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入学試験と推薦状

 手渡された推薦状を見た瞬間、カリーネ・シュターミッツは反射的に眉を潜めていた。

 端的に言えば有り得ないと、そう思ったからである。


 カリーネがこの学院に勤めるようになってから、今年で五年が経つ。

 それだけの期間ここにいれば、推薦状などというものは嫌でも見慣れてしまうわけだが……目の前のそれは、そんなものとは一線を画していた。


 確かにこの学院は、名門中の名門だ。

 厳密にはこの学院そのものは、建設されてから十年と少ししか経ってはいないものの、その前身はベリタス王国に存在していた、当時最高峰と名高かった学院である。


 そこから機材や設備などの一式から、果てには全人員を引き抜いた結果出来上がったのがこの学院であった。

 それ故にこの学院は、かつてベリタス王国にあった頃のそれの後継を自認しているし、その実績をそのまま謳い文句としていたりもする。


 そしてそれは諸々の問題にさえ目を瞑れば、間違いなく事実だ。

 だから学院の最高峰などと呼ばれているのであるし、どの学科であろうとも、ここを卒業すれば食いっぱぐれることはない。

 何処に行こうとも歓迎されこそすれ、厭われることなど有り得ない、などとまで言われるのだ。


 だが、逆に言ってしまえば、それだけである。

 言い方は悪いが、所詮は学院なのだ。

 それも今日は、小等部の入学試験の日である。


 最悪行かなかったところで問題はないし、後で幾らでも挽回は可能。

 そんな場所なのだ。


 そこに何故、こんな推薦状が届くというのか。


 いや、確かにそもそもここの試験を受けるには、推薦状が必須だ。

 ただし誰から推薦されたかということに関して言えば、それこそピンキリである。

 ただの卒業生であるとか、どこぞの男爵であるとか、有名な冒険者であるとか。


 推薦するだけならタダなのだ。

 ならば万が一の可能性を信じ推薦してみせるのは、決して悪いことではない。


 しかしそんなことを言っていられるのは、そうなったところで失うものなどない者達だけである。

 例えば、男爵が推薦した者が落ちても特にどうということはないが、公爵が推薦した者が落ちたとなれば一騒ぎだ。

 この国は未だ安定には程遠く、足を引っ張ろうとする者など山ほど居る。

 だからこそ、隙を見せるわけにはいかず……そのため、そういった者達から推薦されるということは、それなり以上の意味があるということなのだが――


「ふむ……? もしかして、何か不手際でもあったのであるか? それを見せれば大丈夫だと言われたのであるが……」


 と、そうして考え込んでしまったからだろうか。

 目の前の少年が首を傾げながら、そう問いかけてきた。


「あ、いえ、そういうわけではないんだけどー……」


 ないのだが……ある意味では、不手際といえば不手際となるのだろうか。

 どうしたら推薦者の名前に、国王と公爵と公爵夫人、さらにはとある冒険者の名が並ぶことになるのか、という意味で。


 しかもこうして見てみると、冒険者の名前だけ劣って見える気がするものの、それは気のせいだ。

 むしろこう言い換えた方が分かり易いだろうか。

 かつてこの国を建国する際、ただならぬ尽力によって、英雄に並ぶとまで称された四人だと。


 まあ公爵と公爵夫人が七天であることを考えれば、実際には多少の見劣りがあるのは事実だが、それは比べる相手が悪いだけの話である。

 ただの一人の名があるだけでも、推薦には十分どころか、軽い騒ぎが起こっても不思議ではないものなのだ。

 実際先ほども実は国王の名の入った推薦状を持った少女が現れ、その際多少のゴタゴタが起こったりしたのだが――


「……まあでも何かあったところで、わたしが気にすることじゃないかしらねー」


 そこまで考えたところで、そう結論付けた。


 こんな推薦状を持ってくるということは、この少年は相応の人物ということなのだろう。

 カリーネは世俗に疎いという自覚があるため、見当も付かないが、この少年を通すことでまた騒ぎが発生する可能性はある。


 だがそれは、カリーネの知ったことではないのだ。

 カリーネの今日の役目は、推薦状を確認し、それが本物であるかを判断することだけ。

 後のことは、それぞれの役目を担った者達の仕事である。


