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元最強、真相を語られる

 手元の報告書を眺めながら、ソフィアはその端正な眉を潜めた。

 そこに書かれていた内容が、非常に不穏当な代物だったからである。


 自領のものではなく、他領のものではあるが……何でも、龍と思しきモノを見かけたというものだ。

 本来であれば、気のせいで済ませるものではあるも……これでもう、七件目である。

 さすがに気のせいとばかりも言っていられないだろう。


 しかも不穏当というだけであれば、それだけではない。

 ここ最近は、ベリタス王国側に怪しげな動きが見られるという報告も受けているのだ。


「……これはやっぱり、あの人にも知らせておくべきかしらね? その二つが関係してるなんて、さすがに考えすぎだとは思うけど」


 だが万が一という可能性を考えておけば、やはり知らせておくべきだろう。

 或いはそうでなくとも、この何がしかがあっちにも現れないとは限らないのだ。

 無視してしまうには、その時の被害予想が大きすぎる。


 とはいえ、正式な報告書を送ってしまえば、それは公的なものになってしまうのが問題だ。

 今はまだただの噂話の域を出ない代物であることを考えれば、さすがにそれはまずいだろう。


 となれば――


「……直接会いに行くのが一番、よね」


 それを嬉しく思わないと言ったら、嘘になる。


 しかし同時に、少し気が重くなるのも事実だ。

 幾つか避けては通れない話題もあるだろうし……それを話すことが楽しみでもあるからこそ、気が重くなってしまうのである。


「ま、何にせよ、行かないわけにはいかないわね」


 ちょうど仕事も一段落ついたところだ。

 あとはカミラ達に任せれば、一日ぐらいは何とかなるだろう。


 そしてそうと決まれば、後は早い。

 とりあえず何を先にやるかを考えながら、立ち上がると、そのままソフィアは部屋を後にするのであった。










 先ほどのことがあったがために、ソーマ達は警戒しながら進んではいたものの、結局あの天使モドキと同様のものが現れることはなかった。

 ちなみにあの遺体は、しばらくすると跡形もなく消えたのだが……それを考えると、やはり幻想種かそれに近い何かだったということなのかもしれない。

 まあだからどうだというわけではないのだが……ともあれ。


 その代わりとでも言うかのように、奥へと進んだ先にあったものは、鉄の扉であった。

 否、どちらかと言うならば、それは鉄の壁と言うべきかもしれない。

 何せ取っ手などの開くためのものどころか、そもそも継ぎ目や隙間すらも見えないのだ。


 どこからどう見ても、一枚の鉄の板をそこに置いたようにしか思えず、しかしここまでは一本道でしかなかった。


「ふむ、行き止まり……というのは、先ほどのアレを考えるに、考えづらいであろうな」

「持ち上げる、というのはさすがに無理でしょうし……何でしょうね。これも仕掛けの一つ、ということかしら?」

「ああ、有り得そうなのです。ただそうなると……」

「……ん、ここを開ける仕掛けは、別の場所にあると考えるべき」


 つまりどうやら、来る順番を間違えたようだった。

 本来は別の場所で仕掛けを解除した後、ここに来るべきだったのだろう。

 あれが妙に手強かったのも、或いはそのせいだろうか。


「じゃあつまり、とりあえず戻る必要があるってことね」

「……ん、進めない以上仕方ない」

「……いや。そうでもないであるぞ?」

「……兄様?」


 リナが不思議そうに首を傾げるも、それには敢えて応えず、ソーマはその場で何度か素振りを行う。

 その手に握られているのは、先ほどの天使モドキが使用していた剣であるが……やはり、それなりに使えそうだ。


 これならば、問題なくいけるだろう。


「……ちょっとソーマ? 何となくあたし、嫌な予感がするんだけど……?」

「おそらく、ほぼ間違いなく目的のものはこの先に存在しているのであろう。ならば、退く必要などないのである。邪魔なものがあるというのであれば――」

「だから待っ――」


 ――剣の理・神殺し・龍殺し・龍神の加護・絶対切断・見識の才:我流・模倣・斬鉄剣。


 アイナが何かを言い終わる前に、そこに向かって腕を振り抜いた。


 下から上へ。

 地面を抉り、下端から上端にまで至ったそれは、僅かに天井までを斬り裂いてしまったが……まあ、それぐらいならば許容範囲だろう。


 一つ息を吐き出し、ゆっくりと残心を解けば、目の前には、一筋の線が刻まれた、ただの鉄の板だったそれがある。

 思い切り蹴ってやれば、そのまま向こう側へと倒れていった。


「うむ……無事入り口が作り出せたであるな」

「作り出せたであるな、じゃないわよ……! ったく、相変わらず非常識なことばっかりして……!」

「……でも、確かにこれで退く必要はなくなった」

「その通りなのです! さすが兄様なのです!」

「二人とも、あまりそうやって褒めないの! すぐ調子に乗るんだから……!」


 一応色々と考えた末のことではあるのだが……まあ、主にあったのは引き返すとか面倒くさいという感情であり、この剣の調子を確かめたいとかもあったので、調子に乗ったと言われると、あながち否定も出来ない。

