目覚めた場所
ふと気が付いた時、アイナの視界に広がっていたのは薄暗い闇であった。
一瞬自分の状況を理解出来ずに瞬き、だがすぐに直前の記憶を思い出す。
反射的に溜息が漏れた。
「……ん、気付いた?」
と、直後に声が聞こえ、そこでようやくこの場の自分以外の人物に気付いた。
声をかけられるまでそのことに気付かなかった自分の間抜けっぷりに呆れながら視線を向け、視界に映った光景に思わず目を細める。
声の時点でそこにいるのがシーラだということに気付いてはいたが、その姿は両手を頭の上に持ち上げ、鎖に繋がれた状態であったからだ。
間違いなく、虜囚の身と呼ぶべき状況であった。
「ここは……牢獄、ってところかしら?」
「……ん、多分そう」
「シーラはいつ目覚めたの?」
「……私もついさっき。……だから、詳しいことは分からない」
「そ。……まあ、大体予測は出来るけどね」
「……ん」
シーラと話をしているうちに、少しずつ曖昧だった記憶も鮮明になってくる。
結論を言ってしまえば、アイナ達は、あの男に負けたのだ。
まあ、この状況を考えれば、当たり前のことではあるが。
「腕が痛いと思ったら、あたしも同じような状態になっているのね。そして足かせもしっかり嵌められている、か」
自分の状況を把握しながら、先ほどの戦闘のことを振り返る。
いや……戦闘と呼ぶことは出来ないか。
アイナ達が一方的にやられただけだったからだ。
そもそも、攻撃することすら出来なかった。
圧倒的な攻撃を前に沈められた、というわけではない。
ある意味ではそれ以前の問題だ。
戦闘を始めようとした直後、まずはセシーリアがその場に崩れ落ちた。
攻撃の兆候すら感じなかったことに一体何がと思い、しかしすぐにセシーリアのことを気にしている場合ではなくなる。
何故か唐突に、強烈な眠気を感じたからだ。
確かに時間的には深夜と呼ぶべき時間帯ではあったが、さすがにこれから戦闘をしようとしている時に眠気などを感じるわけがない。
つまりは明らかに敵の仕業であり……だがそれが分かっても、抗いようがなかった。
先にその場へとシーラが崩れ落ち、視界の端にその姿を捉えていたところで、やはりアイナに出来ることなどは一つもない。
魔法の一つも放たないままに、アイナもまた全身の力が抜けていくのを感じ――
「で、気が付いたらこう、と。……それにしても、正直ちょっと意外だったわね」
「……ん、殺されると思ってた」
「なのよね。でも実際にはこうして捕らえられてるだけで……それに、何かをされた形跡もない」
身体には痛み一つ、傷一つさえない。
敵の攻撃と思われる何かで寝てしまい、そのままここへと運び込まれた、ということのようだ。
とはいえ。
「シーラ、武器は?」
「……ん、さすがにない」
「まあ、取り上げないほど無用心なわけがないわよね。そしてあたしの方も……」
少し意識を集中すれば、魔力の流れが阻害されているということに気付く。
これでは魔法を使うことは不可能だ。
暴発させることだけならば可能かもしれないが……この状況でそれをやれば、おそらく身体が粉みじんになるだけだろう。
やる意味はない。
「さすがにこれを引き千切るのは無理そうね……シーラ?」
「……ん、さすがに無理」
「よねえ。かといって、このままじゃ何されるか分かったものじゃないし……」
いつもならば、何だかんだでソーマがどうにかしてくれるだろうと思うところだが……今回ばかりはそう言い切れるとは限らない。
どこへ飛ばされたのだとしてもソーマがやられるなどとは微塵も思えないが、戻ってこようとしてもすぐには戻って来れない可能性があるからだ。
実際既に一度前例がある。
聖都から皇都へと連れてこられてしまったような状況が再び起こらないとは言えまい。
それに、いつまでもソーマに頼りっぱなしというわけにはいかないのだ。
むしろそんな状況にあるならば、こちらから手助けしてやればいいのである。
そう、これはピンチではなく、逆にチャンスなのだ。
溜まりに溜まったソーマへの借りを返すための。
「それに……あたし達はともかくとして、セシーリアがどうなっているのかも心配だものね」
「……ん、ここにいないってことは、多分あの男が何かしてるはず」
道中で見てきたもののことを考えれば、ろくなことは浮かんでこない。