 そして推薦状は信じられないものではあったが、本物ではあった。

 ならばカリーネとしては、ここを通すだけである。


「ごめんなさいね、時間がかかっちゃってー。問題なかったから、どうぞー」

「うむ、まあ多少時間に余裕はもってきたので、問題はないのである」

「そう言ってくれると助かるわー。ちなみに、何処に向かえばいいのかは分かってるー?」

「このまま真っ直ぐ進んだ先で、志望する学科ごとに分かれると聞いているであるが?」

「ええ、それであってるわー。具体的にどうやって行けばいいのかは、そこに居る人が教えてくれるはずよー」

「了解なのである。それでは」

「はい、頑張ってねー……っと、そうだわー」

「うん?」


 本来であれば、そのまま通して終わりのはずであった。

 しかしそこで終わらせなかったのは、多分ただの気まぐれであろう。


 或いは……その少年の目を見たからかもしれない。

 その漆黒の瞳の奥底に存在している、隠そうとしても隠し切れない……いや、そもそも隠そうとすらしていない輝きは、間違いなく期待のそれであった。

 まだ合格したわけでもないというのに、気が早く……だが同時にそれは、覚えのあるものでもある。


 何ということはない。

 もう十年以上前、ここが出来たばかりの頃。

 ここに試験を受けに来た時の自分も、そうであったからだ。


 故に。

 口を開いて言うべきことは、ただ一つ。


「これから君がここに通うことが出来るかは、まだ分からないけどー……一先ず、こう言っておくわねー。――ようこそ、王立学院へ」


 そう言ってカリーネは、あの時そうされたように、精一杯の笑みを浮かべたのであった。












 少年が去っていったのを何となく見送ってから、カリーネは一つ伸びをした。

 朝からずっと続いていた人の列が、ようやく途絶えたのだ。

 椅子に背を預けるようにして寄りかかると、はふーと息を吐きだした。


「それにしても、どれだけ人を通したかしらねー……百人は通したと思うんだけどー」


 そうしながらも考えてしまうのは、やはり試験のことだ。

 自分もかつては受けたためか、どうしても気になってしまう。


 いや、実のところ、他人事でもないのだが。

 こうしている間に、講師側の試験も行われているはずなのだ。

 その結果如何では、カリーネの講師生活は近日中に終わりを告げかねない。


 書類の段階では、カリーネの担当である魔導科には、それほどの人材は集まっていなかったようではあるのだが、実際にどうなのかは試してみなければ分からないのだ。

 剣術科や斧術科に比べればマシではあるものの、気を抜くことは出来ない。


 とはいえまあ、結局のところカリーネに出来ることなどはないのだが。

 精々自分よりも優秀な人材が来ていませんようにと、祈ることぐらいだ。


「まあわたしより優秀な人が来てくれた方が、学院としてはありがたいんでしょうけどー」


 何にせよ、それに関して考えるのは不毛なだけである。

 だが特にやることもないので、思考は自然と生徒側の試験に関して移っていった。


 まず入学試験は、実技が行われ、そこである程度の足きりが行われる。

 実力が根本的に足りていないのはお断り、ということだ。


 そしてそれは基本的に、来た順から行われる。

 一斉に集めてからやるなど非効率的過ぎるし、何よりも時間がかかりすぎるからだ。

 あとの方に来た人は結果的に集まることとなるが、単純にそれは順番待ちをしているに過ぎないのである。


 それが終われば、次に面接となるが……実際には次に進めるのは半分も居ればいい方だ。

 進めない者は実技の段階で不合格が伝えられ、そのまま帰されてしまうのである。


 わざわざ実力のないと分かっている者を進ませる意味はないし、時間的な余裕もない。

 そういうことであった。


 しかし無事にそれを突破できた者は面接へと向かわされ、そこで様々なことを聞かれる。

 趣味趣向に熱意、そういったことから適性を正確に判定する……ということになっているが、実のところそれは半分以上が嘘だ。

 多少の参考にはするものの、実際にそれを確認するのは学院長の目である。


 これは講師になってから初めて知らされたことなのだが、何でも学院長はスキル鑑定と同等の、それもより強力なものを持っているらしいのだ。

