然とはしているものの、その想いは本物だ。

 故に。


「むー……」


 現在膨れっ面を晒しているのも、それが理由であった。

 王立学院の魔導科、その算術の授業の真っ最中のことである。


 授業の内容が分からないわけではなく、内容に不満があるわけでもない。

 むしろ入学してからそろそろ一月が経とうとしているが、受けた授業に関してはその全てが充実しているとすら言えた。


 シルヴィアも家庭教師からある程度のことは教わっていたため、内容そのものに真新しさはない。

 だから充実していた理由は、環境そのものだ。


 結果的には同じ答えだというのに、自分とはまったく違う過程を経てそこへと辿り着いた人が居た。

 結果的には答えは間違っていたが、そこに至った理由に納得と真新しさを感じた人が居た。

 或いは、答えは間違い、過程すらも一つも納得は出来なかったが、だからこそ刺激を受けた人が居た。


 その全ては、自分と家庭教師の二人で授業を行っていた時にはなかったものだ。

 あそこにあったのは、自分の考えと、家庭教師が示した正解だけ。

 でも世界はもっと広く、自分は小さな箱の中しか見えていなかったのだと……そんなことを言ってしまうと大げさかもしれないが、それでもシルヴィアは本当にそう思い、目が覚めた思いだったのである。


 そしてその中で、尊敬に似た憧れすら覚えた少年が居た。

 それは見覚えのある少年であり、入学試験の時、自分の直後にやってきた少年だ。


 彼はシルヴィアの知る限り、ほぼ全てを完璧にこなしていた。

 魔導科とはいえ、その授業は今がそうであるように魔導のみではない。

 特に小等部ということもあってか、基礎的なことは全般的にやるのだ。


 しかしその全てを、彼は完璧に理解しているようであった。

 シルヴィアも大体のところは覚えているが、さすがに全部となると自信はない。

 それを彼は、指された時には過程含めて完璧に答えることが出来たのだ。


 しかもある時は、興が乗ったのか、意地の悪い問題を作ることで周知されるようになってきた算術の講師が、まだ今の自分達では答えられないような問題を作り、それを解くよう言ったことがあった。

