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悪夢の終わり

 新たに現れた人影を眺めながら、セシーリアはごくりと喉を鳴らした。


 一目見ただけで人以外の何かだということに気付いたからである。

 先ほど見た少年のようなモノからも似たようなものを感じたが……あれが悪魔というものか。


 多少話には聞いていたものの……正直なところ、勝てるとは微塵も思えなかった。


 イザークがずっと幻術を使っているとは思ってもいなかったし、それを見抜いたソーマは相変わらず本当に凄いとは思う。

 だが明らかにあの男は、人間の勝てるような相手ではない。

 幾らソーマであろうとも勝てる気はせず……横目で様子を窺ってみれば、アイナ達も同じように思っているのだろうことが分かった。


 しかしセシーリアとの違いは、間違いなくそう思っているはずなのに、その瞳には信頼が宿っていることか。

 勝てるとは思えないが……ソーマならばきっとと、そう思っているのが伝わってくる。


 無論セシーリアとて、そう思えるのならば、思いたい。

 だが……それが不可能なほどに、あの男の存在感は圧倒的なのだ。


 ソーマは一体あの男を相手にどうするつもりなのか。

 そんな縋るように見つめる先で、ソーマは何の気負いもないような様子で口を開いた。


「さて……もう随分と夜遅くなってしまったであるし、出来ればとっとと終わらせたいところなのであるが……一つだけ聞いてもいいであるか?」

『ふむ……私としてはその言葉に頷く理由がないのだが……まあ、構うまい。その男を倒した褒美と……それに、冥土の土産の一つ程度はくれてやるべきだろうからな』

「ほぅ……? 随分律儀なのであるな?」

『無論だ。悪魔とはそういうものだからな』

「――この男を騙していたというのに、であるか?」


 騙す、という言葉に、男は大した反応を見せることはなかった。

 むしろ、何を言っているのか分からないとばかりに、首を傾げる。


『騙す……? 生憎と貴様が何を言っているのか分からんな。私はその男を騙してなどいないが?』

「とぼけるのであるか? この男が自分で自分が幻の中にいるのに気付けなかったのは……まあ、仕方ないと言えば仕方のないことではあろう。だが、そのことに貴様ならば気付いていなかったわけがあるまい?」


 それは確かに、その通りであった。

 あれだけの存在なのだ。

 ソーマがそうであったように、幻覚そのものが効いていなかったとしても不思議はないだろう。


 つまり――


『ふむ……なるほど、それは確かにその通りではあるが、やはり私は騙してなどはいないぞ? そんなことを聞かれはしなかったのだからな』

「それにしては、この男はまるで貴様に騙された、とでも言いたげな様子であったが?」

『それは不幸なすれ違いといったものだろう。私は確かに最強の力を手にすることが出来るとは言ったが……現実の中で、と言った覚えはない。あくまでも幻覚の中での話であり……それに、貴様が現れるまでは、実際に最強の力を振るうことが出来ていたのだ。それが不可能になったのは貴様のせいであり、私に責任はあるまい?』

