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事件の終結

 ふざけるなと思った。

 ふざけていると思った。


 今回の件は完璧なはずだったのだ。

 自身の才と同志達の力とを合わせ、あの方の復活が叶うはずだったのである。


 そうして今度こそ、自分達で事を成すはずだったのだ。

 無能でクソみたいなゴミ共を地に這いつくばらせながら、今度こそ、我らが。


 だというのに……だというのに……!


「それを貴様が……貴様が……!」

「だからうるさいであるぞ。耳障りでしかないであるし、いい加減さえずるのは止めにしたらどうであるか? というか、喋るなら喋るでもう少し有意義な言葉を口にするのである。口にする言葉すらも無意味とか、貴様生きてる意味がないにも程があるであろう」

「貴様……!」


 その言葉で、完全に切れた。


 アルベルトは今の今まで、本当の意味での本気を出してはいなかったのだ。

 それはそうしてしまえば、間違いなく厄介なことになるからである。


 だがそんなことはもう、どうでもよかった。

 全身のリミッターを解除し、周囲に魔法を溢れさせる。

 一軍を屠ることさえ可能とするそれを集め、高め――


「死ね……!」


 目の前のそれに向けて叩き付け――瞬間その全てを消し飛ばされた。


「なっ、馬鹿な……そんな、馬鹿な……!?」


 有り得るわけがなかった。

 有り得ていいわけがなかった。 


 こんな、こんなことが……!


「こんなことが……!」


 叫びながら、アルベルトは全力で魔法を、叩き込んだ。







 目の前の光景を、アイナはただ呆然と眺めていた。

 夢でも見ている気分であり……いや、事実そうなのではないだろうかと思ってすらいる。

 本当の自分は今にも死ぬ直前で、そんな自分が思い描いた夢なのではないかと。


 だってあまりに都合がよすぎる。

 あんな絶妙なタイミングで助けに来るなんて……その上、魔天将と互角以上にやり合えるなんて。


 ……ああでもと、アイナはそこでふと思った。

 でも、ソーマだからなぁ、と。


「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な……! 何故だ……そもそも何故貴様は私達の邪魔をする……!」

「いや、何故とか言われても知らんのである。大体貴様達が何しようとしていたのかすら我輩知らんであるし。……だが、貴様は我輩の妹と友人兼魔法の師匠を傷つけた。貴様を葬り去るのに、それは十分過ぎる理由である」


