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三つ目の終わり

 それはまるで水の中に漂っているような、曖昧な感覚であった。


 自分と他との境がなくなるような、あるいはとうにないような。

 意識もあるのかないのか、よく分からないそんな中、不意に声が響いた。


『あはは、まさかここまで上手くいくとは思っていませんでしたよ。もっと苦労するかと思っていたのですが……ええ、貴女方には心の底から感謝しなくてはなりませんね』


 それと共に眼前に広がったのは、見覚えのない光景だ。

 視点がかなり上の方にあるのか、地面までは大分遠い。

 そこには一組の男女がおり……はて、彼らは一体誰だっただろうか。


 知っている気がするのに、誰なのかはまったく頭に浮かんでくることはなかった。


『それにしても、予想以上に素晴らしい力ですね。これが、三体分の悪魔に加え、魔女の力まで取り込む事が出来た結果ですか。おそらく僕は今、この世界で最も優れた力を持つうちの一人でしょうね。ええ、本当に素晴らしいです』


 先ほどから聞こえ続けている声は、不思議なことに自分の内側から聞こえてくるようであった。

 自分で喋っているようではあったが、勿論自分で喋っているわけではない。


 いや、そもそもの話……喋るって、どうやるのであったか。


「ふむ……確かに、言うだけのことはあるようであるな。しかもその力、どことなく覚えがあるのも混ざっているであるし……なるほど、三体分の悪魔、であるか」

『そういえば、貴方にそのことは話していませんでしたね。ええ、僕達は、互いの悪魔を喰らうことが出来るんですよ。しかも喰らうのは、力ではなく存在です。力が残っていなくとも、存在が増すだけで自動的に悪魔としての力は増しますからね。むしろ、変に混ざってしまう可能性を考えれば、力はあまり残っていない方が好ましいです。その方が抵抗されることもありませんしね』


 何を言っているのかはよく分からなかったが、声の主がとても楽しそうだということだけは伝わってきた。

 感情が伝わってくるというわけではなく、単純に声だけでもそれが分かるということだ。


 だが、それが分かるというのに、どうしてか自分は悲しくなっているようであった。

 理由は分からない。

 分からないけれど……とても悲しいということだけは分かる。


「っ……何なのよこれ……!? こんなのに、勝ち目なんて……っ」


 と、悲鳴のような声が聞こえてきて、視線は自然とその声の元へと向かう。


 声の主はどうやら先ほども目にした赤い髪の少女のようで、だがやはり知っている気はするのに、誰なのかは分からなかった。

 そしてそんな少女へと向けて、声は響く。


『ふふ……ええ、それが当然の反応というものでしょうね。ですが、心配する必要はありませんよ? 僕はこれでも、癒しを司っていますからね。苦しめたりすることは、得意ではないんです。ですから……ええ、しっかりと苦しめることなく殺してさしあげますから』

「っ……なるほど、確かにあんたは悪魔みたいね……」

『いえ、それほどでもありませんよ。僕は悪魔の中では甘い方だっていつも言われていましたからね。まあ、そう言っていた方々は、今では僕の一部となってしまったわけですが。あ、そうそう、貴女達も殺すだけではなくしっかりと吸収してさしあげますから、心配する必要はありませんよ? 貴女達がこれまで積み上げてきた時間、鍛え上げてきた力、全てを僕が有効に活用してあげますから。どうか安心して僕に身を任せてください』

「っ……黙って聞いてれば、好き放題言ってくれるじゃないの……! あんまりなめるんじゃないわよ……!?」

『なめる、ですか……? 申し訳ありません……僕は足元を歩いている蟻を見て、無造作に踏み潰さないようにしようと思う程度の慈悲の心はあるつもりなのですが、生憎と蟻が何をしたいのかを考えるほど暇ではないんですよ』

