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元最強、不穏な事態に遭遇する

 唐突と言えば唐突ではあった。


 だがこの状況こそが最初から唐突なことではあったのだ。

 ならばどんなことが起こったところで不思議ではなかったのかもしれないが――


「それにしても唐突過ぎるというか……そもそもジャンルが変わり過ぎではないであるか?」


 しかし当然のように、その呟きに対する返答はない。

 まあ、当然だ。

 眼前にいるソレは、明らかに人語が通じるような存在ではないのだから。


 視線の先にいるのは、まるで影がそのまま浮かび上がったかのような、全身が黒一色で統一された何かだ。

 夜の街中に立つそんな存在を眺めつつ、ソーマは息を一つ吐き出す。


 普段のソーマならば一目で魔物だと断じただろうが……さて、もしかして自分が知らなかっただけで、この世界には普通に魔物がいたのだろうか。


「……ま、不満を口にしたところで現状がどうにかなるものでもなし。ここからどうするべきかを考えた方が建設的であるか」


 意識を前方に残しつつ周囲を見渡すが、不自然なほどに人気がない。

 最初からそのつもりはなかったが、助けを求めるのは無駄そうである。


「ふむ……そういえば、アイナが今夜気をつけろと言っていたであるな。もしやこれであろうか……?」


 呟きながら、ちらりと自身の手元へと視線を向ける。

 そこにある携帯電話は自分のものではなく、フェリシアのものであった。

 何故そんなものを持っているのかといえば、これから届けようとしていたところだったからである。


 パーティーとは言っても結局は食事会のようなものであり、賑やかに進みながらも一時間程度で終わりを告げた。

 そしてそこが自分の家であればだらだらしてればいいが、フェリシア達の家は別にある。

 既に夜も深まりつつあるともなれば、帰宅ということになるのは当然のことであった。


 無論送ろうとはしたのだが、いつものことだから問題はないと断られてしまえばあまり強くも言えまい。

 何かあってもシーラがいれば安心だと言われてしまえば尚更である。


 しかし仕方なく玄関先で見送り、片付けの手伝いをしていた時の事だ。

 フェリシアが携帯電話を忘れていったことに気付いたのである。

 フェリシアが使用しているところを見たので間違いなかった。

 その時の心境としては随分と不思議な感覚がしたものだが。


 ともあれ、そうして忘れ物を届けるべく家を後にし、随分慣れてきた感覚でフェリシア達の住む家の場所を確認し――


「もう間もなく、といったところで、唐突にコレに襲われたのであるよな。うーむ、まさかこの状況そのものをアイナが予見していたとは思わないであるが……」


 言ってしまえばこれは偶然だ。

 フェリシアが忘れ物をしなければ、ソーマは今頃家で片付けの続きを行っていただろう。

 外に出ること自体がなかったはずだ。


「まあこの状況そのものが不自然であることを考えれば、そこまで仕込まれていたとしても不思議ではないであるが……その辺はもう考えても仕方ないであるな」


 それよりも、問題はこの状況そのものである。

 正直に言って、かなり厳しかった。


「むぅ……思っていた以上に身体が動かんであるな。まあ一般的な高校生であればこの程度かもしれんのであるが……」


 アレに襲われた、というのは文字通りの意味である。

 背後に気配を感じたと思ったら、そのまま襲い掛かってきたのだ。


 間一髪のところで回避に成功したものの、半分以上は偶然である。

 もう一度襲い掛かられた場合、次も成功出来るかはあまり自信がなかった。


「そもそも一般的な高校生に初見の化け物の相手をしろというのが無理であるしな……」


 すぐに再度襲ってくるつもりはないようだが、それは決していいことではない。

 奇襲を回避されて即座に次の行動に出ないということは、こちらを警戒し観察しているということ……それだけの知性があるということだからだ。


 次に襲って来る時は隙など与えないだろう事を考えれば、決して歓迎すべき事態ではなかった。


