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元最強、現状を少しずつ理解する

 フェリシアが口にした行ってきます、という言葉を、ソーマはどことなく他人事のように聞いていた。

 家の中から行ってらっしゃいという言葉が返ってくるのを片耳で捉えながらも、その意識は眼前の光景へと向いている。


 そこにあったのは、見慣れていた景色であった。

 何の変哲もない、住宅街の一角だ。


 だが、それでもやはり二度と目にすることはなかったはずの景色でもあり……息を一つ吐き出す。

 本当にこれは、どういう状況なのだろうか。


 普通に考えれば、夢なのだろう。

 しかしそう断じてしまうには、幾つか不可解なところがあった。


 中でもソーマが最も疑問に思っているのは、直前までの記憶がまったくないということだ。

 目覚めるよりも前の……というか、そもそも眠ったという記憶がまったくないのである。


 ソーマが覚えている中で最新のものは、ベリタスの王都を後にした時のものだ。

 普通に考えれば、その後に寝て、そこで見ている夢がこれだということになるのだろうが……どうにも違和感が抜けない。

 何かを忘れているような、焦燥感にも似た何かがあった。


 まあ、記憶が曖昧なのは、夢だということを考えればそれほど不思議でもないのかもしれない。

 だがそもそもの話、やはりこれが本当に夢なのかというところからして疑問なのだ。

 夢だと自覚しているところはまだいいのだが……同時に、奇妙なまでの現実感があった。


 何とも説明はしずらいのだが、夢だと思っているのだと同時に現実でもあると確信している、といったところか。

 自分で言っていてもいまいちよく分からないが、本当にそんな感じなのだ。


 と。


「ソーマさん? どうかしましたか?」


 眼前の光景を眺めながら思考を続けていると、不意にフェリシアが顔を覗き込んできた。

 その顔には心配の色がはっきりと浮かんではいたが……このフェリシアもまた疑問を覚える点である。

 何故フェリシアなのか、というところだ。


 ここ最近フェリシアとはまったく顔を合わせていない。

 最も顔を合わせていたのはおそらくアイナになり、直近ということを考えればシーラやセシーリアも含まれるか。

 要するに、最近会っていないフェリシアが幼馴染役で夢に出てくるというのはどうにも腑に落ちないのだ。


 まあ、会っていないからこそ、ということなのかもしれないが……などと考えながら、首を横に振る。


「いや、何でもないのである。ちょっとボーっとしていただけであるしな」

「そうですか……? ソーマさんにしては随分と珍しい気がしますけれど……もしかして、本当に疲れているんじゃないですか? それなら、休んでも……」

「なに、そこまで心配する必要はないのである。ちょっと寝不足なだけであるしな」


 どことなく納得しきれていないような様子ではあったが、そんなフェリシアを先導するように歩き出す。

 正直なところ、まだ何処に行くのか、ということは分かっていないのだが……状況を考えればそう悩むことではあるまい。


 既に述べたように、フェリシアが着ているのも、ソーマが着ているのも、かつてソーマが通っていた高校の制服なのだ。

 ならばその高校に向かう以外ないだろう。


 高校へと向かう道は幸いにも覚えている……というか、そもそもそんな複雑な道順ではないので、思い出すまでもない。

 家の前に走っている道路を真っ直ぐに歩いていけば、十分ぐらいで着くはずだ。


 ソーマの記憶にある通りであるならばの話だが……家の中やこの周辺の状況を考えるにその可能性は高い。

 実際歩き出せば、特に疑問を覚える様子もなくフェリシアも付いてきた。


 そうしてフェリシアと共に通学路を進みながら、ソーマは幾度目かになる不思議な感覚に襲われる。

 数十年ぶりに高校に行くべく歩いているのもそうだし、それがフェリシアと共にだということもそうだが、もっと単純に誰かと共に高校へ向かっているということに対してだ。


 帰りならばともかく、行きで誰かと共になるようなことはほとんどなかったからである。

 入学した直後ぐらいにならばあったものの、それぐらいだろう。

 だからこそ、誰かと共にこうして歩いてるということそのものが、何とも不思議な気分だったのである。


 まあ、不思議と言ってしまえば、フェリシアが幼馴染ということになっていること……というか、幼馴染という存在そのものが不思議になるのだが。

 まだよく分からないことは多いものの、登場人物を除けばこの状況というのはソーマの前世の、それも高校時代を再現したものに近しいものである可能性が高い。

 だがそもそもソーマ――相馬に、幼馴染はいなかった。


