塔の古代遺跡
古代遺跡と呼ばれているものは、主に二通りに分けられる。
名前の通り単純に古いだけの遺跡か、『魔法的』な仕掛けが存在している遺跡である。
前者に関しては言うまでもないだろうが、後者の『魔法的』というのは仕組みが分からないという意味で使われることが多い。
例えば、前回シーラ達が探索したあの遺跡は後者になるが、罠の方はともかく、空間的な仕掛けに関してはその仕組みを解析するのは困難だろう。
どこかに存在していただろう、あれを発生させている装置を発見したとしても、である。
ちなみにそういった意味で言えば、迷宮なども一応古代遺跡に分類されるが、あれは別枠で扱われる事が普通だ。
古代遺跡と呼んでしまうには、色々な意味で複雑すぎるからである。
迷宮まで含めてしまうと、あまりに幅が広くなりすぎてしまうのだ。
尚、具体的にどこら辺から古代とされているかについては、今から五百年前より前に存在していたもの、とされている。
後者の遺跡が最も多く存在していたのが、その前後だと言われているからだ。
前者の遺跡も古代遺跡に含まれるのは、そのついでなのである。
そういったこともあり、研究者からは外れ扱いされることも多い前者の遺跡だが、それは冒険者からも同様だ。
ただ古いだけの遺跡は、探索したところでろくなものが得られないからである。
後者であれば、前回の遺跡のように財宝などが見つかることも多く、万が一にもその仕組みの発生源でも見つける事が出来れば一攫千金を狙うことすらも可能だ。
仕組みは分からないが、分からないからこそ大金を出してまで研究したがる研究者は山ほどいるのである。
そしてどちらであろうとも、危険なことに代わりはない。
多くの場合、そこには魔物が住み着いているからだ。
このように。
「――一刀両断」
――刀術特級・森霊の加護・精神集中・居合い・心眼:一刀両断。
暗闇から現れたそれを、視界に入った瞬間シーラは斬り捨てた。
呆気なく頭部が胴体から離れ……だが油断することなく、振り切った腕をそのまま振り下ろす。
――刀術特級・森霊の加護・精神集中・連撃:双月の太刀。
剣を握ったその右腕を斬り飛ばし……そこで唇を浅く噛んだのは、今の一撃が浅かったことを悟ったからだ。
でたらめに振るわれた左腕を、後方に飛び退くことでかわし、代わるようにリナが前に出る。
踏み込みと共に振り切られた斬撃はその胴体を真横に両断し、続く一撃で十字に斬り裂く。
ばらけ、地面に転がったそれは、さすがにもう動くことはなかった。
「……ん、助かった」
「ちょっと余計かと思ったのですが、助けになったのでしたらよかったのです。それにしても、さっきから思ってるのですが、ここの魔物ちょっと手強い気がするのです?」
「苦戦してないし、傍目にはそんな風には見えないけど……でも考えてみれば、道中の魔物は一撃か二撃で倒せてたのに、ここではもう少し手数が必要よね」
改めて言うまでもないことだが、魔物というのは街中でもなければ大体どこでも遭遇する可能性のあるものだ。
それは馬車での移動中や、こうした遺跡への移動中も例外ではない。
そうしたことがあるからこそ、互いの力量もある程度は分かっているのだが、アイナの言う通り、そこで遭遇した魔物はその大半が一撃、かかっても二撃であった。
だが今の魔物に要した手数は、合計で四撃。
リナの最後の一撃は、念のためといった意味合いもあるのだろうが――
「……ん、一見ただのスケルトンに見えるけど、多分その上位種?」
スケルトン。
非生物系の魔物の中では見た目でそれと分かりやすいため、代表的な扱いをされることも多いものだが、今戦ったのがそれだということを示すように、床にはむき出しの骨が転がっている。
それだけを見れば、ただのスケルトンにも見えるが……単純にそうだと判断しないのは、先ほどのしぶとさが原因だ。
スケルトンは魔物とはいえ、見た目相応に脆い個体だ。
だが同時に非生物系なために、首を刎ねても死ぬことはない。
殺すには、身体のどこかにあるという核を砕くか、ある程度ばらす必要があるのだが……普通のスケルトンであれば、シーラが一撃を振るうだけで、核を砕かなくとも余程当たり所が悪くなければ倒せるはずなのだ。
そうでないということは、必然的に普通のスケルトンではないということなのである。