 魔法の師匠、という言葉を聞き、僅かにアイナの口元が緩んだ。

 そんな風に言われるようなこと、何も出来ていないのに。


 だが同時に、もう一つ思った。

 これはとてつもなく都合のいい光景で、夢のようだけれど……何だかんだ言いながら、それでもやっぱり自分はソーマのことを信じていたのかもしれないと。

 だってそうでなければ、攫われる時、意識を失う寸前に魔法なんて咄嗟に使えていなかっただろうし、それをずっと維持していることもなかっただろう。


 そしてそれに気付いてしまえば、こんな都合のいい光景も、素直に受け入れる事が出来た。

 受け入れて……何もせず、ただその光景を眺め続ける。


 何故ならば、何かをする必要なんて、欠片もないからだ。

 だからアイナは、ひたすらにソーマの背中だけを見つめながら、それが終わる時だけを待った。








 かつてカミラは、魔天将と彼女との戦いを目にしたことがあった。

 十年以上前、かの戦での、最終局面のことである。


 その時のことを、カミラは忘れたことはない。

 前衛であった自分が、後方から眺めることしか出来なかったのだ。

 忘れることなど、出来ようはずもない。


 そして多分それこそが、カミラの心が折れた決定的な瞬間であった。

 どれだけの努力を続けたところで、あそこに手が届くとは思えない。

 そう思ってしまったからこそ、諦めたのだ。


 カミラがスキル鑑定士をしているのも、結局はそれが理由である。

 逃げた先で選んだ道であり、そこからもさらに逃げた。

 だからカミラの心の奥底では、人には言えないような劣等感が燻っており――


「っ、有り得ん……有り得るわけがない……こんなクソガキが……貴様なんぞに、貴様なんぞに、この私が……!」

「そんなことをいつまでも言ってるから、貴様はいつまでもその程度なのである」


 そこにあった光景に、カミラはただ呆然と立ち尽くした。


 それは或いは、あの時の戦い以上のものであった。

 炎に氷、風に雷。

 四方八方から、ありとあらゆるものが荒れ狂い……それに相対するのは、一人の小さな少年だ。


 誰がどう見たって無謀で、絶望しか待っていないような光景。

 その手に持っているのが、木の棒と鉄の棒だというのであれば、尚更だ。


 だがそんな中にあって、少年はいつも通りの不遜な態度を崩さなかった。

 そしてそれが正しいと言わんばかりに、少年へと襲い掛かる全てが、線でも引かれたかのように、その先から一歩も先に進めていない。


 それはまるで結界でも敷かれているようであり、事実それはその通りなのだろう。

 剣の結界。

 縦横無尽に暴れまわるそれらを、それ以上の剣閃が抑え込んでいる。


 それだけの、有り得ざる光景だ。


 しかもそれは余禄だと言わんばかりに、相対している男の身体が少しずつ斬り裂かれ、削られていく。

 やろうと思えばその程度では済まないということは、それが一定の間隔で、一定の時間で与えられていっていることからしても、明らかだ。


 即ちそれは、明白すぎるほどの力の差。

 それを示され続けている男は、様々な感情によってその顔をどす黒く染めていた。


「さあ、そろそろ十分に反省したであるか? 絶望したであるか? ――ならば、疾く往ね。勿論、あの世に、であるがな。最後に自殺する権利ぐらいならば、残してやるのである」

「っ……貴様っ……私を馬鹿にするのも大概にしろ……!」

「馬鹿にしているわけではなく、ほんの僅かに残った慈悲の心なのであるが? 本当は、惨めたらしく殺すつもりであったのであるが……そんなことをするまでもなく、惨めであったのでな。さすがの我輩も慈悲の心を思い出すというものである」

