幕間 王立学院
ラディウス王国王都ラウテルン。
王都の名を冠するに相応しく、華やかで広大な土地を持つ都だが、そこにある建造物は意外にもと言うべきか、高さがない。
そのほとんどが二階建てであり、それはあの冒険者ギルドでさえ同様だ。
まあその分、構えている敷地が広いのではあるが、どちらにせよ建造物としてはある意味で無駄だと言わざるを得ないだろう。
王都以外では普通に三階建て以上の建物が存在しているし、王城の時点でそうなのだから、技術的に不可能ではないことは明らかだが……実際のところ、その王城こそがそうなっている理由であった。
要するに、王城の威容を保つために、王都に存在する全ての建造物の高さを制限しているのである。
分かってしまえば単純な、それでいてそんなことかと思ってしまうようなことではあるが、そういったことも王族の威厳を保つためには必要なのだろう。
特に未だ王族となって十年程と日が浅いとなれば、尚更だ。
ともあれ王都にはそんな制限がはっきり法として存在しているわけではあるが……実のところこれには、例外がある。
その例外が何であるのかは、王都に足を踏み入れれば……否、その必要すらなく、王都を目に出来るところからであれば、一目で分かるだろう。
一様に背の低いその街にあって、突き出すようにしてそびえ立つ建造物が、二つばかり存在しているからだ。
一つは、勿論王城。
そしてもう一つが、王立学院であった。
王都に存在する唯一の学院であり、さらには王立として認められた唯一の学院。
魔導を含めた基礎七種のスキル、それぞれを専門とした学科を持つ総合制の学院であるそこは、その特異性故に単純に王立学院とだけ呼ばれていた。
王都に住む者どころか、王国に住む者であればその名を知らぬ者などいないとまで言われるそこは、学院としては最高峰の存在だ。
王都の中では端に位置しながらも、そこに与えられた広大な土地を思えば、それも納得するというものだろう。
さて、そんな王立学院ではあるが、最高峰などと呼ばれる所以は幾つか存在している。
一つが、卒業生。
七天の王を二人も輩出したことを考えれば、それに異論を挟むものはいないだろう。
他のどんな学院でさえ、そんな偉業を成し遂げた学院は存在しないのだ。
勿論それは本人達の才能と努力あってのことだが、その理由の一つに学院が存在しているのもまた事実なのである。
まあこれは厳密に言えば多少事情が異なるものの、その事情ゆえにここに含めてしまっても問題はないだろう。
一つが、設備。
国王直々に後援を行っているそこでは、予算などあってなきが如しだ。
最新鋭の実験器具、最新鋭の武器防具、最新どころか未だ出回ってすらいない研究結果。
さらには土地はただでさえ広大なのが、魔法と魔導具によって内部が数倍にも空間的に拡張され、実質的には王都そのものよりも広いと言われる始末。
これもまた異論を挟めるものは存在しないだろう。
そして最後の一つが、人。
即ち、講師の質であった。
「さて、それでは今年もこの季節がやってきたのじゃな」
膨大な数の建造物、膨大な数の部屋。
その中でも一際頑丈であり、内部の音声を欠片も外には漏らさない防音仕様の部屋。
そこに響き渡ったのは、何処か幼さと可愛らしさを感じさせるような声であった。
否、ような、どころか、そのものだ。
何せその声を放ったのは、完全に見た目少女……いや、下手をすれば幼女と言っても過言ではない人物だったのである。
広い会議室の中、数十人と集まった者達の視線を一斉に集めながら、その少女はそこにちょこんと座っていた。
だがその場に集まった者達は、その外見に騙されることはない。
その人物がどれほどの傑物であるかを、骨身にしみているからだ。
王立学院、その学院長である、ヒルデガルド・リントヴルムであった。
「今年はどれほどの人物が集まり……そして、去ってしまうのじゃろうな?」
そしてそんなヒルデガルドから何処か挑戦気味に放たれた言葉に対して、その場に居る者達はそれぞれの反応を返す。
ある者はそ知らぬ顔をして、ある者は同じように挑戦的な表情を浮かべる。
またある者は緊張に満ちた顔をし、さらにある者は諦めたような顔をすらしていた。
彼ら彼女らは全員成人しており、この王立学院でそれぞれの担当科目を教える講師達だ。
では彼らが何故そんな顔をしているのかと言えば、現在彼らの前に存在しているテーブル、その上に並べられた幾つもの書類と、そこに記された内容こそが理由であった。
