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斬り裂く刃

「……あ」


 その瞬間、その光景に最もショックを受けていたのは、或いはシーラだったのかもしれない。

 ソーマの木剣が砕け散ったのは自分達のせいだということを、はっきりと認識してしまっていたからだ。


 そもそも、ソーマの木剣が砕け散ったのは、あれの攻撃を受けたからではない。

 ソーマが振るった一撃に耐え切れずに、自壊したのだ。


 そしてそんなことをした理由は、明白。

 そうしなければ、ソーマはともかくとして、自分達は確実に死んでいたからであった。


「……足を引っ張りたくないって言いながら……無様」

「え? それってどういう……?」


 下がりきった先で呟いた言葉に、アイナが反応を示すが、それに何かを返すよりも先にリナがそれに気付いた。


「……ああ、なるほど、そういうことなのですね。兄様の木剣は、砕かれたのではなく、砕いた、ということなのですか」

「砕いたって……自分でってこと?」

「……ん。……結果的には、だけど」

「そして兄様がそんなことをする理由なんて、一つだけなのです。……先ほどのは、それほどのものだったのですね」

「……ん」


 シーラもはっきりと理解出来たわけではないが、先ほどのはアレの切り札的なものだったのだろう。

 当然、ただの歌などということは有り得ない。


 おそらくは、概念級の代物だ。

 スキルで言えば特級を持ち、そこからさらに鍛え上げた末に、ようやく放てるようになるようなものだ。


 単純に衝撃を撒き散らすのでなければ、何らかの効果を発揮するようなものでもない。

 破壊という概念そのものを撒き散らす歌だ。

 なるほどソーマが幻想種などと言うわけだと、今更ながらに納得する。


 それを咄嗟に防ぐのは、自分達にですら難しいだろう。

 或いは、最初から知っていれば対処のしようもあるだろうが、先ほどのは間違いなく必殺のタイミングであった。

 咄嗟にそれを察したソーマがこちらを救うには、あれ以外に手段がなかったに違いない。


 しかも――


「っ、まさか、アレ、生きて……!?」

「わたし達を助けるのを優先してしまったせいなのですね……」

「……ん、でなければ、倒せてたはず」


 ソーマが吹き飛ばされるのと同時、アレもまた地面へとくずおれていたのだ。

 ソーマの一撃が届いたが故のことであり、だがそれが今ゆっくりと立ち上がり始めている。

 その胸元にはしっかりと斬撃の後が残り、血が滴っているものの、致命傷には程遠いだろう。


 ソーマがあそこまでやってのそれは、どう考えても浅すぎであり、自分達のことを優先したせいなのは明らかであった。


 一方、吹き飛ばされたソーマも空中で体勢を取り戻しているので、問題はなさそうだ。

 ……その手に残っているのが、木剣の柄だけだということを除けば、ではあるが。


「……撤退すべき?」

「一旦そうした方がいいかもしれないわね。あれじゃあさすがのソーマも――」


 アイナの言葉が途中で止まったのは、アレの動きを捉えていたからだろう。

 シーラもそれを見た瞬間、まさかと思い硬直してしまったので、仕方の無い事だ。

 アレは立ち上がり終わると、その口を大きく開いたのである。


 それが何を意味するのかは、改めて言うまでもないだろう。


「……っ」


 瞬間、咄嗟にシーラが視線を向けていたのは、ソーマへとであった。

 助けを求めてではない。

 逆だ。


 ソーマはまだ着地しておらず、あのままではギリギリ間に合わないだろう。

 即ち、回避は不可能であり、しかもこちらとは距離が離れている。

 助けに向かったところで、間に合うかは何とも言えないところだ。


 もっともそれは、こっちも同じである。

 今から下がったところで、効果範囲外まで逃れられるとは思わない。

 最適解は何かと、一瞬で思考を巡らし……だがその直後、その視線がこちらを向いた。


 その意味するところを瞬時に察し、頷く。

 代わりに、傍らの二人へと問いかけた。


「……アイナ、リナ、何とか出来そう?」

「……自信はないけど、やってみせるわ。守られてばかりなんて、いられないもの」

「同じくなのです。兄様の足を引っ張るだけでは、自分で自分が許せないのです」

「……ん」


 ならば、シーラもシーラで、自らの身を守ることに専念するだけだ。

 音は確かに、目には見えないけれど――


『RaaaaaaaaaAAAAAAA!』

「――一刀両断」


 ――刀術特級・森霊の加護・精神集中・一意専心・居合い・心眼:一刀両断。


 それが自分の方へと向かってくるのが分かっていれば、それを斬るのは難しいことではない。


 自身の感覚に従い、腕を振るえば、手応えこそなかったものの、何かを斬ったという確信だけはあった。

 傍らを見れば、二人とも宣言通りに無事であり、小さく息を吐き出す。

 それからソーマの方を見てみれば――


