元最強、思い出す
昼休みにアイナが教室へと戻った時には、既にシーラは自分の教室へと戻った後であった。
つまりアイナがシーラのことを知っているはずはなく……まあ、状況を考えれば、それほど考える必要のあることではあるまい。
「シーラも事情を知っている、と言うか、そちら側、ということでいいのであるか?」
「まあ、そうね。っていうか、仲間よ」
「……ん、正確には、元仲間」
「あんたはまたそんなこと言って……!」
「……少なくとも私は、姉さんを殺そうとしてる人達のことを仲間だとは思えない」
そう言ったシーラの目には、強い光が宿っていた。
絶対にこれだけは譲らないと、そう思っているのがよく分かる。
まあ、言われずとも分かっていることではあるが。
そういう意味では、違和感を覚えるのはアイナの方だ。
記憶が異なっていようとも、アイナはアイナでしかないというのはこれまでのやり取りで分かっている。
そんなアイナが、記憶がないとはいえ、友人であるフェリシアの死を肯定し、殺害を認めているというのはどうにも信じられなかった。
だが、そんなことを口にしたところで、理解されることではあるまい。
果たしてどういうことなのだろうか、などと思いつつも、とりあえずはシーラとアイナのやり取りを見守ることにした。
「あたしだって、別に好きで殺したいわけじゃないわよ! でも、それ以外の方法が見つからないんだから、仕方ないじゃない……!」
「……必要ない。……姉さんが顕現させたまつろわぬものどもは、私が全部倒す。……今までみたいに。……それで、問題ない」
「問題ないわけないでしょ……! あんただけじゃ抑えきれなくなってるってこと、自覚してないわけじゃないでしょう……!? さっきのだって、だから取り逃がしたんでしょうし、それに、そのせいでソーマはアレに襲われたのよ!?」
「……ソーマ、が?」
どうやらそこまでは把握していなかったらしく、ソーマの方へと向けられた瞳は揺れていた。
その後でソーマとアイナの間で視線を交互に移動させていたのは、真偽を探るためというよりかは、どうしてアイナとソーマがここにて、こんな話をしているのかということを理解したからなのかもしれない。
「ふむ……まあ確かに、それは事実ではあるが、一先ずその話は脇に置いておくとして。話を聞くに、フェリシアのせいでまつろわぬものどもが顕現してしまっても問題がなかったのは、シーラがその都度倒していたから、ということなのであるか?」
「……ん、こっそり倒した。……姉さんにも、ソーマにも、気付かれないように」
「だけど、それももう限界に達した。いえ、むしろよく今まで抑えられてたって言うべきでしょうね。本当なら、とうに一人で抑えられるようなもんじゃないのよ」
「その辺は我輩には判別が付かんであるから口を挟むつもりはないのであるが……それよりも、ふと思ったのであるが、フェリシアにはこのことは伝えないのであるか? 我輩よりもむしろ先にフェリシアに知らせるべきな気がするのであるが。色々とよく分かってないというのは、フェリシアの協力を得られていないからであろう? それどころか隠しているようであるし。そういうのがなくなり積極的に協力が得られるようになればもっといい方法が見つかるかもしれんと思うのであるが……」
それは本心からの疑問であったが、アイナとシーラは揃って首を横に振った。
教えるわけにはいかない、ということらしい。
「ふむ……何故である?」
「予測がつかないからよ。彼女が真実を知ってしまったらどうなるか分からない……いえ、というよりも、自覚してしまったら悪化してしまう可能性が高いって推測されてるって言うべきかしらね」
「……ん、そしてそれは、限りなく事実に近い。……加速度的に状況が悪化したのは、多分姉さんがそのことを僅かにでも自覚してしまったから」
「その割にはフェリシアにはその素振りが見られない気がするのであるが?」
「……ん、おそらく姉さんはそのこと自体は忘れてる。……でも、きっと無意識では理解した」
「無意識ですら加速度的に悪化したのよ? もしも本当に意識してしまったらって思ったら、さすがに試すことは出来ないわ」