「言われてみれば確かに、少しだけ動きが鋭いような気がするのです? まあ普通のスケルトンと戦った事がないので、断言は出来ないのですが」
「まあ普通のスケルトンと比べてどうなのは我輩も分からんではあるが、今までの魔物と比べれば多少手強いのは事実であるな」
「……事実を語ってるんでしょうけど、あんたが言うと正直説得力がないわよね」
「……ん、同感」
「む? 何故であるか?」
何故も何も、ソーマに苦戦している様子はまったくないからだ。
今までもそうであったが、ソーマは全ての相手を一撃で倒しているのである。
手強いと言われたところで、正直説得力がなかった。
まあ或いは、そんなソーマが言うことだから、信用に値すると言えるのかもしれないが。
「とりあえず、警戒しながら進む必要があるってことかしらね……まあ今更言うまでもないことだけど」
「なのですね。ここまで何もないっていうのが、逆に怪しいのですし」
リナが言った言葉は、そのままの意味だ。
魔物の襲撃こそ散発的に起こるものの、それは全て先ほど同様スケルトン? だけであるし、多少手強くとも苦戦はしない。
そしてそれ以外には、本当に何も起こらないのだ。
この塔に入って、そろそろ一時間近く。
既に上への階段を二つほど見つけ、上がっているが、こちらの警戒に反し何らかの仕組みが存在しているような気配すらもない。
そう、つまり今のところ、ここは単なる古いだけの遺跡にしか見えないのだ。
だがそうなると、あの男の話の信憑性が薄くなる。
まあ元からそうだと言えばそうだし、古いだけの遺跡にそういったものが眠っていることもないわけではない。
しかしやはり普通そういった類のものは、魔法的な仕掛けによって守られているものなのだ。
それがないということは、楽と言えば楽ではあるものの……どちらかと言えば、不気味さの方を強く感じる。
それに実はシーラにはもう一つだけ、ここに関して気になる事があった。
もっともそれは、どちらかと言えば前回訪れた遺跡に関して気になる事でもあるのだが……こことあそことに何らかの関連があるのならば、あながち無関係とも言い難いだろう。
前回の遺跡で、探索の末に辿り着いた広間。
そこにあった、黒い龍。
あれがシーラには、気になっているのだ。
というのも、エルフにとって黒い龍とは不吉の証なのである。
かつて起こった出来事と、今も伝えられている伝承。
その二つによって。
伝承によれば、黒い龍とはこの世界に破滅がもたらされる、その前兆なのだという。
ただその時には、救世主の少女が舞い降りもするらしいのだが……まあその真実なのか定かではない話はさておき、かつて黒い龍がこの世界で暴れていたのは事実だ。
小さい頃から事あるごとに聞かされてきた身としては、どうしても意識してしまうのである。
とはいえ、さすがに偶然だとは思うが。
エルフの森がある場所とこことでは、あまりにも距離が離れすぎている。
所詮像であるし、龍を祀っていた場所というのは少なくないはずだ。
偶然色が同じになってしまったとか、そういうものだろう。
まあ何にせよ、ここが警戒すべき場所だということだけは確かである。
「……ん、とりあえず、何かあるものとして進む」
「ま、それが無難であろうな」
そうして先へと進むも、基本的には代わり映えしない光景が続くだけだ。
アイナの作り出している光球が照らし出すのは、僅かに右へと反って続く石造りの通路。
どうもここは塔の内側をグルリと回ったあとで、外側をさらに回るような構造をしているらしい。
ここまでの二つが同じであったので、ここもおそらくは同じだろう。
もっともそれに最初に気が付いたのは、ソーマなのだが。
「……そういえば、ソーマ達は今までに遺跡とか行ったことある?」
「ふむ? 何でそう思ったのであるか?」
「……冒険者としての知識はなくとも、遺跡の探索は少しだけ慣れてたから?」
「なるほど……まあ馬車の中でも少し話したであるが、ヤースターに行く前に色々な場所に行ったであるからな。その中には幾つか遺跡もあったのである。ただ魔物もろくに出ないような場所ではあったため、探索というには少し不十分なものではあったが」
「一つだけ……いえ、二つかしら? 一応古代遺跡らしいのもあったじゃない」
