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そして彼らは旅に出る

「……ふぅ」


 手元の報告書から顔を上げると、ソフィアは溜息を一つ吐き出した。


 端的に今の心境を言葉にするならば、さてどうしたものか、といったところだろうか。

 面倒な事を持ち帰ってきてくれたものだと思いはするが、さすがに責めるわけにもいかないだろう。

 そんなことを考えながら、もう一度内容を確認するために、手元へと視線を落とす。


 それは今回の件――リナの誘拐事件に関しての顛末が記されたものであった。

 既に一度確認しているため、今更驚きこそないものの、思わず溜息を漏らしてしまうようなものではある。


 そもそも口頭での報告ではなくわざわざ文書にしたのは、状況次第では問題となる可能性が高かったからだ。

 この文書の作成者でもあるカミラがリナを連れ帰ってきたのは、魔族達の住む領域である。

 その時点で最悪の場合を想定するのは、当然のことだろう。


「まあ最悪ではなかったようだけれど……」


 向こうが戦争を望んでそんなことをしたわけではない、ということが分かったのは朗報だ。

 だが代わりとばかりに書かれた内容は、決して喜べることではなかった。


 推定される相手の目的は、前魔王の復活。

 しかもそれを企んでいたのは、邪教の信者である可能性が高いそうだ。


 でっち上げられたものではなく、真に邪教を崇め、信じる者達。

 世界の崩壊を願う、本当の意味での人類の敵対者。


 さらにその中には、魔天将も居たという。

 第四席ということは、ソフィアが滅ぼしたのと入れ替わりにその座についたものなのだろうが……控えめに言っても、最悪の一歩手前といったところだろう。


「これをたまたまだと考えるのは、さすがに都合がよすぎでしょうね……魔族達の中のかなりの部分にまで邪教徒達の根は張り巡らされている、と考えるべきかしら」


 数少ない邪教徒の一人が偶然魔天将になったと考えるよりは、魔天将に選ばれるほどの邪教徒の数が増えていると考える方が自然だ。

 或いは、捏造という形ではなく、本当に魔族が人類の敵となるのもそう遠い話ではないのかもしれない。


 とはいえ今はまだそれは可能性の一つだ。

 念のためにその懸念は伝えておくものの、それ以上の行動を取るつもりはない。


 まあその魔天将が生きているというのであれば、話はまた別ではあったが、滅ぼしたということなので、その必要はないだろう。

 それもまた、朗報の一つだと言え――


「……それにしても、これをそのまま提出したらカミラが倒したとみなされるでしょうね」


 そこで苦笑を浮かべたのは、カミラではそれは不可能だと思っているから、ではない。


 むしろソフィアは、カミラならばそれを十分可能にするほど才能を秘めてると思っている。

 これは友人としての贔屓目抜きに、七天の一人として見た場合の客観的な評価だ。


 そもそもソフィアがカミラをこの屋敷に招いたのも、それが理由なのである。

 カミラはどう理解しているのかはしらないが、ソフィアとしてはスキル鑑定士としてではなく、戦う者としてのカミラをこそ評価しているのだ。


 ただ、カミラとしてはとうにその道は諦めたように見え……だから、今までのカミラであれば、この報告書の形式は少し異なっていただろう。

 カミラではない誰かが倒したということが、はっきりと分かる形式になっていたに違いない。


 そうなっていないのは、その手柄を横取りしたと、そう見ることも可能だが……ソフィアの認識としては異なる。

 そう認識されても構わない……いずれ実際にそうなるのだからという、決意表明にも似た何かのように思えたのだ。


