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漆黒の龍

 漆黒の龍、というものを認識した瞬間、クラウスの脳裏を過ぎったのは、邪龍、という言葉であった。


 それは今から数百年以上昔、邪神に付き従っていたとされる龍のことだ。

 邪神が滅ぼされた後で、そのことに憤り、暴れ、英雄達とエルフの手で以って封印されたという……そんな、御伽噺である。


 ――だがクラウスは、それが御伽噺ではないということを知っていた。

 かつてそれが事実なのだということを、教えられたからである。

 その十二の封印が、この国に存在している、ということも。


 しかし同時にそれは、決して解くことの出来ないもののはずでもあった。

 その方法は、とうに失われているはずだからだ。


 そして下手に気にしてしまえば、そこが怪しいということを知らしめてしまうため、敢えて監視すらすることなく放置しておいたのだが――


「単に似ているだけの……いや、そんな偶然こそ、有り得ないか」


 そもそも龍とは、人の想念が形となった幻想種だ。

 その想念が原型となるが故、固体の形状は各々異なる。

 特にその色は、同じものは存在しないはずであった。


 ならば、どういった理由なのかは分からないが、封印が解かれたと考えるのが自然だろう。

 まあ何にせよ――


「やることに違いもないな」


 恐れは、当然のようにある。

 かつてクラウスは、仲間達と力を合わせて成龍を撃退した事があるが、それも七天の半数以上、四人の力を合わせたからこそ可能であったことなのだ。

 自分一人で挑んだらどうなるかなど、それこそ知りすぎるぐらいに分かっている。


 ――だが。


「はあぁぁぁぁああああ……!」


 恐怖を誤魔化すように叫びながら、全身の力を解放する。

 様子見もなければ、後のことも考えない。

 ただそれを殺すことだけで思考を塗り潰し、全身を振り絞ると、矢の如く勢いで飛び掛った。


 その巨体との距離が、一瞬で縮まり――


 ――剣術特級・一の剣・護国の加護・武芸百般・怪力無双・比翼連理・ウォークライ・捨て身:デッドエンド。


 瞬間認識出来たのは、突き出した腕の先で、愛剣が粉々に砕けたということだけであった。


 何が起きたのかは分からない。

 いや……自身の認識できた範囲であれば、何も起こっていないはずだ。


 ただ剣の切っ先がそれに触れた瞬間、砕け――


「――ちっ!」


 だが間延びした時間の中、舌打ちをすると即座にその思考を却下する。

 どうせ何か分かったところで、剣を失った以上、今この場ではどうすることも出来ないのだ。

 それよりもと、身体を捻りながら、目の前に迫った胴体目掛けて蹴りを放った。


 ――体術上級・護国の加護・怪力無双・比翼連理・ウォークライ・捨て身:回し蹴り。


「……っ」


 そしてその勢いを利用し、落下しながら、なるほどと頷く。

 先ほど何があったのかを、それで理解したからだ。


 とはいえ、別に難しいことではない。

 単純に、こちらの攻撃を反射されたのだ。

 しかもこの感覚でいけば、増幅してすらいる。


 剣と同じように破壊された自らの足を眺めながら、クラウスはそう結論を下し、さてどうしたものかと思う。

 先ほどのは今の自身に可能な最高の一撃であったし、剣も幾つか予備はあれど、あれ以上のものはない。


 さらに言えば、片足がこの状態だ。

 念のため利き足で蹴らなかったのは幸いだが、それもあまり慰めにならないだろう。

 魔導士を呼び治療させたところで、完治するまで待つほどの余裕もない。


 端的に言ってしまえば絶望的であった。


「だが諦めるわけにも……ちっ。まあそう来るだろうな」


 見上げた先で、龍は僅かに身を逸らしていた。


 クラウスがやったことで、何かが起こったわけではない。

 というか、そもそも今のを認識していたのかすら不明だ。

 では何なのかと言えば、視界に映る光景がその答えである。


 その口元に見えるのは、僅かに溢れ出た炎。

 ブレスであった。


「ブレスが来る、全軍逃げろ! いいか、防ごうと思うな、どうせ無駄だ! 散開し、逃げることだけに集中しろ!」


 上空から叫べば、全員が即に今言った通りの行動を取っていた。


 クラウスが手ずから育てた者達だ。

 この程度のこと、当たり前であり――


「――っ!」


 だがそれでも、遅かった。

 吐き出された炎のブレスが、それを無意味と言わんばかりに、その者達を焼き尽くしたのである。


 とはいえ今の行動は、間違いなく最善のものであった。

 避けられなかったのは、ブレスの範囲があまりに広すぎたからだ。

 クラウスがそれを食らわなかったのは、上空にいたことによる偶然であり、僅かでも角度がずれていたら、直撃していたかもしれない。


 ただ直撃しなかったとはいえ、無傷で済ませられたわけでもなかった。

 余波だけであり、こちらには防具と火炎耐性のスキルまであるというのに、アレは余裕で突き破ってくるらしい。


 咄嗟に両腕で防いだ顔にも炎の熱を感じながら、ようやっとのことで地面へと辿り着く。

 もっとも、片足が壊れた状態では着地もままならず、さらに炎は燃え続けていたので、地獄に突撃するような心持ちではあったが。


「ぐっ……!」


 直後、全身に衝撃を覚え、地面が軽く陥没する。

 当然痛みはあったが、のんびりしていれば焼かれるだけだ。

 片足だけで、何とか立ち上がり――


「クラウス様、ご無事で何よりです」


 そんなクラウスを迎えたのは、指揮官の男であった。

 さらにその後ろには、数十……いや、数百という規模の兵士達がいる。

 勿論、我が軍の者達だ。


「お前達……何故ここに居る? 逃げたのではないのか?」

「私達は、最前線に居ましたからね。ブレスと見た瞬間、こちら側に逃げる方が生き延びる可能性が高いと判断したのです。まあ、逃げながら魔導士達が全力で防御をして、運がいいものが半分、というところですが」