「なるほど……何ともらしい言い回しであるな。では少し言い方を変えるのである。何故勘違いさせるようなことを言ったのである?」

『もう質問に答えた以上は、二つ目の質問に答える理由はないのだが……いや。そういえば、先ほどのは質問ではなかったか』

「そうであるな。我輩の確認に、貴様が勝手に答えていただけである」

『くっ……そうか、ならば仕方あるまいな。それで、何故勘違いさせるようなことを言ったのか、だったか? 無論、その方が効率がいいからだ』


 効率、という言葉に、正直セシーリアが真っ先に抱いたのは納得であった。

 もしもイザークが全ては幻覚でしかないということに気付いていたら、あそこまでのことはできなかっただろうからだ。

 自分が本当に最強の力を手にしたと思っていたからこそ、あんな好き勝手が出来ていたのだろう。


 あるいは、最初から真実を告げられていたら、どうしていただろうか。

 ……もしかしたら、自分の知るイザークと大して変わらない様子の人物がそこにはいたのかもしれない。

 戒めが解かれたことで自由になった自らの手足を確認しながら、そんなことを思い……だが、それは無意味な仮定でもある。


 実際にはイザークは最後に至るまで真実を知らされることはなかったし、既に取り返しの付かないことをしてしまった後なのだ。

 その事実を取り消すことは出来ず……そして無論のこと、効率がいいからといって、その方法に賛同を示すというわけでもない。


『それに、その方がその男が幸せだろうから、ということでもある。実際その男は、力を手にして以降ずっと幸せそうだったぞ? まあ、その分真実を知ってしまった時の絶望は大きかったようだが……それも仕方があるまい。何事にも対価は必要だ。幸せになった分の絶望を感じたというのであれば、十分釣り合いは取れているだろう』

「……そうであるか。なら、正直なところ、安心したのである」

『安心……?』

「うむ。――何の躊躇いもなく、貴様を叩き潰すことが出来そうであるからな。姿を見せたということは、その覚悟が出来ているということでもあろうし」

『はっ……ほざいたな、魔王如きが。その男を難なく倒せたことで増長したか? あるいは魔王と呼ばれて勘違いしたか? 我は悪魔――世界の手足にして、その意に従い、その意を遂行するモノ也。人間如きが敵うと思うなよ』

「なら少し気合入れた方がいいであるぞ? そんな大言を吐きながらあっさりやられてしまうなど、情けないにも程があるであるからな」

『その言葉、そっくりそのまま返そう。既に貴様の力は十分に見ている。ならばこちらの勝ちが揺らぐことなど有り得ん。自らを過大評価し、こちらを過小評価したこと、後悔するがいい……!』


 男が叫び、ソーマが視線を向ける。

 一瞬の間を置き、直後に激突した。











 響き渡る轟音を耳にしながら、セシーリアが思ったのは、先ほど感じた感覚は正しかった、というものだ。

 やはりあの男は、人間の敵うものではない。

 視界に映し出されている光景は、その思考が正しいと肯定するものであった。


 雨のように降り注ぎ続ける光弾は、その一つ一つが物凄い威力を秘めているようだ。

 どんな攻撃が来たところで耐えられるよう設計されているはずのこの玉座の間が、光弾が着弾する度に少しずつ削れられていくのである。

 アレ一つを食らうだけで、下手をしなくとも大半の者は致命傷へと至ってしまうに違いない。


 そんなものが上空から無数に降り注ぐ中、男はさらに縦横無尽に駆け回っている。

 その姿はセシーリアの目には映らないほどで、気が付けばソーマの死角に回り込んでは、これまた目に映らないほどの斬撃が繰り出されていく。


 見えないのに斬撃だと分かるのは、あくまで直後に響く音が理由であり、そうでなければ何が起こったのかすらも分からないだろう。

 さらにはその斬撃と思われるものが地面や壁などに叩き込まれる度に、これまた大きく削られていく。

 間違いなく光弾以上の威力を備えており、まともに叩き込まれたら最後、生きていることなど出来まい。


 そしてその二つを、男は自由自在に操るのだ。

 斬撃から逃れようとすれば光弾を、光弾から逃れようとすれば斬撃が飛んでくる。


 言うならば、アイナとシーラの上位互換といったところか。

 それぞれ以上の攻撃を繰り出しながら、二人以上の連携で以て攻撃を叩き込む。


 近距離だろうと遠距離だろうと隙は無く、あんなものの前に立てば誰だって逃れられないに違いない。

 あるいは国一つ……否、世界そのものを滅ぼせるのではないか。


 そんなことをすら、思ってしまう。


 もっとも。


『っ……馬鹿な、何故だ……! 貴様の力は見た、私であれば間違いなく勝てるという推測も立っている。だというのに何故……貴様の動きを、私は捉えることが出来ない……!?』