「確かに、話を聞く限りではその対応で間違ってなさそうであるな」
シーラは根拠もなくそういったことを断言するタイプではない。
ということは、おそらく何か確信を持てるようなことを知っているのだろう。
しかしそのことを語らないのは、おそらくは語れない理由があるからだ。
それを理解しているのに、敢えて聞き出そうとする意味はあるまい。
「ふむ……とりあえずは、理解したのである」
「ま、さすがにいよいよの時が来たら本人にも教えるつもりだけど。何も知らないで、ただ殺されるっていうのは……さすがにね」
「……だから、させない」
「だからあんたは……! ……ま、いいけど。どっちにしろ現状では厳しいことに変わりはないんだし」
「む? 厳しい、のであるか? 褒められた手ではないとはいえ、最悪の場合に取れる手段は存在しているのであろう?」
「そうなんだけど……その手段が問題なのよ。というのも、まつろわぬものどもが顕現するには条件があって、その一つが強力な負の感情がばら撒かれた時ってこと。人が殺されたりした時には特に顕著で、それを狙ってまつろわぬものどもは人を襲うって言ってる人もいるぐらいなのよ。で、彼女を殺すとなった時には、過去最大最悪なまつろわぬものどもが顕現するだろうって予測されてるわ。ギリギリまで待つのはそのせいもあるわね」
「具体的にはどのぐらい最悪だと予測しているのである?」
「そうね……最悪の最悪の場合だと、それこそその日が人類最後の日になる、ぐらいかしら」
軽い調子で答えたアイナであったが、その目はまったく笑っていなかった。
相変わらず真剣そのものであり、どうやら本当のことであるらしい。
「ま、それを何とか回避するために、それが可能な同士を探してたりもするんだけど……こっちも大分厳しいわね。当たり前ではあるんだけど」
「同士、であるか?」
「そ。あたしがちょっと普通じゃないことが出来るってのは、さっき見たわよね? シーラもそうなんだけど、そういう人を、ってこと」
「要するに、あの化け物とかに対抗出来るような人材、ということであるか」
「……ん。……でも、かなり珍しい」
「その上であたし達が求めるような力を持ってる必要があるんだから、まあそんな都合のいいことがあるわけ――」
瞬間、アイナとシーラが勢いよく振り返った。
その表情は一変し、全身から緊張感が漲っている。
だが、ソーマも二人と同じ方向へと視線を向けてみるが、その先には何もおらず……否。
「……アイナ」
「ごめん、これは完全にあたしが悪いわ。あれで倒せたと思ったんだけど……ちなみに、他の個体の可能性は?」
「……今日現れたのは、アレ一体だけ」
「……なるほど、ってことは、その分強力ってことね。しかも、フェリシアは今日誕生日。昨日までとは比べ物にならないほど強く――」
声が途切れたのと、アイナの姿がその場から消えたのは、同時であった。
しかしそれは、移動したのではない。
代わりとばかりにその場に現れた黒いそれに、吹き飛ばされたのだ。
「……っ、速――」
その姿を認識した時には、シーラの手には刀が握られていた。
どうやら隠し持っていたらしい。
だがそれでもまだ、遅かった。
次の瞬間には黒いそれはシーラの目の前におり、甲高い音と共にシーラの握っていた刀が宙を舞っていたからだ。
「……っ、まさか、さっきのは手加減して……?」
目も口もないというのに、ソーマは再びソレが嗤ったように感じられた。
直後にシーラの姿が消え、遅れて二つ、離れた場所から轟音が響く。
視線を向ければ、そこには仲良く並ぶように、アイナとシーラが地面に叩きつけられた姿でいた。
「嘘、でしょ……? さっきまでとは、全然動きが……まさか、やられたふりをしてただけじゃなくて、力を溜めてた、ってこと……? そんなことが……?」
「……言ってる場合じゃ、ない。……それに、この程度のにも勝てないようじゃ、姉さんを――」
言葉の途中で、またシーラの姿が消えた。
反射的にアイナがソレに向けて手を向け――
「――燃え」
しかしその時には既に、その先には何もない。
