元最強、見知った者達のことを新しく知る
他愛のない会話を交わしながら、他愛のない時間が過ぎていく。
そんな時間のことが懐かしく思えるのは、この場所のせいか、あるいはこの時間そのもののせいか。
そのどちらであったのか、もしくは他の理由によるものだったのかはソーマには分からなかったが、少なくとも今を懐かしいと思うことだけは確かである。
そしてだからこそ、ソーマはその場を立ち上がった。
「さて……我輩はちと出かけてくるのである」
「え……今からですか?」
「……ん、もう昼休みが終わるまで時間ない」
「むしろ、だからこそ、であるかな? そろそろ昼休みも終わるというのに、未だに戻ってきていない人物がいるであるからな」
「ああ……なるほど。様子見に行くってわけか?」
「一応我輩が送っていったわけであるからな」
「そりゃまたご苦労なことだ」
伊織がそう言って呆れたように呟いたのに、肩をすくめる。
確かに必要あるかないかで言えば特にないのだろうが、そもそも半分以上が建前だ。
結局何をしていたのだろうかと、気になったから探りにいくというのが本音であった。
フェリシアを放っておくのは多少気になるが、シーラがいるからおそらくは大丈夫だろう。
というのも、多分シーラはソーマの知っているシーラと遜色ない動きが出来ると思われるからだ。
確かに現在のソーマの身体能力は一般的な高校生のそれと同等になってしまっているようだが、経験が失われたわけではない。
シーラの挙動からその程度のことを推測するのは難しいことではなかった。
ただ、気になるのは、それは学生生活を送るには明らかに過剰すぎて必要のない力だということだ。
ソーマの力が失われているのもてっきりそのせいだと思っていたのだが……どうやら気になる事が一つ増えてしまったようである。
まあしかし何にせよ、任せる事が出来るのであれば助かるのは事実だ。
無論直接頼むわけにはいかないが、シーラであれば何も言わずともフェリシアを守ることだろう。
そう信頼出来るからこそ、ソーマは安心して保健室へと向かう事が出来るのである。
ともあれ。
「では、行ってくるのである」
「おう、気をつけてな」
「……ん、いってらっしゃい」
「もし時間までに戻られないようでしたら、先生には私から事情を話しておきますね?」
「うむ、それは助かるのであるな。まあ一応時間までには戻るつもりではあるが……その時は頼むである」
「はい、任されました」
そうして教室を後にしたソーマは、そのままつい先ほどもそうしたように廊下を進んでいく。
昼休みも終わりに近いからか、先ほどとは異なり自分の教室へと向かおうとする生徒達の姿がちらほらと見られるようになっているが、未だ周囲は騒がしい。
そんな中、歩みを止めないまでもちらりととある教室へと目を向けたのは、何となく気になるものが視界の端を過ったような気がしたからだ。
「……ふむ? あれは……」
果たしてそれは気のせいではなかった。
目に映った黒髪の少女は、ここであれば珍しい姿でもなかったが……その姿は間違いなく、見知った者だ。
シルヴィアであった。
「意外……というわけでもないであるか」
そこは隣のクラスの教室であった。
つまり同級生というわけだが、元の関係を考えれば自然だろう。
しかもそれだけではなく、シルヴィアにはさらにらしい役割も割り振られているようだ。
「なるほど……生徒会長であるか……」
王族であることを考えれば、本当にらしいものであった。
ちなみに何故ソーマがそんなことを知っているのかといえば、不意に頭に思い浮かんだからである。
自分のクラスを『思い出した』時と同じように、だ。
「ふむ……これに関しても少し整理すべきかもしれんであるな」
どこか見覚えのあるような者達と談笑を交わしているシルヴィアの姿を横目に歩を進めながら、ソーマは僅かに自身の思考へと埋没していく。
少なくとも、自分の中に自分の知らないはずの知識が存在しているのは確実だ。
ということは、何者かからの干渉を受けている可能性が高いということでもあるが……これに関しては今更か。
この状況もそうだが、この状況に陥る前の状況を思い出せない、という時点でそれに関しては予測済みだ。
おそらくは思い出されたら何かがまずいため、意図的に思い出せないようになっているのだろう。
あるいは、自覚出来ていないだけで他にも何かを思い出せていない可能性もある。
まあその辺のことは考えても仕方があるまい。
今出来ることは、分かっていることを考えることだけだ。
