エルフ、非常識な存在を知る
――刀術特級・森霊の加護・精神集中・居合い・心眼:一刀両断。
現れたゴーストを斬り捨てながら、シーラは一つ息を吐き出した。
あれからさらに一時間ほどが経過したが、未だシーラ達が居るのは遺跡の中である。
さすがに陽は傾きつつあり、まだ夜の帳が下りるまで時間はあるも、そう悠長に構えていられるほどの余裕まではないだろう。
それなのにまだここに居るのは、ソーマの最終手段でもどうにもならなかったから……では、ない。
というか、そもそもそれは、試してさえいないのである。
というのも、どうやらソーマが何かに気付いたらしく、まずはそれを確認してみることとなったのだ。
別にここから急いで脱出する理由はなく、遺跡を破壊しなくて済むならば、シーラとしてもそちらのがよい。
アイナ達もそれを同意をしたため、こうしてここを未だに探索しているのであった。
ちなみにソーマが何に気付いたのかは、教えてもらっていない。
間違ってたり、それでもどうにもならない可能性もあるから、だそうである。
まあどちらかと言えば、アイナ達にも考えさせ、気付かせるためのような気もするが……それがソーマ達の方針だというのであれば、シーラとしては黙っているだけだ。
尚、シーラはおそらくではあるが、ソーマが何に気付いたのかを察している。
とはいえソーマの動作などからの推察であるため、カンニングに近い行為だ。
それも手段の一つとはいえ、誇れることではないだろう。
むしろソーマは単独で、どうやってそれに気付けたのか。
その方が余程気になることであり――
「……ねえ、そういえば、さっきからちょっと、というか、実は最初からずっと気になってたことがあるんだけど」
と、アイナがふとそんな言葉を口にしたのは、その時であった。
「うん? どうかしたであるか? 最初から、ということは、我輩が気付いたものに気付いた、というわけではないのであるよな?」
「……なに?」
「いや、何ていうか、その……何であんた達、さっきから普通にゴースト斬れてるのよ?」
「……?」
そこでシーラが首を傾げたのは、何を言っているのかが分からなかったからだ。
何でも何も――
「……斬れるから?」
「で、あるな」
「だからそれがおかしいって言ってるんでしょうが……! ゴーストって非実体なのよ!? 普通魔法じゃなくちゃ倒せないはずでしょ!?」
「ふむ……? そうなのであるか……?」
「……そういえば、兄様達が普通に倒してたので気にしてなかったのですが、確かにその通りだった気がするのです」
「……言われてみれば?」
ゴースト、というか非実体の魔物と戦うのは初めてであったし、普通に斬れて倒せていたので気にしていなかったが、確かにゴーストなどの魔物は、通常の場合、魔法や魔剣などの特殊な方法でしか倒せなかったはずである。
だがシーラの持っている刀は、確かに製法こそ特殊ではあるが、そういった処理はしていないはずだ。
となれば、考えられることは――
「……特級だから?」
「いえ、わたしも特級ですが、多分倒せないと思うのです。兄様達に任せてたのは、わたしの方に敵が来なかったというのもありますが、わたしじゃ倒せないと思ったのも理由の一つですので」
「というか、そもそもソーマは特級じゃないものね」
「…………え?」
アイナが何気なく口にした言葉に、シーラはつい立ち止まると、呆然とした声を漏らした。
すぐに後を追いかけ、気付かれなかったのをいいことに平然として見せるも、頭の中の疑問符がなくなることはない。
……特級じゃない?
……誰が?
……ソーマ、が?
「ふむ……とはいえ、それほど気にするようなことであるか? 姿が見えないというのであればまだしも、目に見えてそこに居ることは分かっているのであるから、それが斬れるのは当たり前のことだと思うであるが」
「……ソーマの場合、本気でそれで出来そうなのがあれなのよねえ」
「さすがだとは思うのですが、シーラさんも出来るということは、他にも何か理由がありそうなのです」
「……ちょっと待って」
「うん? どうしたであるか?」
「……特級じゃないって、どういうこと?」
ようやく思考が追いつき、何とかその疑問を口に出す。
だってそれは初耳で、信じられないことでもあった。
スキルの等級は基本的に絶対だが、中でも特級というのは別格だ。
例え上級スキルを持つ者が複数人でかかったところで、歯牙にすらかけない。
それこそが、特級というものなのだ。
或いは、近距離と遠距離などという、条件が違うのであればまた別の可能性もあるものの、シーラとソーマでは条件は同じ……いや、それどころか、シーラの方が有利ですらあったのだ。
そんな中で、明らかにソーマは優勢であった。
その相手が特級でないなど、信じられるわけがないだろう。
「……あれ? シーラさんにはそのことまだ言ってないのでしたっけ?」
「そういえば、言った記憶がないであるな」
「あたしもてっきり、言ったものかとばかり思ってたわ」
しかし三人の反応を見る限り、どうやら本当であるらしい。
いまいち納得が出来ないが、そうだと言うのであれば、頷くしかなく――
「ああ、ということは、当然あれも知らないのよね? ソーマが実は何のスキルも持っていないっていうのも」
「………………え?」
何も、ということは、勿論上級すらも持っていない、ということだろうか?