 何よりも凄いのは、そんなものの前で、全てを難なく捌ききっているソーマだろうが。


 しかもソーマの顔には焦りの一つも見られず、むしろ余裕すら感じるほどだ。

 対して余裕がなくなっているのは男の方である。


 最初は男の攻撃に対応するソーマを見て感心する素振りすら見せていたというのに、今やその名残もない。

 少しずつその顔に浮かぶようになっていた焦りは、今でははっきりと分かるほどになっていた。


 それに比例するように男の攻撃は勢いを増していっていたが、それでもソーマの動きは変わっていない。

 自身へと当たりそうになる光弾を全て叩き落し、放たれる斬撃は弾き返す。

 男の攻撃は苛烈さを増す一方だというのに、ソーマだけは涼しい顔をして、捌き続けている。


 だが、だからこそその光景は、いっそ異様でもあった。

 ソーマは本当に変わらないのだ。

 顔色だけではなく、その動きも何もかもが、である。


 どれだけその状況が異常かと言えば、セシーリアにはソーマの動きが捉えられる、ということを言えば分かるだろうか。

 そう、セシーリアにはソーマがどのように動いているのかがよく分かるのだ。

 男の方はまるで分からないというのに、である。


 それがどれだけ異常なことなのかは、改めて言うまでもあるまい。

 つまりは、男の動きがセシーリアにはまったく分からないというのに、セシーリアの目でも捉えられる動きで、ソーマはどうしてかその男の動きを完璧に封じる事が出来ているのだ。

 目に見えて理解出来る動きしかしていないはずなのに、ソーマが何故そんなことが出来るのかがまるでわからない。

 これが異常以外の何だというのか。


「まったく……あいつは本当に相変わらずよね」


 と、同じようにソーマ達の戦いを眺めながら、アイナが呆れるように呟いた。

 反射的にセシーリアが視線を向けたのは、そこに理解の響きがあるように感じられたからである。


「アイナ殿は……ソーマ殿が一体何をしているのか、分かっているのでありますか?」

「うん? そんなの決まってるでしょ? ――まったく分からないわよ」

「へ……?」

「だってあいつ、誰を相手にしようとも、何を相手にしようとも、同じような動きしかしないのよ? 少なくとも、あたしの目にはそうとしか見えない。でもそれでいて、戦う相手全てを圧倒するんだもの。そんなのが理解出来るわけないでしょ?」

「……ん、同感。……でも一番分からないのは、実際にソーマと戦ってみた時。……どう見てもこっちの方が速いのに、全部止められる。……訳が分からない」


 二人の言葉を聞きながら、セシーリアがなるほどと頷いたのは、先のアイナの呟きに何故理解の響きがあると思ったのか、ということを理解したからだ。


 実際アイナは、確かに理解しているのだろう。

 ただしそれは、ソーマが理解不能だということを、である。


 そして同時に、もう一つ理解出来たことがあった。

 それは、どうして二人がソーマのことをこれほどまでに信頼しているのか、ということである。


 てっきりセシーリアは、積み重ねられた時間が理由なのだとばかり思っていた。

 いや、それも間違いなくありはするのだろうが……それよりもこの姿こそが、その要因なのだろう。

 確かにこんな姿を見せられ続けたら、ソーマならどんな状況だろうと何とかしてくれると思ってしまうに違いない。

 セシーリアもそれなりにソーマのことを分かった気でいたが、どうやら本当につもりでしかなかったようである。


 言ってしまえばソーマは、相手の実力が高ければ高いほどにその本領を発揮する、といったところか。

 セシーリアがソーマの実力が異常とも呼べる領域にあるのだということに気付いたのは、あの男の力量が並外れて高いからだ。

 そうでもなければ、セシーリアはきっと未だにソーマの真価に気付いていなかっただろう。

 皮肉な話ではあるが、男の力量が凄いからこそ、相対的にソーマの実力が証明されているのだ。


 だがそれは当然のことながら、相手をしている方からすればたまったものではないに違いない。

 実際男の顔には焦りに次いで怒りまでもが浮かび上がってきていた。


『っ……こんなことは有り得ん……有り得ていいはずがない……! 幾ら魔王とはいえ所詮は人間が、この私を上回るなど……!』

「ふむ……貴様がどう思おうが、我輩としてはどうでもいいのであるが……ああ、そういえば、先ほどこういった状況に相応しそうな言葉を耳にしたであるな。――自らを過大評価し、こちらを過小評価した気分はどうである? 後悔したであるか?」