「とはいえ、どうやって探ったものかといったところであるが……ふむ、そういえば先ほどは……」
シルヴィアが生徒会長をやっているということが分かったのは、何気なくシルヴィアはこの学校で何かをやっているのだろうかと考えた時のことであった。
チラ見をしただけでも級友たちから随分と慕われている様子であったし、王族であることを考えれば何かをやっていても不思議ではないと思ったからだ。
そして自分のクラスを思い出した時も、自分のクラスはさてどこだったか、と思った時であった。
それは前世で通っていた高校でのクラスを思い出すつもりでの思考だったのだが、ついでとばかりに最初から知っていたかの如く頭に浮かんだのだ。
となれば――
「ここにいる他の知り合い……ふむ、これは駄目であるか。もう少し具体的な思考が必要なのであろうか? では……理事長の名は――」
瞬間、今度ははっきりとその名が思い浮かんだ。
しかしそこで唸ったのは、少々予想外のものだったからである。
「サティアが理事長、であるか……? 確かに我輩の知っている中で最も上位の者は誰かと言われれば、サティアということになるのであろうが……」
さすがに神まで巻き込まれているというのは予想出来るわけもあるまい。
だが、もう少し何か情報はないだろうかと思考を進めると、一つの情報が得られた。
「名前は知っているものの今まで見たことはない、であるか……となれば、名前が借りられているだけ、という可能性もあるのであるな……」
というかその可能性の方が高いのだが、断言は出来ない。
この状況に悪魔が関わっているのであれば、有り得ないとは言い切れないからだ。
実際以前サティアも言っていた。
状況次第では、自分が悪魔が引き起こしたことに巻き込まれることも有り得る、と。
「ま、これに関しては考えても結論は得られんであろうな。では次へ行くとして……校長は…………なるほど、エレオノーラであるか……むぅ……」
サティアが理事長ということは、エレオノーラが校長でも不思議はない……どころか納得出来るものではあるのだが、問題はどうやらエレオノーラの姿は見た事があるようなのだ。
つまりはエレオノーラは今ここにいる可能性も高いということである。
しかし、サティアほどではないものの、エレオノーラもまた高位の存在だ。
格としては悪魔と同等であり、そう簡単に巻き込める存在ではない。
何より、サティアもそうだが、エレオノーラも基本聖都から出ることはないと聞いている。
となると、その余程のことでも起こったのか……あるいは――
「……これに関しても、考えても結論は出ないであるか。とりあえずは、思っていた以上に大規模な何かに巻き込まれたのかもしれない、と考えておくべきであるかな」
一先ずはそれに関しても脇に置き、ここにいる可能性のある人物把握を続けていく。
だがその結果分かったことは、カリーネが世界史の教師をやっているらしいことぐらいであった。
他に知り合いはいない、というよりは、現状のソーマが把握出来るのはそれだけ、と考えるべきだろう。
ソーマの今の確認方法は役職名などを思い浮かべながらの確認であるため、級友として混ざっていた場合は確認のしようがないのだ。
たとえば、フェリシアのことを思い出そうとしても何も思い浮かばないが、幼馴染のことを思い浮かべようとするとフェリシアとシーラのことが思い出せる。
どうやらこのやり方には規則性があるというか、面倒くさい仕様のようなものがありそうだ。
「ま、その辺の検証はまた後で、といったところであるか」
考えている間に一階にまで下りてきており、保健室はもうすぐそこだ。
思考は一旦やめるべきだろう。
「ふむ、保健室と言えば、そういえば養護教諭のことは考えていなかったであるが……知らんようであるな」
確かに、高校では保健室に来たことはなかったはずだし、養護教諭の世話になった覚えもない。
ソーマの知識になくとも不思議はなかった。
そんなことを考えながら保健室の前まで歩くと、躊躇うことなく扉を開く。
と。
「うん? もう昼休みは終わりですが……昼休みにはしゃいで怪我したとかですか? それならまだいいですが、ここでサボるつもりだってんなら問答無用で叩きだすですよ?」
視界に映った姿に、ソーマは数度瞬きを繰り返した。
さすがにその人物がここにいるのは、予想していなかったからだ。
白衣を身に纏っている姿からして、その人物が養護教諭であることは間違いあるまい。
しかしそれは、見知った人物であった。
スティナ・カンザキが、保健室の主として、そこにいたのであった。