「……あいつはとりあえず手に何か持ってればどうにでも出来るっていうの? まったく、相変わらず出鱈目ね……」

「さすがなのですが、追いかけるのが大変なので少しは自重して欲しいのです」


 ソーマもまた腕を振り切った体勢であり、その手からパラパラと何かの破片が零れ落ちていく。

 残った柄だけで、強引に技を放った代償だろう。

 まあそれだけであれに対処できる時点で、どう考えてもおかしいが。


 しかしそれを気にするよりも先に、どうにかしなければならないことがあった。

 歌を発したアレの口が、閉じていなかったのだ。

 その意味するところに、皆が即座に気付く。


「っ、まさか……連発出来るの!?」

「さすがに、もう一回は厳しいのですが……」


 同感であった。

 一度コツを掴んだ以上、次からはもう少し楽に対処出来るとは思うが、それも時間が開けばの話だ。

 この間隔で連発されては、とてもではないが対処しきれない。


 撤退が間に合うかと、唇を軽く噛み――瞬間、目が合った。


「……っ」


 不思議と、迷いはなかった。

 それが最も確実だということが分かっていたし、助けられたというのもある。

 或いは、それは――


「……え? ちょっ、シーラ、何を……!?」


 刀を仕舞わず、振り被ったことに、アイナが何かを言っていたが、応えている暇はなかった。

 そのまま全力で振り下ろし、投げる。

 勿論、ソーマに向かって、だ。


「ふむ……さすがであるな」


 小さく呟かれたソーマの言葉は、何故だかはっきりと聞こえ、飛来してきた刀の柄を掴んだソーマは、そのままその腕を腰へと持っていく。

 居合いの構え。

 鞘こそないものの、それは間違いなくシーラと同じ動作であり……ほぼ同時に、アレも次の行動へと移る。


 開いたままの口から、歌が発せられ――


『Ra――』

「――一刀両断」


 それを中断させた呟きまでも、シーラのそれと同じものであった。


 直後、振り切った剣閃をなぞるように、アレの身体の真ん中に、線が走る。

 それを境にして、その身体が少しずつずれ始め……やがて、そのまま地面へと倒れこんだ。

 小さな音を二回、響かせ……呆気ないそれが、その最後であった。


「うーん……武器さえしっかりとしたものがあれば、あんなに簡単に、なのですか。さすがは兄様なのです」

「……ん、さすが」

「さすがなのはいいんだけど……今のちょっとおかしくなかった……?」

「……? ……どこが?」

「そうね……刺すかのような勢いで刀をソーマに向かって投げたシーラと、それを難なく受け取ったソーマが、かしらね?」

「……? ……別に、普通?」

「まあ、あの速度がなければさすがに間に合わなかったと思うのですし、そもそも来るのが分かっていればあの程度ならば受け取るのは難しくもないのですよ?」

「……そう。そういえば、ここには普通なのは、あたししかいないんだったわね」

「何の話であるか?」

「あたし以外変態しかいないってだけの話よ」


 アイナが何を言っているのかは分からなかったが、シーラはそれよりも、ソーマに言いたい事があった。

 こちらに刀を返してきたソーマに向けて、向こうから見えないということは分かっていながらも、僅かに頬を膨らませる。


「……それ、私の技」

「うん? ああ、ちょうどよさそうだったから真似させてもらったのである。うむ、やはり見事な技であった」

「……褒められているのか、微妙」


 大体あれはシーラにとって最も得意とするものであり、最も使い込んだ技でもあるのだ。

 それを模倣し、さらには遠距離攻撃すらも可能にするほど高めるとか。

 そんなまねをしてみせた相手に見事だと言われても、素直に喜ぶことは出来なかった。


「ところで、無事にさっきのを倒せたのはいいんだけど……どうするの? 一旦戻る?」

「いや、別にその必要はないであろう。三人に怪我はなく、我輩もギリギリのところで防げたであるし」

「でも兄様、剣が……予備のものも、用意してはいなかったのですし」

「なに、あそこにちょうどいいのが落ちているであるしな。あれを失敬すればいいだけなのである」


 そう言ってソーマが指し示したのは、地面に転がっている、先ほどのアレが使っていた剣であった。

 確かに、そこそこの業物……下手をすれば、シーラの刀以上のものではあるのだろうが――


「……大丈夫?」

「呪いとかはなさそうなので大丈夫であろう。最悪今回の間だけ持てばいいだけの話であるしな」


 まあ、ソーマがいいのであれば問題はないので、そうかと頷く。

 それからそこに近付くと、本当に剣を回収したソーマが、感覚を確かめるようにして数度素振りを行う。


「ふむ……思った以上に使えそうであるな。問題は鞘がないということであるが……まあ、手で持っていれば問題はないであろう」


 そんなことを言い、何処か満足気なソーマに小さく息を吐き出しながら、シーラ達はさらに奥へと向かっていくのであった。

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