「そう……なら、蟻だと思ってたものに噛み付かれて、精々後悔するといいわ……! ――爆ぜろ……!」


 瞬間、視界が赤に染まった。

 それと共に熱も感じ……だがそれは、熱いではなく暖かい……否、それですらなく、温いとかすら感じる程度のものだ。


 痛みなどはまるでなく、あるいは今も降り注いでいる日差しの方が暖かく感じるかもしれない。


『後悔しろ、と言われましても……この程度では、あと何百回繰り返したところで僕に傷一つ付けることは出来ませんよ?』

「っ、無傷……でもいいわ、そういうことなら……!」

『うーん……気が済むまで相手をしてあげてもいいのですが、僕もそこそこ忙しいんですよね。何せ僕これから、世界を滅ぼさなければならないので』

「……させない」


 言葉と同時、衝撃が走った。


 しかしそれもまた、何かが当たった、といった程度のものだ。

 やはり痛みはなく、反射的に向けられた視線の先にいたのは、また別の少女である。


 金色の髪を持つその少女のこともまた知っている気がするのに、相変わらず頭には何も浮かんでこない。


「……姉さんは、そんなことのために死を受け入れたんじゃない。……姉さんの力、返せ……!」

『そんなことを言われましても、これは既に僕のものですからね。返すも何も……っと?』


 また衝撃を感じ、振り返れば、先ほどと同じように視界が赤く染まった。

 しかしその衝撃と熱は、先ほどよりも少しだけ強いものとなっており……また、衝撃。


『うーん、必死になって頑張っているのは分かりますし、その姿は尊いとも思うのですが、正直言って邪魔なんですよね。なので、申し訳ありませんが、少し大人しくしていていただけますか?』


 言いながら、両腕が持ち上げられた。

 長く高く伸ばされたそれは、まるで空を掴めるのではないかと思えるほどであり、だが直後に落ちる。


 足元では二人の少女が慌ててその場から飛び退こうとしていたが、間に合うわけもない。

 轟音と衝撃が起こり、地面と周囲を含め、纏めて消し飛んだ。


 と……そうなると思ったし、そうなるはずだったのだが、不思議とそうはならなかった。

 振り下ろしたはずの両腕が、宙を舞っていたからである。


『おや……? いえ、確かに貴方のことを忘れていませんでしたが……まさかこれでも斬れるとは思いませんでした。さすが、と言うべきでしょうか?』

「まあ、さすがにこれ以上好きにやらせるわけにはいかんであるしな。それに……大体分かったであるし」


 そう言ったのは、見知っている気がする黒髪の少年であった。


 そしてその姿に、僅かに胸が弾むのを感じる。

 理由は分からないながらも、嬉しいと、そう感じたということだけは分かったのだ。


『へえ、分かった、ですか……それはまた、僕も随分と甘く見られたものですね。僕の力が、この程度だとでも?』

「いや? 別にそんなことは言っていないであるぞ? まあこの調子ならば、全力を出されたところで問題はないだろうと思ってもいるであるが」

『……そうですか。では――本当にそうなのか、試してみますか?』


 言ったのと同時、斬り飛ばされたはずの腕が生えた。


 しかも腕だけではなく、全身から感じる力が先の比ではなく――


『どうですか? これが僕の力です。この悪魔の力の前では、幾ら貴方であろうとも――』


 腕が、宙を舞った。


 直前のそれと同じように、まるで焼き直したかの如く、腕が斬り飛ばされていたのだ。


『――は? そんな、馬鹿な……っ。こんなことが、人に可能なわけ……』

「すまんであるが、我輩もそこそこ忙しくあってであってな。さっさと終わらせてもらうのである。ま、世界を滅ぼす予定はないのであるが」


 瞬間、光が走った。

 そうとしか思えないほどに、一瞬の内に全身がバラバラにされたのである。


 そして、さらに巨大な光が走り、最後に残った身体が、真っ二つにされた。

 身体の内からの声は既に聞こえず……ああ、自分は死ぬのだということを理解する。


 そう、今度こそ、本当に。


 不思議と、恐怖はなかった。

 ただ、安堵と……どうしてだか、喜びだけがある。


 その理由を考える暇はなかった。

 そのまま意識は闇に塗り潰されていき、そうして今度こそ、フェリシアの意識は闇の底へと落ちていくのであった。










 最後の両断をすべく、剣閃が走る。

 巨大であったその身体に一筋の線が走り、それで本当に終わりであった。


 次の瞬間、まるで弾け飛ぶように、それらはその場で爆ぜたのだ。

 闇の爆発が起こった後には何も残らず……本当に、そこには何もなかった。


 悪魔も。

 フェリシアも。

 最初から何もなかったのように、何も存在してはいなかったのだ。


 その光景を眺めながら、ソーマは息を一つ吐き出した。

 剣を仕舞い、もう一つ。


 そして。


「さて……いるのであろう? ――サティア」


 言った瞬間、周囲の全ては消え失せ、視界が反転したのであった。

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