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蹂躙

 龍が敵軍を蹂躙していく様子を、ベリタス王国の一兵士である男は、複雑な思いで眺めていた。


 龍はこちらの味方などと上官が言い出した時はついに頭が狂ったかと思ったものだが、この状況を考えるにどうやら本当のことのようだ。

 向こうには壊滅的な被害を出しているのに、こちらの被害は今のところ皆無だからである。


 だがそれを素直に喜ぶことが出来ないのは、自分達の力で成したわけではないからか。

 ……まあ中には、喜んでいる者もいるようだが。


「ふんっ、盗人の裏切り者共めが……いい気味だ! まあ俺の手で殺し尽くすことが出来なかったのは悔いが残るが……この光景を見れば、多少は溜飲も収まるものだな……!」


 声に視線を向け、男は小さく息を吐き出した。

 声の主は、一時は頭が狂ったのかと疑いを持った上官だったからだ。

 いっそ本当に狂ってくれていたのであれば、かなり気は楽だったのだが。


「それにしても無様だな……もう負けは決まっているだろうに、無駄に抵抗などをしやがって。ちっ、それにしても、前線の連中は何をしてる……死にかけの連中なぞ、とっととなぶり殺しにしてしまえばいいものを……!」


 そんなことを言っているのは、龍のブレスから生き延びた敵兵がこちらへと向かい、味方の兵達を打ち倒していっているからだろう。

 さすがは屈強なラディウス王国の兵達である。


 まあ本来ならば男は褒める立場にはないのだが、何せもう何年も顔を突き合わせているのだ。

 殺し殺される相手だとはいえ、ここ数年は実際には死人も出ていない。

 戦争相手だと分かっているものの、何処となく親近感のようなものすらも覚えており、複雑な思いを抱いていたのも、そういった理由によるものだろう。


 あとは何より、その台詞を口にしたのがクソ丸出しな上官だったからかもしれない。

 同意を示すよりも先に、ならお前がもっと前に出ればいいんじゃないかとか、望んだ通り自分の手で殺しつくしてやったらどうか、などと言ってやりたくなってしまうのだ。


 しかしどれだけクソだろうと、上官は上官なのである。

 いくら何でも言うわけにはいかなかった。


 もっともクソ野郎……いや間違えた、上官がそんなことを言うのにも、一応は理由があるらしい。

 何でも上官は、かつてはこの周辺を治める貴族の出だったらしいのだ。

 軍にはあくまでも一時的に在籍しているに過ぎず、ある程度の手柄を立てたら領地に戻る予定だったのだ、と。


 だがそうなる前にあの反乱が起こり、この地方は独立。

 別の国となってしまったが故に、上官は爵位こそ残っているものの、土地を持っていない貴族となってしまったのだ。

 しかも自分の領地を守れなかった貴族として後ろ指を指されるようになったため、軍に残るしかなくなってしまったのだと、事あるごとに愚痴を聞かされる男は知っているのである。


 しかし同時にもう一つ、知っていることがあった。

 上官は反乱があったその時、領地にはおらず、自分が居れば守り通せたものを、などと言っているが……実際には領地に居たことを。

 なのに領民に反旗を翻されたため、命からがら逃げ出したことを。

 男は知っているのだ。


 そしてだからこそ、男はこのクソ野郎が大嫌いなのである。

 どうせならドサクサに紛れて誰か殺ってくれないか、などとも思っているのだが、さすがにそこまでの度胸は男にはない。


 敵兵も、随分と抵抗をしてはいるが、ここまで来ることは出来ないだろう。

 まあ、来られたら来られたで男とも戦わなければならないため、困るのだが。


「……いくらあの人達だって、アレ相手じゃなぁ」


 呟く男の視線の先にいるのは、龍と、そしてその前に立つ二つの人影だ。

 龍は二度目のブレスを放った後、地上に降りてはその暴威を振るっていたのだが、その前に立ちふさがるようにして向かったのがあの二人であった。


 その姿は、名は、当然のように男も知っている。

 ここが二国間の戦場となった当初から男はここに居たが、兵士となったばかりのその頃から、ほぼ毎日のように顔を見ているのだ。

 知らないわけがなく……いや、そもそもの話、男はその片割れをその前から知っていた。


 史上最年少で七天の座を与えられたもの。

 世界最強の一角、世界最強の剣士。

 一の王にして剣の王。

 クラウス・ノイモント。


 そしてその隣に居る女性のこともまた、当然のように知っている。


 魔天将の第四席を滅ぼした功績で以って七天の座を与えられたもの。

 世界最強の一角、世界最強の魔導士。

 七の王にして魔導の王。

 ソフィア・ノイモント。


 そんな二人が、あそこに揃っているのだ。

 生半可な戦力では相手にすらならず、実際クラウスだけではなくソフィアの姿までもが確認された時は、こっちの軍は半ば恐慌状態にすら陥ったのだ。

 あのクソ上官も真っ先に逃げ出し……だがこちらにとっての絶望を打ち砕いたのは、それ以上の絶望だった。


 漆黒の龍が、二人を簡単に薙ぎ払ったのだ。

 それを目にしたこちらから、しかし歓声が上がることはなかった。

 アレがどんなに恐ろしいものなのか、それを再認識されたに過ぎなかったからだ。


 そしてそれを誰よりも理解しているだろうに、あの二人は未だにああして立ち上がっている。

 何度やられようとも、諦めずに、だ。


 正直なところ、応援すらしてやりたくなってしまうが……そういうわけにはいかないだろう。


「はっ、またやられやがった! 懲りないなしかし! さっさと諦めて、惨めたらしく命乞いでもすればいいものを! まあ当然許しはしないがな!」


 心底耳障りな声に顔をしかめながら、男は溜息を吐き出す。


 紅蓮の炎に包まれる陣と、龍の前に立ち塞がる世界最強の二人。

 まるでよく出来た劇のようだが……その結末は、気持ちのいいものとはいかなそうだ。


 密かに憧れてすらいた相手が、龍に呆気なく殺される。

 思い通りにいかないなど、世の常だが……ままならないものだと、男はもう一度、大きく溜息を吐き出した。

 