なのに、刀術の特級を持つ自分に、優勢で……?
「……それは、何も使ってないと思ってる、じゃなくて?」
「それは普通であろう?」
確かにその通りだ。
スキルというのは、基本的に自分で何を覚えているのかが分からないどころか、そもそも何を使っているのかすら分からないものである。
いや、たまに身体が光ったりするものもあるし、武術系であれば武器を持った時点で明らかに違いが分かるため、まったく分からないわけではないものの、普通は分からないものなのだ。
スキルというのは、何かをやろうとした際、それに対応可能なスキルを持っていると勝手に発動するものなのである。
まあ厳密には、そう言われているためそうなのだろうと思っているに過ぎないが。
正確なところは、誰も知らないだろう。
だって知りようがない。
例えば、鋭い斬撃を放った際、それが自分の実力によるものなのか、何かスキルを使った結果なのかは、本人すらも分からないのだ。
否、それどころか、スキルを使ったのだとしても、何のスキルを使ったのかすらも分からないのである。
そのため、スキルを持っていないと思っていた者が実はスキルを持っていたということは、割と起こりうることなのだ。
ただしそれも、スキル鑑定を受けたことがなければ、であり――
「……スキル鑑定は?」
「勿論受けた上での話である。我輩はスキル鑑定を受けた上で、何も持ってないどころか、何一つ覚えることはないと、言われたのである」
ならば、それもないだろう。
となると、あと可能性としてありそうなのは――
「……あとは、加護?」
「確かに兄様のことですから、何か持ってそうではあるのです!」
「まあ否定はしないけど……それだけでこれほどのことが出来るかっていうと、それはやっぱりないでしょ?」
「……確かに」
加護とは、神や精霊などの、高次元の存在から与えられるものだと言われている。
詳細は不明なのだが、その効果はスキルと同等、或いはそれ以上のものを対象者に与えるものだ。
詳細が不明なのは、スキル鑑定のようにそれを知るためのスキルが存在していないからである。
スキル鑑定はあくまでも名前の通りスキルを見るためのものであり、加護などに関しては分からないのだ。
かつて神や精霊から直接宣託を受け、加護を授かったという記録があるため、そういうものが存在しているのだと知られてはいるものの、詳しいことを知るものはいないのである。
とはいえアイナが言うように、さすがに加護だけで特級のスキルと渡り合えるということはないはずだ。
記録にある限りでは、身体能力の上昇、魔法効果の上昇、特定の耐性の付与などがあったらしいが、多岐に渡りすぎてその詳細もまた不明である。
「ふむ……むしろそれに関しては、シーラが持ってる可能性の方が高いのではないか?」
「……? ……何故?」
「ゴーストが倒せたことに、心当たりがないのであろう?」
「ああ、なるほど……それは加護のおかげってわけね」
「エルフは精霊の末裔らしいですし、確かに有り得そうなのです」
「……それは秘密」
だが確かに、有り得そうなことであったし、納得出来ることでもある。
問題は、ソーマも同じことが出来るということだが――
「……ソーマも、同じ?」
「え、ソーマも精霊の……って、秘密だったわね。そうだってこと? ……あながち否定出来そうにないのが困ったところね」
「でもそれだと、わたしもそうだってことになるのです! 兄様はきっともっと違う、凄いものだと思うので、違うと思うのです!」
「言葉だけ聞いてると、褒めてるのか何なのかよく分からない感じよね……」
まあ結局のところ、何だかよく分からない事が分かった、ということだろうか。
だがそれでも、ソーマが特級と同等、或いはそれ以上の剣技を使えることだけは確かなのだ。
ついでに言うならば、非実体の存在を、普通に倒せるということも。
そんな話をしながらも、探索を続けていたソーマを眺めながら、シーラは首を傾げる。
何だかよく分からないが……非常識な存在。
それが、今の話を知って、シーラがソーマに抱いた、感想なのであった。