「ま、だからといって即座に次の行動を取られていたらどうなっていたか分からないわけではあるが」


 繰り返すが、こちらは現在一般的な高校生と同等の身体能力しかないのである。

 そんな状態で化け物と力比べをして勝てるわけがあるまい。


 が、結局は同じことか。

 知性があるのならば、こちらの身体能力がどれほどのものであるかを推察するのは難しいことではないだろう。

 ジッとこちらを見つめていたソレが嗤ったように見えたのは果たして気のせいか。


 瞬間、その姿が掻き消えた。

 そして。


「――まったく。だから、気を付けろって言ったでしょ」


 声と轟音が響いたのは、ほぼ同時であった。

 轟音が響いたのは後方であり、だがソーマが視線を向けたのは声の聞こえた方、右手側の上方だ。


 そこにあった二階建ての一般家屋の屋根の上に、見知った赤髪の少女が立っていた。


「ま……本当に巻き込まれるとは思ってなかったけど。っていうか、何であんたは本当に巻き込まれてんのよ」

「そんなことを言われても我輩も困るのであるがな。というか、随分と派手な登場の仕方であるな?」

「しかもなんか妙に冷静だし。ま、いいわ。とりあえず――」


 言葉と共に、アイナはそこから飛び退る。

 直後に破砕音が響いたのは、直前までアイナの立っていた場所にあの黒い化け物が飛び込んだからだ。


 空中にいるアイナへとそれの頭が向き、しかしアイナに焦った様子はない。

 冷静なまま、右手をそれに向けた。


「――話はアレを片付けてから、かしらね」


 黒い化け物が僅かに重心を落とし、そのまま屋根から飛び出したが、やはりアイナは冷静なままだ。

 確かに空中ではアイナに逃げ場はないものの、そこに襲い掛かるとなれば相手の軌道は一つしかない。


 焦る理由などがあるはずもなかった。


「――燃え尽きなさい」


 瞬間、再度の轟音が弾けた。


 アイナの眼前に生じ、そのまま上空へと打ち上げられた炎が、爆ぜる。

 炎の断片を周囲に散らしながら、黒いモノは闇の奥へと落ちていった。


 何となくその行方を追ってたソーマの耳に、着地音が届く。

 視線を向ければ、アイナが何でもないような顔をしながら、地面の上に立っている。


 ただ、その瞳には何故か不満が浮かんでいるように見えた。


「ふむ……どうかしたのであるか?」

「そうね……どうもしてはいないんだけど、気に入らないことはあるわね。だからなんであんたはそんなに冷静なのよ」

「と、言われてもであるな」


 驚くようなようなことも、焦るようなことも何一つとしてないのだ。

 アイナが魔法を使えるのは何となくそんな気がしていたし、あの化け物を難なく倒したのは当たり前のことでしかない。


 あくまでもソーマが力比べをして勝てないと思ったのは、この身に一般人の身体能力しかないからである。

 魔法が使えるのならば、アイナがあの程度の存在に負けるわけがなかった。


「ところで、そんなことよりも、アレを倒してからということは、話をしてくれるのであるか?」

「……どういう意味よ?」

「そのままの意味であるぞ? てっきりまた話せないと言われるかと思ったのであるが」

「それが可能ならそれが一番いいんだけど、あんたはもうアレ見ちゃったし……何よりも、話さないって言ってあんたはそこで納得するの?」

「ふむ……納得するか否かでいえば、しないであろうな」

「でしょうね。そんな気がしたから、話しちゃった方が早いって結論付けたのよ」

「そうであるか……まあ、話してくれるというのであれば、文句はないのであるが」


 そう言って肩をすくめつつ、視線を空中へと向けた。

 無論既に炎は跡形もないが、その残滓は目に残っている。


「やっぱりジャンルが変わったであるな……」


 まあ、元々を考えると、こちらの方が近しいのかもしれないが。


 そんなことを考えながら、さてどんな話が語られるのやらと、ソーマは息を一つ吐き出すのであった。

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