それらは見る者が見れば、おそらくはこう言っただろう。
履歴書、と。
「それにしても、今年は特に多いのじゃな……一通り確認するだけでも一苦労なのじゃ」
「おそらくは、ベリタス王国で現在も続いているというゴタゴタが原因ですわね。そのせいで人材の流出が激しいと聞きますし」
「ふむ……王の突然の死とそれに伴う王位継承問題。解決には最短でもあと五年はかかると言われているあれか」
「はい。周辺国にも相当人が流れたようですが、やはり国が違えば文化も異なりますもの。その変化の少ない我が国に来ようとする人達が多いのは、当然ですわ」
「まあ人手不足というのはこの国が慢性的に抱える問題じゃからな。それが多少なりとも解決するとなればアレも喜ぶじゃろう。当然、我らもじゃが」
そんな言葉を交わしながらも、ヒルデガルド達はとりあえずとばかりに書類へと目を通していく。
当然と言うべきか、それはこの学院の講師となることを望む者達が出してきたものだ。
最高峰であることを誇る王立学院は、入学する生徒は勿論のこと、その者達を教える講師も質が高くなければならない。
そういった理念の下、毎年この時期になると新しく講師となる者を募集しているのだ。
王立学院で働けるとなれば、激務ではあるが待遇はいいし、何よりも箔がつく。
そのため自分に自信のある者達は、その募集にこうして手を伸ばすのである。
しかし講師となれる者の数は限られており、それは既存の者達を含めての話だ。
つまり新しく講師となれると学院側が決定したならば、その分誰かが辞めなければならないのである。
彼らの表情の意味とは、そういうことであった。
「とりあえず今年も半数程度は賑やかしといったところじゃが……こやつらは何かこれをイベントか何かと勘違いしておらぬか?」
「まあ、仕方ないと思いますわ。世間では本試験に呼ばれるだけでも、それをアピールに使えるらしいですし」
「我が学院への講師試験をそんなことのために受けようとするのは止めて欲しいのじゃがなぁ……」
質のいい講師を探すということは、当然のように紙面上の情報だけでは分からない。
故に実際に相対し、また技術や知識等を確かめる必要があるのだが、それには相応の手間が必要だ。
だがさすがにその全てを相手にするほどの時間はない。
何せ同時期に、生徒側の選考も行う必要があるのだ。
そのため事前に書類で見るだけでも明らかに不適切なのを弾くようにしているのだが……どうにも世間ではそれを一種の運試しのように捉えているらしい。
或いは、記念受験的な代物か。
まあ何にせよ、余計な手間が増えるだけなので止めて欲しい、などとヒルデガルドは思いながら、次の書類へと手を伸ばし……そこに記されたものを目にした瞬間、その眉を盛大に潜めた。
「……さすがにこれは我も予想外じゃな」
「どうかしました?」
「ほれ、これを見てみるがいい。そうすればお主も我の今の気持ちが理解できると思うのじゃ」
「貴女がそこまで言うのは逆に気になりますが……一体何が――は!?」
瞬間大声を上げた、ヒルデガルドの隣に居た女性に、一斉に皆の視線が突き刺さる。
興味深げに観察されていることに気付いた女性は、頬を少し赤く染めながらも一つ咳を払う。
そうして気を取り直してから再度手元の書類へと視線を戻すが……やはりそこに書かれていたのは信じられないようなことであった。
「……これって」
「まあとりあえず偽者ではないじゃろうな。悪戯防止に、この書類は全て何処の誰が出したのか、ということが分かるようになっておるのじゃし。それで確認してみたところ、確かに本人が送ったようなのじゃ」
「万が一のことを考えたら、悪戯をするには過ぎた相手ですしね……」
応募用の書類には、実は決まった形式というのはない。
何をアピール出来、何をアピールすべきなのか。
そういったことも総合的に判断するためだ。
しかしそこに記されていたのは、あまりにも端的な事柄のみであった。
端的で……そして、決定的なことだ。
――所持スキル:剣術スキル特級。
例えこれを何処に出したところで、一発で合格が決まるに違いない。
それはそれほどのものであり……ある、のだが……。
「これは確かに、扱いに困りますわね……」
「うむ、困ったものなのじゃが……」
「うん? 二人して困るなんて珍しいですね? どうかしたんですか?」
「む? おお、これはいいところに来たのじゃな。ちとこれを見て欲しいのじゃが」