「……そうか」


 なるほど確かに、道理だ。

 ブレスを放つ以上、最も人の集まっている場所に叩き付けるのは、基本である。


 そしてクラウスが最初に出る時点で、大半の兵達は後方で待機していたのだ。

 得られた情報次第でどう出るのかを決める予定だったのであり――


「……損害はどの程度出たか、分かるか?」

「私達も必死で逃げつつ、何とかクラウス様の元に来ただけですので……」

「まあ、それはそうか」

「ただ、私見ではありますが……おそらくはほぼ壊滅状態ではないかと」


 それに同意を示すように、クラウスは頷く。

 ほぼ地上に近くはあったが、上空から見えた光景は、それを肯定するに十分なものであったからだ。


「ともあれ、まずは治療を。他、何か必要なことはありますか?」


 その言葉に口元を緩めたのは、こんな状況にあって諦めていないことがはっきりと分かったからである。

 元より自慢の部下達だと思ってはいたが……やはりそれは間違いではなかったようだ。


「そうだな、とりあえずは何でもいいから、剣を持ってきてくれ。でなければ、アレ相手には戦いにすらならないだろう」


 剣があったところで戦いになるかは別の話ではあるが、なければどうしようもないことだけは事実である。

 あとは何かあるだろうかと思い……その声がかけられたのは、そんな時のことであった。


「――あとは、そうね、優秀な魔導士とかは必要じゃないかしら? 攻撃に防御や勿論治療も、大体のことはこなせる自信があるわよ?」

「なっ……ソフィア……!? どうしてここに!?」


 覚えのある声に視線を向ければ、そこに居たのはクラウスの妻であるソフィアだった。

 本来ここに居るはずのない人物の登場に、さすがのクラウスも驚きに目を見開く。


「ちょっと私の方にまで色々とよくない話が届いたから、知らせに来たんだけど、やっぱり正解……いえ、少し遅かったかしらね」

「……いや。仮にこの状況の全てが分かっていたところで、これはもうどうしようもないだろう。それよりもどうやってここに来たのかは……一つしかないか。また無茶をしたものだ」

「別に大したことじゃないわ。もっともここに来たと同時にこれだったから、さすがに焦ったけど。こっちの様子を見てからと思ってたから、砦の外に跳んだんだけど……結果的に言えば正解だったわね」

「それも含めて、やはり無茶だろう」


 彼女が本来居る場所は、もう一つの公爵領……この国の中では、ここと最も離れた場所だ。

 当然一朝一夕に来れる場所ではなく、そもそも彼女は当主代行を務めているため、早々に領地を離れることが出来ない立場である。

 半日程度であればともかく、その程度で辿り着けるほど、この国も小さくはない。


 だが逆に言えば、時間をかけずにここに来ることが出来れば、大体は何とかなるのだ。

 そしてそれを可能とする手段が、この世界には存在している。

 空間転移だ。


 しかしそれは――


「報告します!」

「なんだ、まだクラウス様達のお話の途中だぞ!?」

「はっ、申し訳ありません! ですが、早急にお耳にお入れしなければならない事態が発生したもので!」

「……いや、構わん。どうせ今は悠長に話をしている余裕はない。ソフィア、手伝ってくれるんだな?」

「当たり前じゃない」

「ならすまんが頼む。そして一先ずそれが分かれば十分だ。……とはいえ、この状況でアレの対処以上にどうにかしなければならないことなど早々ないとは思うが……一体何があった?」

「はっ! それが……ベリタス王国側の兵達が、こちらへの進行を再開いたしました!」

「なっ……!?」


 それは、有り得ないことであった。


 だってそうだろう。

 龍が居るのだ。

 そんな状況で、戦争の再開?


 正気とは思えないどころか、ただの自殺にしか――


「……いや、もしかしたら、関係があるのか?」


 考えてみれば、色々とおかしなことだらけであった。

 突然の全軍攻勢に、そのタイミングで現れた龍。

 単純に数だけならば、敵の方が多かっただろうに、こちらに向けて放たれたブレス。


 それらの事実から、導き出される答えは――


「――ちっ! 暢気に考える暇など、与えてはくれんか!」


 頭上を見上げてみれば、龍が二発目のブレスを放とうとしているところであった。

 ここでのんびりしていれば、今度こそ焼き殺されかねない。


「すまんが、ソフィアは俺と一緒に来てくれ。まずは俺の足の治療を頼む。あとは全力で退却だ!」

「分かったわ。まだちょっと上手く状況が掴めてないけど、それは追々ね」

「ベリタス王国の兵達はどうしますか!?」

「どうせ逃げる方向はあっちしかない! 逃げるついでに撃退するぞ!」

「まーた無茶を言い出しやがりましたね……ですが確かにそれしかなさそうですか。分かりました。全員話は聞いたな! 前方に向かって退却だ!」


 指揮官の叫びに、各々が雄叫びを上げながら、前方へと駆け出す。

 やはり、自慢の部下達であった。


「さて、それじゃあ私達も、っていきたいけど、まずは治療が先かしらね」

「それは移動しながらにしましょう。肩をお貸しします」

「……お前も先に行っていいんだぞ?」

「生憎と上官を無視して逃げていいとは教わらなかったもので」

「なるほど、それじゃあ仕方ないわね。お願いするわ」

「……次からはそういったことも気をつけて教えるべきだな」


 そんなことを言っている間にも、上空ではブレスを放つ準備が着々と進んでいる。

 それを視界の端に捉えながら、クラウス達もまた、その場からほうほうの体で逃げ出すのであった。

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