 だがそういったことは顔に出さず、ただ肩をすくめた。


「ま、やってしまったことは仕方がないので、さっさと行くのである」

「開き直ってるんじゃないわよ、まったく……まあここで引き返すのは、馬鹿のすることではあるけど。……でも、ねえ……こんな風に無理やり入って、大丈夫なの?」

「さて、どうなのであろうな?」

「ちょっと……!?」


 しかしそう言われても、本当に分かりようなどないのだからどうしようもない。

 多分大丈夫だろうと思ってはいるが、それだって絶対ではないのだ。


「……何かあったら、その時はその時?」

「少なくとも、ここで考えていたところで仕方がないことだけは、確かなのです」

「それはそうだろうけど……はぁ。もう、分かったわよ……!」


 そう言うとアイナは腹をくくったのか、さっさと前に進みだした。

 とはいえアイナが先頭を歩くとか危険極まりないので、すぐに追いつくと抜かし、そのままその中へと入る。


 と。


「ふむ……なるほど、ここは……」


 そうして視界に映し出されたのは、それなりの大きさの空間であった。


 敢えて空間と表現したのは、そこには何もなさ過ぎたからだ。

 他の場所と同じように石造りではあるものの、無駄に広く、また高い。

 幅や奥行きは優に十メートルを越すほどであり、高さはそれほどではなくとも、それに迫る程度はある。


 そしてその中央に、それはあった。


「龍の像……やっぱりこれはあるのね」

「でも、祭壇はないみたいなのです?」

「……それと、像も、同じではない?」


 そう、それは、これまでと同じような漆黒の龍の像であり、だが右目が欠けていた。

 ついでに言うならば祭壇もなく、本当にそれだけしかないのだ。


「……ま、ここまでお膳立てされていれば、やることは一つであろうな」

「……ん」


 頷き、シーラが取り出したのは、あの塔の遺跡で発見したあれだ。

 球にしか見えなかったが……なるほど、眼球と言われれば、そうも見えるかもしれない。

 それをあそこに嵌めろということなのだろう。


 それは分かった……分かった、が――


「……ちょっと高すぎない?」

「五メートルぐらいはあるのです」


 二人が言っているのは、その像の高さである。

 そう、造形は同じに見えるのだが、その高さが今までよりも高いのだ。


 五メートルはあろうかと見え、当然目はほぼその頂点にある。

 まあ、その程度であれば、ソーマ達なら難なく届きはするものの、何を考えてこんなまねをしたのだろうかと、疑問に思わざるを得ない。


「……とりあえず、嵌めてみる」

「そうであるな……何が起こるにしても、それからであろうしな」


 念のために警戒しながらシーラがそこに近付き……何もないことを確認してから、僅かに屈む。

 地面を蹴り、上空に跳び上がれば、簡単にそこに届いた。

 欠けた右目に、同じ色の球体を嵌め込み……それが正解だとでも言いたげに、ピタリと嵌まる。


 だがそれによって何かが起こるだろうという期待は、見事なまでに裏切られた。

 何も起こらず、そのままシーラの身体が重力に引かれて落ち、着地し……それでも、何も起こらない。


 ――否。


「……む?」


 パチパチと、響いたそれは音だった。

 手と手を打ち合わせた……拍手の音。


 それは、龍の彫像、その後ろから聞こえてきた。


「いや、これは見事だ。まさかギミックを解除することなく、力押しで入るとは思ってもいなかったが……それも含めて見事だと言うべきだろうな」


 そうして姿を見せたのは、あの黒いローブの人物であった。

 ただしその両手にしわはなく、そもそもその話し方が違う。


 しかしソーマが別人だと考えることがなかったのは、どうせそんなことだろうと思っていたからだ。

 だから驚くことすらなく、溜息を吐き出す。


「そして賛辞と共に、感謝も贈ろう。いや、本当に助かった。心から君達に、感謝しよう。ありがとう」

「ふむ……我輩達は自分の為にやったことであるから、特に感謝されるいわれはないのであるが?」

「なに、そう謙遜することはない。君達は、それだけのことをやってくれたのだからな」

「やってくれた、であるか……なら感謝の言葉を受ける代わりに、一つ聞きたい事があるのであるが?」

「一つと言わずに、幾らでも聞いてくれて構わないぞ? 感謝の言葉も素直に受け取ってくれていい。それぐらい、今俺は気分がいいからな」

「では、遠慮なく聞くであるが……結局これは、何だったのである?」


 そう問いかけると、その人物は驚いたような、楽しんでいるような、そんな気配を漏らした。

 直後に肩を揺らしたのは、笑ったからだろう。


「なるほど……気付いていた、というところか? 或いは、その可能性も考えていた、というところかもしれんが」

「どちらかと言えば後者であるな。万が一の可能性を考えると、それでもやらんわけにはいかなかったわけであるし」

「えっ、ちょっ……どういうことなのか、まるで分からないんだけど? えーと、つまり……どういうことなの? 何であの人はここにいるの?」

「……ん、つまり、私達は騙されてた」

「まああからさまに怪しかった上、そんなおいしい話が早々転がってるわけもないのですしね」

「え……? ……もしかして、信じてたのってあたしだけなの……!?」

「いや、信じていたというならば全員同じであるし、騙されたというのも全員同じだろう。ただ、同時に疑っていたというだけで」


 もっともそれを言うならば、おそらくはアイナも同じだ。

 違うのは、アイナは何だかんだ言いながらも、信じる方に傾いていたというだけである。

 ここら辺は、個人の価値観の違いだろう。


 まあ、それはともかくとして――


「で、正解を聞いてないのであるが?」

「ふむ……まあそうだな。君達には聞く権利があるだろう。すぐにその意味もなくなるが……折角だ。盛大に驚いてくれたまえ」


 そう言うと男は、その両手を大きく広げた。

 まるで演説でもするかの如く、大袈裟なまでに高く掲げ――


「ここにあるのは、ただの彫像ではない。かつて邪龍と呼ばれた存在、それが分割され封印された姿、そのものだ! そして君達が手に入れたアレは、その封印の核となっていたもの。つまり――君達は見事、邪龍の封印を解いてくれたというわけだ……!」


 その言葉に呼応するように、彫像にしか見えなかったそれが、僅かに蠢いた。

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