そしてここで見捨てるようならば、最初からここには来ていないというのだ。
まあ、ソーマに夜中に突然起こされたかと思えばセシーリアがいないと告げられ、おそらく城に連れて行かれたのだろうなどと言われた時には驚いたものだが。
いや、それでも城への侵入方法を聞かされた時に比べればマシだろうか。
まさか地上から忍び込めないなら空から行けばいいとかさすがに予想外すぎる。
もっとも、アイナの魔法を使っての、しかも攻撃魔法を応用してのことであったため、夜中でなければ出来なかっただろうが……ともあれ、そんなことをしてまで助けに来たのだ。
どうせなら、最後までしっかりと助けるべきだろう。
「まあでも結局は、どうやってここから出るか、っていうことになるわけだけど……」
「……ん、もうちょっと」
「へ? もうちょっとって、何が――」
言いかけた瞬間、鈍い音がその場に響いた。
それは何かが地面へと落下した音であり、音のした方へと視線を向けてみれば、地面には半ばから切断された鎖が転がっている。
その鎖はアイナの見間違いでなければ、シーラの腕を縛り、壁へと繋いでいたもののように見えたが……直後に、やはり見間違いではないのだということが判明した。
もう一度鈍い音が響くと共に、シーラがゆっくりとその場に立ち上がったからだ。
無論その腕は鎖はなければ、足かせもない。
嵌められていたはずの足かせは、鎖同様足元にバラバラになって転がっていた。
「……え? シーラ、武器はないって言ってたわよね……?」
「……ん、だからこうやった」
言った瞬間、シーラの腕が振るわれた。
その手にはいつも握られている刀はなく……だが、あっさりとアイナの手を縛っていた鎖が斬り裂かれる。
斬り裂かれた鎖が地面に落ちる前にもう一度シーラの腕が振るわれ、今度はアイナの足かせがバラバラになって転がった。
思わず頬が引きつる。
「……どうやったら素手でこんな風に斬れるのよ」
「……ん、ソーマが武器がなくても手を剣と見立てれば問題ないって言ってたから、練習した。……成功したのは、今が初めてだけど」
「練習してどうにかなるようなものじゃないし、なに本番で成功させてるのよ。まったく本当にこの変態共は……」
「……ソーマが出来るっていうから、やった。……それだけ。……実際には、少しズルをしたけど」
「ズル……?」
「……ん、刀を持ってたからか、こっちの魔力が阻害されてるようなことはなかった」
「ああ……魔法の力も使ったってこと? そういえば、確かに少しだけ魔力を感じたわね……」
そのことに多少の驚きを覚えたのは、シーラがある日唐突に魔法を使えるようになった、という話は聞いていたものの、シーラが魔法を使う場面はほぼ見た事がなかったからである。
その話をされた時、証拠として使ったのを見た時ぐらいだろうか。
本人はその理由について特に語ったことはないものの……まあ、普通に考えればソーマのことを考えてだろう。
自分だけが使えるようになったことで、後ろめたさでも覚えているのかもしれない。
なのにこの場で使ったのは、ソーマがいないからか、さすがに気にしている場合ではないからか。
そんなことを思いつつも、これはシーラとソーマの問題である。
自分が余計なことを言うべきではなかろうと、続けて口に出したのは別のことであった。
「とはいえ、感じた魔力は本当に少しだけだったし、大した違いなんてないでしょ。魔法の力を多少借りたんだとしても、それだけで出来る人間なんて、極々一握りしかいないわよ……」
と、そう言って溜息を吐き出しながらも、ふとアイナは以前ソーマに言われたことを思い出していた。
その極々一握りの中には、アイナも入っており――
「……やろうと思って、やれると思えたのならば、出来ないことはない、か」
「……アイナ?」
「……いえ、何でもないわ。とりあえず、行きましょうか」
「……ん。……でもどこに?」
「さあね。しらみつぶしに探していけばそのうち目的の場所に辿り着くわよ」
「……アイナ、ソーマに似てきた?」
「あー……確かにあいつが言いそうな台詞ね。……まあ、結構な時間一緒にいるんだもの。そんなこともあるでしょ」
「……ん、確かに?」
ともあれ今は、セシーリアを探すのが先決だ。
あっさり鉄格子まで素手で斬り裂くシーラを先頭にして、アイナ達は牢屋を後にするのであった。




