元最強、全ての事情を明らかにする
「…………ど……どうして、分かったので、あります?」
しばらくの間口の開閉を繰り返し続けた後、搾り出すようにして彼女から吐き出された言葉は、そんなものであった。
それにソーマは、肩をすくめて返す。
「さて……どうしてと言われたところで、色々と答えるしかないであるな。たとえば、最後まで抵抗をするためとはいえ、自分達以外が全滅している可能性が高い中、一支部の責任者如きが王都に向かおうとするのがまず不自然であるしな」
「ああ……確かにそこちょっとおかしいなとは思ってたけど、あんたが何も言わないからあたしも何も言わなかったのよね。つまりあんたは、その時点で分かってたってこと?」
「普通ならばその状況になったら潜伏する方を選択するか、あるいは玉砕を選択するにしても全員でするはずであるからな。で、分かっていたか否かであるが……まあ、他にも幾つも不審なところはあったであるしな。シーラの存在もそうである」
「……ん、私不審?」
「あの拠点は皇国に近かったとはいえ、用心棒としてシーラをつけるのは過剰でしかなかったであるからな。セシル……まあ便宜上まだそう呼ぶであるが、セシルがシーラに助けを乞い、シーラがそれを許諾したのだとしても、である。それこそ絶対守る必要がある人物でもそこにいるのでもない限りは、そんなことは有り得んであるよ」
第三王子という、勝ち目がない人物を支援するというのにシーラという切り札を伏せておく意味はないし、あるいはここぞという時に使うのだとしても、伏せておく場所があそこでは明らかにおかしい。
実際に襲撃があったことも考えれば、シーラがいる場所はシーラが最も必要とされる可能性のある場所だということになる。
ゆえに疑った最初の瞬間があるとするならば、シーラと再会したあの瞬間ということになるだろう。
「あとはあの騎士の男の反応も少し妙だったであるが……あの男は汝のことを知っていた、ということであるか?」
「あ、はい……その通りであります。派閥は違ったでありますが、何度か顔を合わせ、時には気を使っていただいたこともあったであります」
「ふむ、汝も少し妙だったのはそのせいであるか」
あの男からすれば、一応敵を前にした状態だったはずではあるが、何かをする素振りすらなかったのは、ソーマ達がいたからであったり、相手が王族だったからというよりは、既に自分達は負けてしまったのだろうと確信していたからだったように思う。
何となくではあるが、あの男ならば、まだ争いが続いていたらその状況でも迷いなく向かってきたような気がするのだ。
「……そうでありますね。あの方は自身の信念と主のためであらば、他の雑事を迷いなく捨てることの出来る、騎士らしい騎士だったでありますから」
「そんな騎士を斬ることにならずに済んで何よりだった、というところであるかな」
そんなことを言っていると、仮称セシルが一つ唾を飲み込んだのが分かった。
おそらくは、次の質問が最も尋ねたいことなのだろう。
そして何を聞かれるのかは、分かりきっている。
「それで、なのでありますが……何故自分が女だと分かったのでありますか?」
やはりかと頷いたのと、アイナ達から視線を向けられたのはほぼ同時であった。
アイナ達の目には疑惑が浮かんでおり、だがそれもまた予想通りである。
「それなんだけど……それって本当なの? あたしは今もそうは見えないんだけど?」
「……ん、同感」
「まあ二人はそう言うであろうな。我輩は見た瞬間から気付いていたであるが」
アイナ達がこのセシルを名乗る人物のことを男として認識していた、ということは最初から分かっていたことである。
二人の彼女に対する態度や距離感が、明らかに同性に対するものではなかったからだ。
警戒心が先に来るというか、一見親しそうに話しているように見えても明確に線を引いているというか、そんな感じである。
そもそも、だからアイナ達は彼女の名乗った名にも違和感を覚えなかったのだ。
セシルとは、男の名だからである。
しかし、事実を告げたというのに、アイナ達の目には変わらず疑わしげなものを見るようなものであった。