 勿論気のせいかもしれないし、それをわざわざ確認するつもりもない。

 そうなってくれたらいいなとは、思うが。


 ともあれ……そんなことを考えている時点で明らかではあるが、ソフィアは今回の件にカミラ以外の者が関わっているということはほぼ確信している。

 報告書には記されていないが、間違いないだろう。


 そもそも才能があるとはいえ、実際現状でカミラが魔天将に勝つことは万に一つもないのだ。

 だからこそ、魔天将を倒した誰かが居たのは、ほぼ確実なのである。


 ついでに言うならば、それが誰なのかに関しては、推測するまでもないことだろう。


「カミラが立ち上がったのだとすれば、そこで何かを見た、ということなのでしょうね。……私が折ってしまって、あなたが直す。ある意味これも、皮肉と言えるのかしら」


 そう呟くソフィアの顔は、何処か寂しげだ。

 それはおそらく、今回の件とは無関係とは言いつつも、最後に追加の報告として記されているそれを目にしたからでもあるのだろう。


 だがソフィアはその報告書に、最後にもう一度だけ目を通すと、それをそのまま握り潰した。

 瞬間、手の中に炎が溢れ、その全てを塵と化す。

 掌を開けば、その残骸がパラパラと落ち、しかしそれさえも消え失せる。


 そしてそれが、今回の件の、本当の終わりであった。


 今回の件など、最初から何もなかった。

 つまりは、そういうことだ。


 リナが攫われたのがただの偶然であり、それを企んだ者達は全て滅んでいる。

 ならばこうすることこそが、最善なのだ。

 魔族達と余計な軋轢を起こしたところで、喜ぶのはこの国と敵対している者達ぐらいなのだから。


 勿論秘密裏に魔族側へは抗議するが、それだけだ。

 戦争などするわけもなく……今回の情報と合わせ、貸し二つというところで落ち着くだろう。


 最後に書かれていたことに関しても、同じだ。

 ソフィアは何も報告など受けなかった。

 だから屋敷から人が一人減ったところで、それはソフィアの知ることではないのである。


 まあそもそも、存在しなかったはずの人物が、本当に存在しなくなるだけだ。

 この家にとって、何一つ変わることはないだろう。


 そう……ただほんの少しだけ、何故かソフィアが寂しくなるだけのことだ。


「……元々あなたには、狭すぎる世界だったものね。行って、そして知ってらっしゃい。世界の広さを。あなたが本当に輝ける場所は、そこなのだということを」


 いつかこんな日が来るのだということは、分かっていた。

 ならばあとは、遅いか早いかの違いだけだ。


 だからソフィアは、目を閉じた。

 道中の安全すら祈れない立場だけれど、その行く先に、少しでも多くの幸いをと、願いながら。


 そんなソフィアが屋敷からもう一人居なくなっていることに気付くのは、もう少し後のことであった。








「さて、ではそろそろ行くであるか」


 肩に荷物を背負いなおすと、ソーマは後ろを振り返りそう言った。

 魔の森、その境でのことである。


 視線の先に居るのは、ソーマと同じような格好をした少女だ。

 肩に着替え等を詰め込んだ荷物を背負ったアイナが、不安そうな顔でソーマのことを見つめている。


 もっともアイナが不安に思っているのは、これから旅に出るから、というわけではないだろう。

 いや、勿論それもあるにはあるだろうが――


「ねえ……本当にいいの?」


 そんな何度目かの問いかけに、ソーマはただ肩をすくめた。

 何度確認したところで、ソーマの答えが変わることはないからだ。


「というか、ここで止めるとか言ったら我輩が無様過ぎるのであるが? ここまで準備しておいて、先生に別れまで告げて、やっぱり止めましたとか、どんな顔で戻れと言うのであるか?」