「え? 僕が見てもいいんですか?」
女性からそれを返してもらうと、やってきた男へとヒルデガルドはそれをそのまま渡した。
そこで男が一旦躊躇したのは、ヒルデガルドの手元に来るのは基本ヒルデガルドしか判断出来ないだろうと事前に分別されたものだからだ。
中には先ほどのようなものもあり、男が躊躇したのも当然と言える。
だが別に今回のはそういったものではないので問題はない。
問題は、別のところにあるからだ。
「え、っと、そういうことでしたら拝見しますが……ふむ? 剣術スキル特級……!? えっ、凄いじゃないですか……これの何処が問題に? まあ確かに僕が首になりそうなのは問題ですが……」
「もっとよく見てみるのじゃ。特に年齢の欄とかな」
「年齢? そういえば経歴がまったく書かれていませんが、もしかしてかなり若い……え?」
男の予想は、かなり近い。
確かにヒルデガルド達が問題に思ったのは、その人物が若いからである。
いや、それどころか。
若すぎるからこそ問題なのであった。
「えーと……その、僕の目が確かならば、学院にすら入れない年齢に見えるんですが……?」
「汝の目は正常だから安心するのじゃ。そしてだからこそ問題、というわけじゃな」
基本的に学院の講師となるのに、資格は必要ない。
学院が相応しいと思えば、国籍年齢種族問わず、雇うことが出来るのだ。
例え成人していないどころか、来年にならないと学院に通うことすら出来ないような年齢でも、である。
だがあくまでもそれは、原則的には、の話だ。
規則にないから可能というだけであって、実際にそれを行うかどうかはまた別の話なのである。
「一番無難なのは、このまま落としてしまうことですが……」
「だが特級持ちをそれを理由で落としてしまうのものう……正直勿体無いと思ってしまうのじゃ」
「まあ特級だからといって教える能力に秀でているとは限りませんが、少なくとも見本となるにはこれ以上ないものでしょうからね」
「うむ。……いや、よし、決めたのじゃ。とりあえず呼ぶとしよう。そして色々確かめた後で判断するのじゃ」
そもそもあまりこれに悩んでいられる時間もない。
書類はこの場に居る講師それぞれにもかなりの数が渡されており、最終的にはそれもヒルデガルドが確認するのだ。
あまりのんびりしていたら日が暮れてしまう。
そして学院長がそう決めたのであれば、それに異を唱えるなど出来るわけがない。
女性も男もそういうことならと頷くと、自分達のノルマを処理すべく書類に戻った。
しばらくは書類がめくられる音と、時折雑談めいた声だけがその場に響く。
やがて。
「やれやれ……何とか一段落、といったところじゃな」
「はい。お疲れ様でした」
「うむ、皆もご苦労だったのじゃ」
何とか全ての書類の確認が終わり、皆の顔に僅かな安堵が浮かぶ。
自分の進退も含め大変なのはこれからなのだが、それでもとりあえず一仕事終わったことに違いはないのだ。
労をねぎらう言葉に頷きと、小さく漏れた息が返った。
「今年は隣国からの流入もあってか、応募してきた者達のレベルが例年よりも上な気がしますね」
「まあ、嬉しい悲鳴というやつじゃな。……その分、この中には、気の毒なことになる者もいそうじゃが」
それは自分達でも分かっているのか、数名の顔に苦笑が浮かぶ。
先ほど余裕の顔をしていた者の中には僅かに焦りが見える者もおり、それだけ今年は本当にレベルが高いのだ。
「新進気鋭の冒険者や、二つ名持ち、一流の研究者に、他の学院で講師となった経験のある人など……結構意外な人達もいましたね。特に冒険者や、その経験がある人が応募してくるのは珍しい気がします」
「ま、何かしら思うところでもあったのじゃろう。或いは、知り合いが入学しようとしている、あたりかもしれんのじゃが」
「そんなことが早々あるものでしょうか?」
「さての。まあそこら辺は実際に聞いてみればいい話なのじゃ。それにしても、二つ名持ちの方は雇ったらアレから何か言われそうじゃが……まあ、構わんじゃろう。とっくに首にしたものを我が雇ったところで、文句を言われる筋合いはないのじゃし」
ともあれ、この調子ならば今年も最高峰の名に恥じない学院が運営できそうだ。
それを満足げに頷き――
「……どうやら無事、あやつもここに来そうじゃしな」
そう言って小さく呟くと、ヒルデガルドはその口元を、ほんの少しだけ緩めるのであった。