「……そうか……ならば――それを後悔するがいい……!」

「っ……!?」


 男が何をしようとしているのか、それはソーマ達の後ろ、その場所へと降りてきた階段のすぐ傍にいるカミラにだからこそ気付けたことであった。


 ソーマの後ろには、庇うようにして二人の少女が居る。

 一人は地面に倒れているリナであり、もう一人が見たことのない少女だ。

 おそらくは彼女がアイナなのだということはすぐに分かったが……その死角となる地面が盛り上がると、そこから凄まじい勢いで土の槍が飛び出したのである。


「まずっ……!」


 だがそれに気付けたところで、どう考えてもカミラでは間に合うはずもなかった。

 距離が、時間が足りない。

 それでも咄嗟に動き、手を伸ばし――


「くっくっくっ、私だけでは死なん……せめてそいつだけでも、道連れに――」

「――はぁ」


 心底呆れたような溜息が、その場に響いた。

 未だその場には様々なものが荒れ狂っているというのに、何故かそれだけははっきりと。


 そして次の瞬間には、アイナに伸びていたそれが、跡形もなく消し飛んでいた。


「なっ……なっ……!? 馬鹿な……今のに気付けるはずが……間に合うはずが……!?」

「やれやれ……本当に最後の最後まで自分を下げる男であるな。呆れすぎて逆に見事とすら思うのである。――まあおかげさまで完全に、蘇った慈悲の心も吹き飛んであるがな」

「くっ、くそっ……くそがっ……!」


 憤怒に顔を染めた男が、最後の抵抗とばかりにソーマへと飛び掛った。

 さらには勢いを増した炎達も、一斉に襲い掛かり――


「――閃」


 その場に響いたのは、小さな呟き。

 だが何よりもはっきりと響いたそれが、終結の合図であった。


 荒れ狂っていた炎達は、その全てが始めから何もなかったの如く消え失せ、文字通り縦に両断された男は、そのままソーマの両脇を抜けていく。

 しかしソーマの後ろへと回った瞬間、その身体は粉微塵になるまで斬り裂かれ、跡形もなく消え去った。


「貴様は細胞の一つすらもこの世界に残すことを許さんのである。精々あの世で自分の愚かさを悔いるがいい……まあそれでも、許す気は微塵も湧かんであるがな」


 そんな言葉を呟くと、ソーマは一つ息を吐き出してから、こちらを振り返った。


 ちなみにカミラはアイナへと近付こうとしたところで、その必要がなくなってしまったため、間抜けな体勢で止まってしまっている。

 そのことに気付いたカミラは、一つ咳払いをすると、何事もなかったかのようにソーマへと話しかけた。


「さすが、っていうところだな。念のために来たんだが、私はやっぱり必要なかったか」

「まあ見た通り、ただの小物だったであるしな」


 そう言って肩をすくめるソーマだが、あれが小物であるならば、この世界には小物すらほとんど存在しないことになるだろう。

 まあ確かに言ってることはそれっぽくはあったが、少なくともカミラであれば、一分も持たせられるかは分からないほどの実力があったのは確かだ。


「小物って……名乗ってたし分かってるとは思うけど、アルベルトは魔天将だったのよ?」

「だがあの態度は、どう見ても小物のそれであったであろう?」

「……まあ、それは否定しないけど」


 そんな会話を耳にしながら、視線を先ほどまで戦場となっていた場に移す。

 改めてみても、凄まじいものであった。


 ソーマの立っていた場所より向こう側は、半壊どころかほぼ全壊といった有様であり、何がそこにあったのか分からないほどだ。

 石造りの牢屋が幾つか存在していたのだろう、ということが分かるのは、こちら側にほぼ無傷のそれが左右に一つずつ存在しているからでしかない。

 壁どころか天井さえもぶち抜かれており、どれほどの攻防があったのかということを雄弁に物語っていた。


 そしてだからこそ、よりこちら側の異質さが目立つ。

 それを成したソーマの、異様さもだ。


 或いはそれは、忌避感すら抱かせるに十分なものではあったが、見る限りアイナにその様子はなさそうである。

 そんなことを考えながら、カミラは自身もそうであることに僅かな驚きを感じていた。


 確かにカミラはかつて魔天将が倒されたのを見たことがある。

 だがその時はここまで圧倒的ではなかったし、しかもソーマは彼女と違って特級どころか武術系のスキルすらも覚えていないのだ。


 それを思えば、ソーマがどれほど有り得ない存在なのかは言うまでもなく――


「……ま、とはいえそれは今更か」


 呆れたように呟きつつ、カミラはふとある言葉を思い出していた。


 ――スキルがあろうがなかろうが、最終的に自分の道を決めるのは自分自身だ。


 それはかつて、カミラの恩師であった人物が言った言葉であった。

 それを信じ、それを実感していたからこそ、カミラはかつて七天などという無謀にしか見えないものを目指していたのである。


 結局それは、圧倒的な才能の前に折れてしまったわけだが……果たして。

 その前にソーマに出会っていたらどうなっていただろうかと、そんな益体もないことを、ふと思った。


 まあとはいえそれは、何の意味もない仮定である。

 そもそもあの当時、ソーマは生まれてすらいなかったのだ。

 それこそ本当の意味で、有り得ないことであり……だが。


 もしかしたら、未だに七天を目指していたかもしれないと、少し前に抱いたのとは、まるで異なる感想を抱いた。


「……何にせよ、無意味すぎる仮定だな」


 既にカミラは、折れてしまったのだ。

 だから肩をすくめると、そんな思考を放り捨て、ソーマ達へと視線を戻した。


 ともあれ、これで一件落着だ。

 この後のことを考えると、少々厄介ではあるが……まあそれは、屋敷に戻ってから考えればいいだろう。


「さて……とりあえず、今度こそこの場でやることは終わったであるな」

「ああ、あとは――」

「うむ……では、後は任せたのである」

「……は?」


 帰るだけだ、と口にしようとした言葉は途中で遮られ、代わりに放たれた言葉に、カミラは意味が分からず間抜けな声を漏らす。


 だがその意味するところは、すぐに分かった。

 その直後に、ソーマの身体が傾き始め、そのまま地面へとぶっ倒れたからだ。


「ソ、ソーマ……!?」


 焦ったようなアイナの声が、その場に響いた。

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