「それは……そうかもしれないけど。で、でも、ほら……そう、リナさんには、何も言ってないじゃない」

「あー、うん、それは我輩も少し後ろめたく思っていたのではあるが、もう必要なくなったというか、何というか……」

「……?」


 訝しげに首を傾げるアイナだが、敢えてソーマは詳細を語るつもりはなかった。

 告げたら告げたで、また面倒なことになるのは分かりきっているからだ。


 まあ、本来であれば、それを告げた上で、そっち――後方でひっそりと隠れている小柄な姿をどうにかするべきなのだろうが、生憎と止められる自信がなかった。

 というか、止めたところで無理やり付いて来る未来しか見えなかったので、諦めることにしたのだ。

 多分それは、誰に何を告げたところで、実行するだろうし。


 まったく変なところが似てしまったものだと、溜息を吐き出す。


「ま、それに関しては気にする必要はないのである。そもそも、我輩が一緒に行かなかったら、どうするつもりなのである?」

「そ、それは……その……適当にどうにかするわよ。一年前だって、どうにかなったんだし」

「それはそっち側での話であろう? こっち側はまったくの未体験であろうに」

「それはそうだけど……それを言ったら、あんただって似たようなもんじゃない」

「我輩はちゃんと色々習ったのである。だから経験はなくとも何とかなるであろうし……で、アイナは人類側の常識はちゃんと理解しているのであるか?」

「う……」


 言葉に詰まったのは、ちゃんとその自覚はあるからだろう。

 それを喜ぶべきか、分かっているのに強情なところを嘆くべきか。


 まあどっちにしろ、結論は変わらないだろうが。


「……というか、そもそもあたしがそっち側を旅する必要はないじゃない。その……色々とばれたら、危険だし」

「それは否定せんであるが、そもそも何故こっち側を旅することになったかと言えば、アイナが一年前流れに流れてあの村に辿り着いた故、そこからさらに旅するとなったらこっち側に来るしかないからであろう?」

「……そうなんだけど」


 往生際の悪い態度に溜息を吐き出すが、まあつまりはそういうことだった。


 アイナ達を救出してから、一夜が明けて。

 これからソーマとアイナは、人類側の領地を旅する。


 アイナは今度また同じようなことがあったら、今度はあの村に迷惑をかけてしまうかもしれないからということで、それを決めた。

 最初から戻るという選択は、ないそうだ。

 かつて出てきた理由とは、違う理由で。


 夜中のうちにあの村に寄り、持ってきたものは全て背負っている物の中だ。

 ついでに世話になった老夫婦には会うことなく、書置きのみを残してきたらしい。


 ……まあ本人がそう言っているということは、そうなのだろう。

 それにしては妙に戻りが遅かったり、目が赤かったような気がするが、それは気のせいなのだ。


「そ、そもそも、本当にあんたは旅とかして大丈夫なの? まだ倒れてから、そんな経ってないじゃない」

「まあ確かに身体の各所が結構痛かったりするであるが、旅するぐらいは大丈夫であろう。しばらくはそれなりに安全みたいであるし、その間に治るであろうしな」


 アイナ達を救出した際、最後の最後でソーマはぶっ倒れたが、あれは要するに怒りで羽目を外しすぎたからだ。

 この一年で大分マシにはなったはずだが、色々なこともあったせいで、まだあのレベルのものはこの身体では耐え切れなかったらしい。


 だがそれでも今回は筋肉痛で動けないというほどではないし、問題はないだろう。

 ここに戻ってくるまでの道中、半分ぐらいは誰かの手を借りていたわけだが、既にそれも回復している。

 多少の筋肉痛はあるものの、許容範囲内だ。


 ちなみにソーマが何故旅に出ようとしているのかは、旅に出るのもありかもしれないと考えていたところにそれを聞き、渡りに船だと思ったためである。

 子供一人の旅よりは、子供二人の方がまだマシだろうということと……あとは単純にソーマがアイナを心配だと思ったことから、二人一緒に旅をすることにしたのだ。


 まあソーマが一方的に決め付けたとも言えるが、カミラも賛同してくれたことであった。

 そうして後をカミラに任せ、必要最低限の物だけを纏め……一時期はアイナも丸め込むことに成功したのだが……。


「ふむ……分かったのである。じゃあ、こういうのはどうであるか?」

「……どういうのよ?」

「アイナは一人で勝手に旅に出るといいのである」

「…………え?」


 抵抗したものの、実際にそう言われるとは思っていなかったのか、アイナの顔が僅かに曇る。

 だがソーマはそれに苦笑を浮かべると――


「で、我輩も一人で勝手に旅に出るのである。まあ、偶然アイナと行き先が同じになってしまうかもしれないであるが……それは偶然なので仕方がないのである」

「……何よそれ、結局同じことじゃない」

「つまり素直に諦めろということである。というか、何がそんなに嫌なのであるか? 一度は納得したであるし、一人よりも二人の方がいいというのは、アイナも理解しているであろう?」