「見た瞬間に気付いたって……どうやってよ? 顔や体格は……確かにちょっと中性的ではあるけど、どう見ても男でしょ?」
「……ん、服装だけじゃなくて、仕草とかも」
「ふむ……なるほど、二人にはそう見えていたのであるな」
「見えていたって……まるで本当は違うみたいじゃないの」
「そう言っているであるからな」
「……なるほど、どうやら本当にバレているみたいでありますね」
そう言った瞬間、仮称セシルの纏っている雰囲気が僅かに変わった……と、ソーマが感じたのはその程度なのだが、アイナ達にとっては少し違ったようだ。
驚きに目を見開くと、その姿をマジマジと眺めている。
「え……今のって」
「……幻術?」
二人の様子からそんなものだろうと思ってはいたのだが、やはり二人は今まで彼女の姿が多少違って見えていたようだ。
そして今になってようやく、ソーマが見ているものと同じものが見えるようになった、ということのようである。
「で、あります。……今まで騙していたこと、深くお詫び申し上げますなのであります」
「汝の立場であればむしろ姿を偽るのは当然だとは思うのであるが……だからこそ分からんであるな。汝の言動からすると、第三王子であることを隠すために変装をしていた、というわけではないのであろう? そもそも何故王子ということになっているのである?」
「そう尋ねるということは、『こっち』は分からなかったのでありますね。よかったであります、これまで見抜かれてしまったら自分完全に自信をなくしてしまうところだったでありますから……」
言いながら彼女は両手を耳に持っていき、外されると、そこに現れたのは少し奇妙な形の耳であった。
エルフのように尖っており、だがエルフにしては短い。
そんな耳を持つ者が何と呼ばれるのか、ソーマは知っていた。
「ハーフエルフ、であるか……? ふーむ、アイナ達の様子から幻術が使われていることは分かっていたのであるが、そのせいでそれ以上疑うことをしていなかったであるな……。ぬぅ、我輩もやはりまだまだなのである」
「渾身の幻術でありますから、むしろ見破られてしまったら困るのであります。色々な意味で、でありますが」
「まあ、そりゃそうよね。ベリタスは人類種の国……人類種至上主義の国だもの。その王族にハーフエルフがいるなんて知られたら大問題だわ」
「で、ありますから、自分は第三王子ということになり、人前にもほとんど出ないように言われたのであります。王女でありましたら他家、あるいは他国との関係強化に使われるのが基本でありますが、王子でありましたらまだ外に出されないということは有り得るでありますから」
「ふむ……そんな面倒なことをするぐらいならば、最初から認知しなければよかっただけな気もするのであるがな」
「おそらくでありますが、何か使い道があると考えていたのでありましょう。今となっては知りようもないことでありますし、知りたくもないでありますが」
「まあどうせろくなことじゃないでしょうしね。……ところで、さっきから気になってたんだけど、シーラは彼女が実はハーフエルフだってことに驚かないのね? 女性だったってことには驚いてたのに」
「……ん、そっちの方は知ってた。……会った瞬間に分かった」
「……え? 本当でありますか……?」
「特有の気配でも感じた、というところであるか? さすがであるな」
「代わりに自分の自信がボロボロなのでありますが……?」
割と本気で言っているらしく、見るからに落ち込んでいた。
とはいえ、シーラはハイエルフだ。
さすがにその目は誤魔化せまい。
「ま、相手が悪かったと思うしかないであるな。ところで、汝の理想はやはり自分がハーフだから、であるか?」
「あ、いえ……それもないとは言わないでありますが、純粋にそうしたいと思ったからであります。外見の違いとかはあるかもしれないでありますが、結局皆同じ人間であります……わざわざ違うものだと考える必要など、ないはずなのであります。その思いは、シーラ殿から話を聞いてさらに強くなったのであります」
「シーラが? 何話したのよ?」