「ああ、そういえばそんなのもあったであるな……とはいえあれは……」
「……ん、どういうこと?」
「それってあそこの話なのですよね? 気が付いたら転移していた」
話を聞いてみると、ソーマ達はとある遺跡を探索中に別の遺跡へと転移してしまったことがあるらしい。
そこが別の遺跡だと気付いたのは、見覚えのあるところだったからだそうだ。
何でもそこは、それよりも前に探索した遺跡だったとのことである。
「外に出たらやっぱり見覚えのある場所だったんだから、アレは本当に驚いたわね……」
「まあ一方通行的なものだったのか、戻ることは出来ず大幅に時間を無駄にしたであるがな」
「あれは本当に参ったのです……」
たまにではあるが、そういったことが起こったという話は聞く。
ただ大半の場合は、事故であることが多いそうだ。
特に空間系の仕組みのある遺跡で起こりやすく、ちょっとした誤動作や余計なことをしてしまったために何処か別の場所に飛ばされてしまう、といった感じである。
遺跡間の移動であったので、それ自体は意図されたものではあったのだろうが。
「……ん、なるほど」
そこでシーラが頷いたのは、勿論今の話に納得したからではあるものの……しかしだからこそ、分からないことも増えてしまった。
ソーマ達の間にある明らかな経験の差がどこから来ているのかが、分からないのだ。
この塔の構造を先に把握したことなどからも分かる通り、ソーマには明確に何らかの経験というものが存在している。
それを知識が理由だと思わないのは、ソーマの言動はどう考えても経験による実感がこもっているからだ。
知識だけでは、その厚さと重みは出せないだろう。
冒険者としての経験ならば、確かにシーラの方が遥かに上だ。
知識としても、同様である。
だがそんなシーラから見ても、ソーマの方が明らかに色々な意味での経験は上なのだ。
しかし同じような経験をしているはずのアイナ達二人からは、そういったものを感じることはない。
どういうことだろうと首を捻ってみるも、分かるはずもなく――と。
「ふむ……とりあえず我輩だけで対処は可能であるか? まあ一応警戒しておいた方がいいと思うのである」
「……ん」
唐突なその言葉に、何を聞くでもなく頷いたのは、もう慣れたからだ。
というか、それを分かっているから、ソーマも余計な言葉を使わないのだろう。
その直後、ソーマは僅かに身を沈めると、そのまま暗闇の方へと飛び込む。
そしてそれとほぼ同時に、その向こう側から全身骨だけの魔物が姿を見せ――
「――しっ」
――一閃。
両断したそれには目もくれず、さらに奥へと視線を向けると、もう一閃。
奥から飛び掛ってきたそれを真っ二つにし、都合四つ……いや、地面に落ち、くだけたそれらは、その数を増やしながら転がった。
念のためにかそちらを一瞥し、動かないことを確認したソーマが、小さく息を吐き出す。
「ふむ……強さは変わらんであるが、どうにも少しずつ遭遇する頻度が増してきているであるな」
「確かに、最初の頃は全然遭遇しなかったわね」
「奥へ進むほどに魔物との遭遇頻度が高くなるとか、ろくな想像が出来ないのですが、まあ何かあるらしいことが分かったとなれば悪くはないのですかね……?」
そうしてそんなソーマと当たり前のように会話を交わす二人を見て、シーラも息を吐き出した。
それはつまり、ソーマのやっていることに何の驚きも感じていないということだからだ。
誰よりも先に魔物の接近に気付いたのもそうだし、あの魔物二体を連撃で簡単に倒してみせたこともそうだが、それらは十分驚くに値するようなことなのである。
それを二人は当たり前のような顔をして受け入れているし……もっとも、先の溜息の原因は、シーラもこの状況に慣れ、大して驚かなくなってきている、ということが主なものではあるのだが。
ふと、ある時二人から言われたことを思い出す。
曰く、ソーマは非常識だからやることなすこといちいち気にしていたら身が持たない、である。
その時は多少大袈裟だと思ったものだが……むしろ過少ですらあったとは本当に驚きだ。
まあ、頼もしいといえば頼もしいのだが……さて本当に彼は、何者なのだろうか。
そんなことを思いながら、探索を再開しだしたその後に続きつつ、シーラは再度小さく息を吐き出すのであった。