轟音と共にアイナの姿が消え……先ほどの焼き回しのように、シーラと共に地面に転がった。
だが、直撃は避けたのか、二人ともまだ身体は動くようであり、心も死んではいないようだ。
ただ、無傷というわけにもいかなかったようで、その動きは緩慢ですらあった。
何よりも、二度も吹き飛ばされたせいで、そこはソーマのいる位置からは随分と離れた場所となっている。
黒いソレが、まるで見せ付けるようにゆっくりと、ソーマの方へと身体の向きを変えた。
「っ……ソーマ、そこから逃げなさ――」
「……っ、ソーマ――」
二人の悲鳴のような叫びに、三度の嗤い。
そして。
轟音が響いた。
それは今までもっとも大きなものであり、きっと一般人が受けた衝撃によって生じた音であるならば、その身は粉微塵になっていたに違いない。
もっとも、それを受けた相手はピンピンとしているようであったが。
地面に転がっている黒いモノを眺めながら、ソーマは溜息を一つ吐き出す。
「ふーむ……分かっていたことではあったが、かなり頑丈なようであるな」
「……え?」
「……ソーマ?」
呆然とした声を上げた二人と、それに足元のソレもどことなく呆然としているように見えたので、肩をすくめてみせた。
別にそこまで驚くようなことでもあるまい。
馬鹿正直に正面から突っ込んできたので、その勢いを利用して地面に叩き付けたという、それだけのことでしかないのだから。
「確かに汝は中々の動作速度であるし、力比べをすれば我輩の完敗であろうな。しかし何事にもやりようというものはあるであるし、何よりも、それだけ動きを見せられれば対応も出来ようというものである。まったく……未熟であるぞ?」
確かにソーマの身体能力は、一般人のそれである。
だが知識も経験も失われたわけではないのだ。
それに、この身体での動きにもようやく慣れてきたところである。
ならば、この程度のことは出来て当然であった。
ただ、問題があるとすれば、あくまでもこれは相手の力を利用したものでしかない、ということか。
端的に言えば、倒すには足りそうにない、ということである。
「ふむ、我輩が抑えている間に、アイナとシーラで……む?」
と、どうしたものかと考えるソーマの視界の端に、僅かに煌くものが映ったのは、その時のことであった。
それは、月の光が刃によって反射したものだ。
先ほど弾き飛ばされたシーラの刀であった。
「あれならば多少の……っと」
決して気を抜いたわけではなかったのだが、僅かに意識が刀に向いた瞬間を狙って、まつろわぬものはその場から飛び退いていた。
やはり純粋な力では今のソーマでは勝ち目がないようだ。
しかしそのまま攻撃をしてきても通用しないと判断出来るあたり、やはり知能は高いようである。
まあでなければ、アイナの魔法を受けた直後に死んだふりなどしてはいないだろうが。
ともあれ仕切り直しではあるが、自分で使うにせよシーラが使うにせよ、刀は拾う必要がある。
意識はソレへと向けつつも、油断なく拾い……まつろわぬものの纏う力が、その瞬間膨れ上がった。
ソーマが刀を拾うタイミングを狙ったというよりは、単純に偶然だろう。
だが何にせよ、それの力が増したのは事実である。
そしてそれはアイナ達にもはっきりと感じ取れるものであり、さらには予想外のものであったらしい。
「っ……嘘でしょ、まだ力が上がるの……!?」
「……ソーマ……!?」
再び二人の悲鳴が上がるのと同時、まつろわぬものの姿が消え……しかし、何の問題もなかった。
今度は正面ではなく、背後からでもなく、側面から襲い掛かってこようとしているそれの動きが、ソーマにははっきりと認識出来ていたからである。
むしろ、遅く感じるぐらいで、それに合わせるように、ソーマはゆっくりと構えた。
そして。
「――一刀両断」
――剣の理・神殺し・龍殺し・龍神の加護・絶対切断:一刀両断。
走る剣閃は馴染みのあるものであり、何の淀みもなく腕が、身体が動く。
ならばこそ、その結末が訪れるのは当然のことでしかない。
まるで自分からそうなるために飛び込んできたかの如く、黒い塊が両断された。