 だが彼はそれも当たり前のような顔をして解き、さらにはおそらく中等部以降で習うようなものまで出されたが、それも難なく解いてしまったのだ。

 さすがの算術講師も素直に賛辞を送り、教室中からも感嘆の息が漏れたものだった。


 そしてその話を聞いたのか、他の講師も似たようなことをやり……その全てで、やはり彼は完璧に答えたのである。

 それでいてまったく偉ぶらず、得意気にすらすることすらもなかったのだから、そこに憧れを抱いてしまうのは自然なことだろう。


 中でもシルヴィアが最も強い衝撃を受けたのは、剣術の授業を受けた時であった。

 基礎的なことの中には武術も含まれ、六つの中からの選択ではあるものの、その学科の講師から直接教えられるのだ。

 シルヴィアはそこで剣術を選び、彼もそうだったのだが……それはその最初の授業の時のことである。


 とりあえず皆がどれだけ出来るかを知る必要があるとのことで、全員がその講師と打ち合うことになった。

 魔導科所属ではあるものの、武術系のスキルも持っている者は少なくないし、何よりも王立学院に通うことを許された者達だ。

 中には剣術の中級スキルを持っている者すらおり……正直に言ってしまえば、皆その講師のことを舐めていたと思う。


 何せその講師はどう考えても自分達と同年代か、或いは年下にしか見えなかったのだ。

 入学式当日に教室まで案内してくれた講師も背は低くはあったが、何というかあの人は貫禄のようなものがあった。

 しかし彼女にはそんなものはなく、何が楽しいのか、にこにこと笑みを浮かべていたのも理由ではあったと思う。

 シルヴィアすらも、ちょっと甘く見ていたところがあり……だがそんな認識は、一瞬で覆された。


 その中級スキルを持っていた人が最初に立会い、文字通り一瞬でのされたのだ。

 剣閃どころか、いつ動いたのかすら分からず、気付いたらその人が倒れていた。


 実力を悟るのは、それだけで十分であり、それでも結局ほぼ全員がその人と同じ結末を辿ることとなる。

 まあさすがにのされることはなかったものの、シルヴィアも気付いたら頭を叩かれていたのだ。

 これが王立学院剣術科の講師かと、さすがだと思いながら唸ったものだった。


 そして、ほぼ全員、といった理由は明白である。

 彼以外の全員、という意味だからだ。

 この状況で彼はどうなのだろうと、全員から期待の目すら向けられながら、立会い……その結果は、望み通りとなった。


 いや、それ以上と言うべきか。

 何せ初めて彼女の剣が受け止められ、どころか返す刀で、その頭が逆に叩かれたのである。

 今までで一番の歓声が上がったのも、当然のことだろう。


 もっともそれが講師の彼女にとっては気に触るものだろうということに気付き、すぐに収まったのだが……むしろ彼女が一番嬉しそうにしていた気もする。

 さすがなどと言っていたし、ちょっと話していた内容から察するに、どうやら知り合いのようであった。


 剣術と言えば、彼が入学試験の日に披露したあれが、魔法ではなく剣術だったらしいと聞いたのも、その日のことだ。

 偶然話をする中で、あの時のことが話題になったのである。


 魔力を感じなかったので不思議に思ってはいたのだが、何故そんなことをしたのかと聞けば、最も得意なもので魅せろと言われたからだ、とのことだった。

 別に魔法とは言われなかった以上、他のものでも問題ないはずであり……そんな解釈の仕方もあったのかと、心底感心したものである。

 彼曰く、人から教わったことなので誇れることではない、とのことだが、それを素直に口に出来ることも含め、やはり感心するには十分なことであった。


 と、まあ、そんなこんなで、二週間もする頃には、シルヴィアはもう完全に彼へと尊敬じみた視線を送るようになっていたのだが……彼の態度に変化があったのも、その頃のことだ。

 そしてそれが原因で、シルヴィアは膨れっ面を晒しているわけだが……。


「むー……」


 もう一度唸ってみても、何の変化もない。

 どうやら彼――ソーマ・ノイモントは、こんなことをする自分に慣れてしまったようである。

 正直に言えば、目の前の光景に慣れてきたという意味では、シルヴィアも同じなのだが……同時に、ひどく認めたくないことでもあった。


 そう、シルヴィアは現在彼――ソーマの隣に座っているのだが、そこには不満の感情しかない。

 何故ならば、ソーマは授業に目を向けることなく、手元の本を眺めているからだ。


 それが図書館から借りてきたものであることを知っているのは、本人から聞いたからである。

 ただし何の本を読んでいるのかまでは分からない。

 あれから二週間、ソーマは毎日異なる本を持ってきてはこうして読んでいるからだ。


 変化した態度というのも、要するにこれのことである。

 何があったのか、ソーマは唐突にそれまで真面目に授業を受けていたのを止め、本を読むようになってしまったのだ。


 これが、魔法に関係のあるものを読んでいる、などというのであれば、まだいい。

 確かにソーマの習熟度合いを考えれば、授業を聞いていたところで暇でしかないだろうからだ。


 しかし初日に本を持ってきた時、内容を尋ねて返ってきた言葉は、歴史の本、であった。

 次の日に持ってきたのは古代遺跡の本だし、その次に持ってきたのは魔物の本。

 冒険者について書かれたものを持ってきたこともあれば、何だかよく分からないものを持ってきたこともあり……少なくとも、今まで聞いた中で魔法に関する本を持ってきたことは一度もなかった。


 まあここ三日ほどはついに聞くことすらもなくなったため、或いはその後一度ぐらいは持ってきていた可能性もないとは言えないが……多分、ないのだろう。

 そして仮にあったところで、その大半が魔法と関係ない本なことに変わりはない。

 そこに不満を抱くなという方が無理な話である。


 だがそれに関して、シルヴィアはソーマに何も言うことが出来ない。

 そんなことは個人の自由だし、指された時は相変わらず完璧に答えているのだ。

 言える事があるはずがない。


「ぐぬぅ……」


 だから出来ることと言えば、こうして不満そうな声を出すだけなのだが、今までは何らかの反応があったというのに、ついに何もなくなってしまった。

 鬱陶しいということは分かっていても、いや、自分の意思を主張するのは大事だと、続けていたのだが……これではもう続ける意味もない。

 ついでに言えば他に出来ることなどは特になく、万策尽きてしまったということであった。


「……ふんっ、だっ」


 故に、ぷいっ、と顔を前に向けると、もう気にしないことにした。

 いや本当はそんなことは無理だが……でもそうするしかないのだ。

 折角尊敬できそうな人を見つけて、これからこんな人と一緒に頑張れるんだと、そう思っていたのに。


 しかしそれは結局のところ、シルヴィアが勝手に思っていることだ。

 ソーマには何の関係もない。


 とはいえ分かっていたところで、そう簡単には納得がいくわけもなく。

 シルヴィアは授業に集中しようと思いながらも、むー、と、小さな唸り声を上げるのであった。

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