「……種族間の差別の話をどう思うか聞かれたから、ラディウスの話を少ししたぐらい?」
「ふむ、まあラディウスは一応多種族国家を謳っているであるしな。とはいえ、ラディウスでもまだ差別は残ってしまっているであるが」
「でもなくなってきているのでありますよね?」
期待するような目を向けられても、おそらく差別が完全になくなるのはまだ先の話である。
差別と言ったところで、それは主に無自覚な差別であるため、中々なくすのが難しいのだ。
だがそのことを自覚したからか、実際少しずつなくなってきてはいるのも事実ではある。
完全に差別がなくなるのは次の世代か、あるいはそのさらに次の世代ぐらいとなってしまうだろうが、それでも多種族国家という名に相応しくなってきてはいるのだろう。
「差別を完全になくすのが難しいということは、これでも分かっているつもりであります。ですが、それを叶えようとしている国があるのでありますから……自分も、この国をそうしたいと思っているのであります。正直自分でもクソみたいな国だと思っているでありますが、それでも自分にとっては故郷でありますから」
「故郷、であるか……」
「はいであります。ですから……お三方、もういいのでありますよ?」
「え……? もういいって、どういうことよ? ていうか、どうして急にそんな話になったのよ?」
「いえ、急ではないのであります。元々いつ切り出そうかと思っていたのでありますから。ですが、自分の正体も何もかもが判明してしまった今こそがそのタイミングだと思うのであります」
「……ん、それで、もういいってどういう意味?」
「自分が王都に行くということは、言ってしまえばただのお家騒動であります。お三方には関係のないことでありますし……目的があるのでありますよね? ならこれ以上は、さすがに巻き込めないのであります。でありますから……ここから先は、別行動をした方がいいと思うのであります」
「ふむ……そうであるか。分かったのである」
「ソーマ……!?」
あっさりと頷いたソーマに、アイナが驚いたような目を向けてくるが、肩をすくめて返す。
本人がもう手伝いは不要だと言ってきたのだ。
ならばこちらとしてはそうかと頷く以外にあるまい。
「とはいえ、我輩達も王都に行くことに変わりはないであるからな。何か騒ぎが起こったら首を突っ込むかもしれんであるし、そこにたまたま知り合いが絡んでるようなこともあるかもしれんであるが……まあそれはただの偶然であるからな。仕方ないのである」
「あ、あー……なるほど、そうね。そういうこともあるかもしれないけど、それは仕方ないわね」
「……ん、仕方ない」
などと白々しいことを言っていると、信じられないものを見るような目で見られた。
口をぱくぱくと開閉し……搾り出すような声が吐き出される。
「ど、どうしてであります……? お三方には本当に、関係ないことでありますのに……」
「ふむ……いや、実際のところ、関係なくはないのであるぞ? 実はこの国は我輩の両親にとっての故郷なのである。そんな国が良い国になるかもしれないというのであれば、支援しようとするのは当然であろう?」
「あたしは……別に故郷ってわけじゃないけど、母様が結構世話になっていたみたいなのよね。まああまり良い扱いはされていなかったみたいだけど……だからこそ、この国が良い国になるっていうんなら、協力を惜しむつもりはないわ」
「……同族を手助けするのは、エルフにとって当たり前」
「み、皆さん……」
それでも拒絶しようとしたのか、俯きながら何かを口にしようとし……しかし、それが言葉になることはなかった。
ただ口の開閉だけを繰り返し……やがて、諦めたように顔を上げる。
そして。
「……皆さん、本当にありがとうございますなのであります。そのついで、というわけではないでありますが……自分の本当の名前を教えたいと思うであります。ずっと呼ばれることはなかったでありますが……セシーリアというであります。……これからもよろしくお願いしますなのであります」
そう言って頭を下げたセシル――セシーリアの姿に、ソーマ達は顔を見合わせると、その口元を緩めるのであった。