 昔は数年に一度引越しを繰り返していたせいもあって、そのような関係を誰かと結ぶ機会は訪れなかったのである。

 十歳の頃にここに越して以来引っ越すことはなくなったのだが……ともあれ、そういうわけで幼馴染という存在がいることが割と不思議なのだ。


 一応今生で考えると、アイナは幼馴染ということになりそうだが……シーラあたりはどうなるのだろうか。

 何処までの年齢差であれば幼馴染に該当するのか、シーラが該当するとなればフェリシアはどうなるのか、などと考えていると、ふと隣から視線を感じる。


 視線を向けてみれば、フェリシアが不思議そうに首を傾げていた。


「ふむ、どうかしたのであるか?」

「いえ……ソーマさんは普段からそれほどお喋りというわけではないですけれど、今日は普段にも増して静かだと思いまして。……やっぱり、何かあったんですか?」


 何かあったか否かで言えば間違いなく現在進行形で起こっているが、それを口にするわけにもいくまい。

 これが本当に夢であったのならば、問題はない。

 しかし夢ではなかった場合が、問題だ。


 何せソーマは、つい最近似たような話を聞いた事がある。

 現実にいながら、理想を夢に見る力。

 これが理想かと言われれば甚だ疑問ではあるものの、何か似たようなものである可能性は否定出来ない。


 あの幻覚はソーマには通用しなかったが、今回は通用してしまい、これがその結果ではないとは言い切れないのだ。

 ソーマは万能ではないし、悪魔はまだ残っている。

 これが悪魔の起こした何かである可能性がある以上は、迂闊なことを口にすべきではなかった。


 普段のソーマであれば、ここまでの警戒はしないかもしれない。

 だが今は、そうする必要があった。


 何故ならば――


「やっばっ……!? このままじゃ遅刻じゃない……!」

「――ふむ?」

「――え?」


 確かにこの道は、高校まで一本道である。

 しかし、当然と言うべきか、脇道がないというわけではない。

 そしてソーマは、少々自らの思考に集中し過ぎていて周囲に対し注意力が散漫であった。


 つまり何が言いたいのかと言えば、突然脇道から飛び出してきた人物に対し、完全に無防備だったというわけである。

 そのことを認識したのと、頭部に衝撃が走ったのは同時であった。


「っ……」

「っ……いったー……!?」


 直後に痛みも走り……だが瞬間、ソーマは痛みを感じるよりも、疑問を覚えていた。

 たった今聞こえた声……それに、衝突の直前に視界に映った姿が、知っているもののように感じられたからだ。


 一瞬だけ視界が暗転するも、復活した視界を即座に衝撃のあった方へと向ける。

 そこには一人の少女が地面に倒れており……その赤い髪が風に流れ、同色の瞳と目が合った。


「ご、ごめんなさいっ、ちょっと急いでて……って、時間!? ほ、本当にごめんなさいっ、後で何処かで会ったら、このお詫びは必ずするから……!」


 そう告げると、慌ててその少女は駆け出していってしまった。

 呼び止める暇もなく、二つに括った髪を揺らしながら、その姿はあっという間に小さくなっていく。


 その背に向けるように、ソーマは溜息を吐き出した。


「……やれやれ、本当にどうなっているのやら、といったところであるな」


 今の少女は、間違いなくアイナであった。

 その身に纏っていたのは自分達のそれではなかったものの、間違いなく制服であり、だがこちらのことは知らないようでもあった。

 本当にもう、どんな状況なのやらという感じだ。


 それに、今ので確信も得られた。

 この状況における一番の問題を、である。


 フェリシアが幼馴染なのも、アイナがこれから何となく転校してきそうだな、という予感がするのも問題と言えばそうだが、現状一番問題なのは、アイナとぶつかったということだ。

 普段のソーマであれば、有り得ないことである。

 どれだけ注意力が散漫であろうとも、あの程度のものを避けられないなど有り得るわけがなかった。


 だがその理由は単純である。

 今のソーマは、何の力も振るうことは出来ない、極々一般的な高校生でしかないからであった。

 そのことは目覚めた時点で何となく感じてはいたものの、今ので完全に確信に変わっている。


 そしてそれはつまり、これが悪魔の術中であったとしても、ソーマには何も出来る事がないということだ。

 それが分かっていたからこそ、慎重な行動を心がけようと思っていたわけではあるが……さて、この調子ではどうなることやら。


 そんなことを思いながら、既に見えなくなったアイナの去っていった方角を眺めつつ、ソーマは息を一つ吐き出すのであった。

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