 それによって適性から何からまで丸裸にされてしまう、ということである。

 一応それで知った内容は口外することはないので安心するように、などとも言われたが。


 ともあれ、試験の流れは大雑把に言ってしまえばそんな感じになるわけだが……実のところこの流れの中で、最も重要なことが一つある。

 それは、受験者は自分の名前を絶対に口に出してはならないということだ。


 特に実技の間は厳禁であり、それを破った者は即座に失格となるほどに厳しい。

 その理由としては、この学院は相応しいものが学ぶべきものだという理念を持っているからだ。


 名前を口にする事が相応しくないというわけではない。

 それによって、試験官が正常な判断を下せなくなってしまう、ということがその理由だ。


 家名を含めれば確実に、名前だけでも半分以上の確率で、その者がどんな人物であるのかは分かってしまう。

 カリーネのように世俗に疎いものでなければ、そういった者が来るような場所が、この王立学院なのだ。

 だからこそ、極めて公平に正常な判断を行うため、名前は絶対に教えないように、ということなのである。


 まあ学院長の目で見れば素質は結局即座に判明してしまうため、実質的に意味はないのだが。

 故に実際のところは、最低限の決まりぐらいは守れなければ話にならない、ぐらいにしか意味はないのだ。


 ただ、そういった理念の為、実は王立学院は国王から支援を受けていながらも、王国そのものとは折り合いがあまりよろしくなかったりする。

 相応しいものというのは、熱意なども含まれているため、例えば熱意に溢れる中級スキル所持者と熱意があまりない上級スキル所持者ならば、前者の方を優先するからだ。


 それを知っている王国側はスキルを重視しろと言ってくるものの、それを見越して建設の際に学院は治外法権だという言質を得ている。

 それこそ国王であろうとも、学院の方針に文句は言えないのだ。


 勿論度が過ぎればそんなことを言ってはいられないだろうが、今のところ問題は起こっていない。

 とはいえそれは、結果的に王国の方針に合致しているから、というのがあるからだろうが。


 というのも、ほぼ例外なく、今まで学院で学んできた者達は、そのスキルの等級に相応しい熱意を持っていたからだ。

 そのために、問題などとは起こりようもないのである。


 ……もっとも、今年以降に限っては、もう問題が起こらないとは言い切れないが。


 世俗に疎いとはいえ、カリーネも王立学院の講師である以上は、一定以上の出来事は自然と耳にすることになる。

 例えば、とある少年が漆黒の邪龍を打ち滅ぼしたとか、そういうことだ。


 最新にして、最強の王。

 だが剣術を扱うというのに、彼は剣術スキルを持っていないのだという話だ。

 これは極秘事項の為、一部の者しか知らないことではあるものの……それが事実ならば、初の学院と王国での扱いの差となるのかもしれない。


 まあとはいえ、王国側も例外として扱っているようなので、どうなるかはその時が来なければ分からないだろうが。


「……あ」


 と、そこでふと思い至る事があった。


 先ほどの少年が持ってきた連名推薦書。

 あの少年が件の彼であったならば、そんなものを持ってくるのも可能なのではないだろうか、と。


 しかし。


「……いえ、それはないわねー」


 そこで否定したのは、推薦状には望む学科に関しても書かれているからだ。

 そして少年の望んだ学科は、魔導科。

 次期剣の王が内定しているらしい件の彼のわけがなかった。


「まあ本当にそうだったなら色々と面白そうではあるけどー……っと?」


 そんなことを考えていると、不意に声が聞こえた。

 それは外から届くものであり――


「えーっと……この辺なのですかね?」

「あたし達はそうだろうけど……あんたは違うんじゃない? そもそも受ける先が違うでしょ? 一緒に来ちゃってよかったの?」

「……ん、それも含めて聞いてみれば、分かる?」


 どうやら、次のお客様のようである。


 自分の後輩になるかもしれない、教え子となるかもしれない相手に、だらしのないところを見せるわけにはいかない。

 そうして姿勢を整えながら、やってきた三人組の姿を視界に捉えると、カリーネはその顔に笑みを浮かべるのであった。

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