「それは、そうだけど……だって」

「だって?」

「……あたしが、その、あれだってばれちゃったら、ソーマに迷惑がかかるじゃない」

「……はぁ」


 その言葉に、ソーマは思い切り溜息を吐き出した。

 ――まったく。


「ほら、行くのである」

「え、ちょっと……!?」


 もう面倒になったので、その手を掴むと、強引に歩き出した。

 アイナが慌てつつ、文句を言おうと口を開くが――


「我輩が望んで付いていく以上、例えどんなことがあったところで、それを迷惑だとは思わないのである。それに、今回は助けに行くのは遅くなってしまったであるしな。その分、というわけではないであるが……今度は、何かあったところで、すぐ傍で守ってやるのである」

「あ…………う、うん……」


 そう言って頷くと、おずおずと握り返してきた掌を、さらに少しだけ強く握り返す。

 そうしてから、小さく、アイナに気付かれない程度の溜息を吐き出した。


 異世界に転生してまで何をしているのだと思わなくもないが……まあ、仕方がないだろう。

 前世とは違い、一つのことだけを目指していればいいわけではなくなってしまったのだ。

 勿論やろうと思えば変わらず出来るだろうが……それをすれば、間違いなく自分で自分が許せなくなるに違いない。


 そして何より、こんな自分も、こんな状況も、ソーマは割と嫌いではないのだ。


 そんなことを考えながら、ふと空を見上げる。

 そこに広がっているのは、あの世界で最後に見たのと同じような、一面の青空であった。


 ただし傍に居るのは倒すべき相手ではなく、守るべき相手だ。

 それと、すぐに三人になりそうなのも、違う点と言えば違う点だろう。


 本当に、前世とはまるで違う。

 目指すべき先も、そのスタート地点に指先すらかかっていないことも。

 違うことだらけだ。


 だがまあ、或いは、だからこそいいのかもしれない。

 折角の転生で、異世界だ。

 なら……こんなのもまた、ありだろう。


「……神は天にいまし、世は事もなし、であるか」

「え、なに?」

「何でもないであるよ……ただ、折角なのであるし、楽しい旅になればいいと、そう思っただけである」

「あ……う、うん……そうね!」


 それは別に誤魔化すために言ったわけではなく、本当に思ったことだ。

 だから、振り返った先にあった笑顔と、そろそろと近寄ってくる気配に、ソーマもまた、笑みを浮かべるのであった。

 というわけで、一区切りとなります。

 第一章完、というところでしょうか。

 ここまでお読みいただきありがとうございました。

 もしよろしければ、評価などしていただけましたら幸いです。

 どれぐらい満足していただけているのだろうかと参考になりますし、モチベーションにも繋がりますから。

 

 あ、ちなみに第二章はすぐに始まります。

 ただ、これまではストックを切り崩すことで何とかハイペースで投稿できていたという感じですので、これからはさすがに今までのようなペースでの投稿は難しいかと思います。

 出来るだけ毎日更新は続けていきたいところですが、もう一つの連載や仕事の方もありますので、そこら辺の兼ね合い次第、といったところでしょうか。

 更新時間はいつもいつぐらいがいいんだろうかと悩むのですが、とりあえず朝を予定しています。

 尚、第二章は割と展開がゆっくり目な進行となる予定ですので、のんびりお楽しみいただけましたらと思います。


 では、長々となってしまいましたが、ここら辺で。

 引き続きお楽しみいただけましたら幸いです。

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 是非お手に取っていただけましたら幸いです。
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 こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

― 新着の感想 ―
[一言] こんな間抜けが七天の一人とか、お国まじやばいよ? こういう中途半端に反省してるバカが一番使い物にならない。派手にザマァされたらなんか後味悪くなるしさ。
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