 龍が手強い相手だというのは、誰に言われるまでもなく分かっていることであった。

 だが或いは、分かっているつもりでしかなかったのかもしれないと、眼前の威容を眺めながら、クラウスは小さく息を吐き出した。


「……まいったな。ここまで一方的にやられるというのは、さすがに想像していなかった」

「……そうね。甘く見ていたつもりはないんだけど……つもりでしかなかった、ということかしら」


 とはいえそれが分かったところで、退くという選択肢だけは有り得なかった。


 この戦場がどうなるどころの話ではない。

 予想通りと言うべきか、アレは明らかにベリタス王国に利しているのだ。

 後方、すぐそこに迫っている兵達には見向きもしないのが、その証拠である。


 自分達が何もしなければ、アレはそのままこの国を蹂躙していくだろう。

 それだけは、許すわけにはいかなかった。


「ソフィア……ここはもういい。お前は、このことを王都に報せに行け。そこにどれだけの意味があり、俺一人であとどれだけ持たせられるかは分からないが……何もしないよりは遥かにマシだろう」

「それはっ……っ」


 残酷なことを口にしている、ということは理解している。

 一年と少し前に、国の為に息子を見捨てた妻に、さらにまた夫を見捨てろと言っているのだ。

 残酷以外の何物でもないだろう。


「……すまんな。お前には酷な真似ばかりさせる。ソーマの時だって、俺が居れば何か……」

「……いいえ。あなたが居ても、結局何も変わらなかったわ。何かしようとしたところで、私がさせなかったもの」


 それは多分、事実だろう。

 いや……そもそもの話、おそらくクラウスが居たところで、何も出来ることなどなかったはずだ。


 見捨てる道しか存在しないソーマのことを、どうにかしようとする。

 それは人間としては正しいだろう。

 男としても正しく、また夫としても、親としても正しい。


 ただ唯一、ラディウス王国ノイモント公爵家当主としては間違っていて、そしてそれが全てだった。

 だからそれも最初から、無意味な気休めでしかないのだ。


「……すまん」

「いいわよ。あなたがそういう不器用な人だなんて、とっくに分かっているんだから。それに私に何かを言える資格なんて、存在していないもの。……それより、そろそろ行くわ」

「ああ……」


 そうして話をしている間も、龍はそこに居るのだ。

 本当は、こんな悠長に話をしている暇すらないはずである。


 だが何故か龍は、こちらへ仕掛けてくることはなかった。

 何か思惑でもあるのか……或いは、後方から敵兵が近づいてきているせいかもしれない。

 気が付けば彼らは、すぐそこにまで迫っていたのだ。


 さすがに自慢の部下達でも、多勢に無勢ではどうしようもなかったということだろう。

 一応別れる間際、命を最優先とすることを伝えていたが……さて、どれだけ生き残ってくれているか。


 もっとも、生きて捕虜となったところで、生かされるかは何とも言えないところだが。

 敵兵の中には話の通じる者もいたが、こちらを強く恨んでいる者もいたのだ。

 捕虜の取り扱いは国際法で決まっているが……戦場ではそれが守られないことも多々あるなどということは、誰に言われるでもなく知っていた。


 まあ何にせよ、この間は有効に使わせてもらうまでだ。

 ソフィアが懐から小さな、掌に乗る程度の丸い白色の球を取り出した。

 そして直後に、それを握って壊す。


 初めて見るものであったが、それは間違いなく魔導具だろう。

 それも、空間転移を可能とするものだ。


 何故そんなものを使ったのかは、単純にして明快。

 ソフィアは、空間転移を使えないからである。


 魔導士は等級が相応でも、全ての魔法が使えるとは限らない。

 特に空間系や時間系は顕著であり、完全に先天的なものに左右されると言われている。

 つまり初歩的なものが使えれば使えるし、使えなければ使えない。

 ある意味で、非常に分かりやすいとも言えるものだ。


 そして魔導スキルが特級なソフィアではあるが、空間系の魔法は使う事が出来ない。

 そんなソフィアが空間転移をしようと思えば、専用の魔導具を用いるしかないのである。

 おそらくはここへと現れた時も、同種のものを利用したのだろう。


 正直に言えば、それは使いきりなこともあって、非常に高価なのだが――


「空間転移用の魔導具を二つ、か。我が家の財政がまた傾くな」

「あら、ここへ来たのは違うけど、今使ったのは最近手に入った、ワープポータルというものなのよ? 今までのものよりも多少融通は利かないけど、その分値段は安いの」

「ほう、そうなのか……それは知らなかったな」


 そんなどうでもいいことを話している間に、ソフィアの周囲が歪み始めた。

 転移の開始だ。

 少しずつ歪みが大きくなり、やがてはその姿もよく分からない、曖昧なものになる。


 別れの言葉は、必要ない。

 ただ、その姿をジッと見つめていた。


 そして。


「……え?」

「――な」


 ガラスの砕けるような音が響くと共に、ソフィアの姿は、変わらずそこに存在していたのであった。

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