『貴様……! っ……いや、いいだろう。ああ、認めよう。確かに貴様はそれなりに出来るようだ。だが、やはり貴様は所詮人間……こうすれば、対応せざるを得まい……!』


 言った瞬間、男が掌をセシーリア達の方へと向けてきた。

 その意味するところがすぐに理解出来たのは、直後に視界の中に変化が生じたからである。


 今までソーマのみを狙っていた光弾が、一斉にセシーリア達へと降り注いできたのだ。


『くくくっ、さあ、それらを守りながらでは、貴様も今までと同じようにはいくまい……! やはり貴様では、私には勝てんのだ……!』


 高笑いする男の声を聞きながら、セシーリアは自分の顔から血の気が引くのを感じていた。

 アレがどれほどのものであるのかは、つい先ほど考えた通りである。

 その数はざっと数えただけでも数百はあり、さすがにアイナ達だけでは撃墜しきれまい。


 かといってソーマがそれに対応するようになってしまえば、それこそ男が言うように――


「なんていうか……追い込まれると大体の場合誰でも同じことをするものなのかしらね?」

「え……? あ、アイナ、殿?」


 そんな言葉を呟くアイナへと、セシーリアが思わず戸惑いのこもった目を向けてしまったのは、降り注ぐ光弾を見上げるアイナの姿に、微塵も恐怖の感情が浮かんではいなかったからだ。

 怯む様子すらもまったく見せず、まるでそんなものはどうということないとでも言うかのように……その末路を、理解しているかのように。


 そして。

 そんなアイナの態度が正しいとでも言うが如く、次の瞬間、数百という数の光弾が、一つ残らず消え去った。

 最初からそうであったように、音もなく。


 男が大きく目を見開いた。


『ば、馬鹿な……!? こ、こんな馬鹿なことが……!?』

「やれやれ……追い詰められたら無関係の者を攻撃しようとするなど、底が知れたであるな。まあ、最初から底は浅かったような気がするであるがな」

『っ……貴様……!』


 睨みつけてくる男を、ソーマは気にする素振りもなく見つめ返すと、この戦いが始まってから初めて、構えを取った。

 それに気圧されたように男が一歩後退し……だがすぐに、それを屈辱とばかりに一歩を踏み出す。


『私は悪魔だぞ……!? 世界の望みを叶えるモノだ。それが、貴様なぞに……!』

「もうそういう御託は聞き飽きたのである。いい加減、満足したであろう? なら――自分のやったことを後悔しながら、あの世に逝くといいのである。もっとも、悪魔にあの世などというものが存在しているのかは、知らんであるがな」

『っ……舐めるなよ、人間……!』


 叫び、男がソーマへと飛び掛かり……ソーマはそれを、ただ黙って見ていた。

 そして。


「――閃」


 ポツリとした呟きが響いたのと、閃光のようなものが走ったのは、ほぼ同時であった。


 一瞬、初めてソーマの姿を見失い……だが、すぐに見つかる。

 ソーマは、先ほどいた位置よりも少しだけ前、飛びかかってきた男の後方へと立っていた。


 ただ、位置が変わっただけで、男の姿にもソーマの姿にも違いは見受けられず……否。

 それは単に、分からなかっただけだ。


 ソーマが剣を鞘に仕舞った瞬間、それを証明するが如く、男の身体が粉微塵になったのである。


 ソーマがそれを確認しないのは、確認するまでもないからだろうか。

 一瞥すらすることなく、ソーマはようやく終わったとでも言わんばかりに、一つ大きな息を吐き出す。


 そして実際それは、この戦いの……あるいは、この騒動そのものの終わりを告げる合図となったのであった。

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