「ふむ……なるほど」
そうして直後にソーマが得たのは、納得であった。
二つに分かたれた塊が、今度こそ消滅していくのを横目に眺めつつ、手元の刀と、自らの力を感じ取る。
完全に元に戻っているそれを、だ。
アイナもシーラも問題なく力を使えているようなので、ソーマも何らかの方法で力が使えるようになるのではないかと思ってはいたのだが、剣に類するものを手にするのがフラグであったらしい。
随分とあっさり力が戻ってしまったものだが、まあ苦労はしないに越したことはないだろう。
それに力が使えるようになったところで、何一つ状況は改善されていないのだ。
こちらのことを呆然と眺めているアイナ達へと視線を向けながら、ソーマは息を一つ吐き出すのであった。
先ほどまで少なくとも確かに人の気配の息づいていた公園は、すっかり物静かな公園へと戻っていた。
既にアイナ達の姿はない。
どことなく心ここにあらずといった様子ではあったが、二人とも去った後だ。
そんな二人の去った方角を眺めながら、ソーマはふむと呟く。
「明日話がある、であるか……」
それはアイナが去り際に残した言葉であった。
確かに途中で妨害があったためまだ話足りなくはあるが、何となくそういう雰囲気ではなかったように思う。
結果的に中断されてしまった話と無関係というわけではないのだろうが、その続きだけというわけでもあるまい。
まあこれに関しては、明日になれば分かることか。
続けてシーラのことも考えるも、こちらはよりどうしたものかと言ったところである。
シーラとは特に何かがあったわけではないのだが、その様子が何かを考えているようだったのだ。
無論今回のことと無関係なわけはなく……しかしそれもまた、今ここで考えたところで分かるものでもないか。
「ま……そろそろ我輩も動くとするであるかな」
そうしてソーマもとりあえず帰るべく足を動かそうとし、だがその直前で、視線を後方へと向けた。
その先にあるのは暗闇の広がった公園であり、しかし何かがあると確信しているかのように、ソーマは目を細める。
否。
ように、ではなく、実際に確信しているのであった。
何故ならば――
「――そこにいるのであろう? いつまでそうして隠れているつもりである? いい加減姿を見せたらどうかと思うのであるが?」
その声もまた、確信があってのものだ。
そして果たして、返答はあった。
「……よく気付いたのじゃな」
闇の中から滲み出るように、その姿は唐突にその場へと現れた。
だが本当に分かっていたことなので、特に驚きはない。
見知ったその人物――ヒルデガルドへと向けて、肩をすくめた。
「一時的とはいえ、力が戻ったであるからな。ならばその程度は出来て当然であろう?」
「……その程度と言われても、我は割と本気で身を隠していたのじゃが?」
「しかし同時に、見つかろうともしていたであろう?」
「……まあ、その通りなのじゃが。貴様は本当にどんな時も変わらぬのじゃな」
「貴様も人のこと言えないであろうに」
それは二重の意味でであった。
ヒルデガルドの目を見た瞬間に確信してはいたが、このやり取りから考えるとやはり間違いなさそうである。
「ふむ……どうやら貴様だけは元と変わっていないようであるな」
「まあ我は解説役であり、案内役じゃからな」
「む? 解説はこの状況の、ということなのであろうが……案内、であるか?」
「むしろ、どちらかと言えばそれが主なのじゃがな。より正確に言うならば、想起を促す役目、と言うべきかもしれんのじゃが」
「想起……ということは――」
その言葉から連想されるものは、一つしかない。
そしてその思考を肯定するように、ヒルデガルドは頷いた。
「無論、貴様が忘れている、この状況に至るまでのことを思い出すための、じゃ。こればかりは、我にしか出来んことじゃからの」
そう言うのと同時、ヒルデガルドはソーマのことを真っ直ぐに見つめてきた。
翠色の瞳がソーマの姿を捉え、自然とソーマも見つめ返す。
そうすべきだということが、言われずとも理解出来たからだ。
そしてソーマは、全てを思い出したのであった。




